部長
扉がバンッと勢い良く開く。
ちょっと!
こっち側に開くんだから、私にぶつかる所だったじゃないの。
アシュリンさんはほんとガサツだわ。
「どうした!」
真剣な顔でアシュリンさんが入ってきた。
どうしたもないでしょ、あなたがでっかい蛇を置いたんでしょうが。
シェラとかマリールが配属されていたら、死んでておかしくなかったわよ。
私はアシュリンさんに、まだ苦しんでのたうち回っている大蛇を指差す。
よく見たら蛇なのに生えている腕で必死に氷を取り出そうとしているわね。
「おいっ! これは何だ!? 状況を説明しろっ!」
「部屋に入ったら居ましたので撃退しました」
「はぁ?」
何よ、その気の無い返事わ。軍でそんな声を出したら修正の嵐でしょ。
「助けるぞっ!」
はあ?
でも、そうね。このままじゃ窒息しちゃうか。
蛇をどう助けるか躊躇しているアシュリンを横目に、私は蛇の正面に立つ。
動くなよ。
あぁ、ダメ。狙いが付かないからイライラして、言動が悪くなるわ。口に出さなくてもダメよね。
いい子だから、そのままで。
ほら、巫女さんっぽく思えたわ。
私は氷を殴り付けて粉砕した。多少、衝撃が蛇にも行ったと思うけど、さっきのお返しよ。尾でお腹を叩かれたの、痛かったの。
アシュリンさんが少し焦ってるわね。
でも、これくらい、あなたでも余裕でしょ? ちゃんと助けてあげなさいよ。
あら、牙の先っちょが欠けたかしら。
「メリナ、貴様は、この方がどなただと思っているんだ……?」
知らないわよ。薄汚い獣よ。
でも、この方?
もしかして、聖獣的な存在でしたか?
……アシュリンさんが悪いわ。殲滅して来いって言ったもの。私のせいじゃない。そう思いたい。
「部長だぞ。信じられない」
……こっちこそ信じられないわよ。何てものを部長に祭り上げているのよ……。
部下に毒みたいな液を吐くわよ、その部長。
アシュリンさんが回復魔法を唱えて、蛇の牙を治した。
私は頭に刺さったままの氷の針を引っこ抜く。血は出なかった。表皮か鱗で止まったのかな。
固さを確認するために拳でコンコン叩いたら、アシュリンさんに咎められた。
「メリナ、お前、回復魔法も行けるな? 部長の頭の傷に掛けて差し上げろ」
えー、やだ。
でも、アシュリンさんが鋭く睨み付けてくるので仕方なく唱えよう。巫女の服のためだもの。
私は願う。
『願いたくないけど、願う。
そこの蛇の頭の傷、塞がって』
蛇の頭が光って、元の白く艶光りする鱗が見えた。うん、蛇の治療は初めてだったけど、ちゃんと治った。
アシュリンさんを「どうでしょ?」って感じで見る。満足して頂いたかしら。
「……無詠唱?」
「えぇ、詠唱は出来ないですよ」
だって言葉が難しいんだもの。
アシュリンさんが昨日唱えてくれたの、カッコ良かったですよ。
「いや、それはいい。今は部長の件だ」
アシュリンさんはズボンのポケットから紙片と小さくて細長い黒炭の欠片を蛇に渡した。
蛇はその手で器用に文字を書いているようだ。
蛇なのに手がある。奇妙だわ。
その手で書かれる文字を覗いたら、スゴく几帳面な感じのしっかりとした筆跡。蛇にしておくのが勿体無いわね。
紙を破らない様に片手を下敷きにしたり、松明の光に当たる様に姿勢や手の位置を変えたり。妙に人間らしい動きが、ちょっと面白いわね。
この蛇の動きがチャーミングで、私は自然に笑みを浮かべる。
そんな私の笑顔を見て、アシュリンさんが言う。
「気持ち悪いぞ、メリナ。戦闘後に笑うな。うすら怖くなる」
ちょっ! 失礼ね。
アシュリンさんが部長と呼ぶ蛇から紙を受け取る。
紙には蛇がここにいた事情が書いてあった。
昨日アシュリンさんから新人が来たと連絡があった。珍しく絶賛しているものだから試してみたかった。
新人研修と実力を見るために、この部屋を使うのを知っていたので、アシュリンさんが用意した魔物の代わりに待機していたらしい。
あと、スライムどもはご馳走さまでしたとのこと。
食べられるの、あのブヨブヨした奴ら。流石、蛇ね。
「部長が済まなかったと仰っておられる」
アシュリンさんの言葉の後に、蛇が手を伸ばしてきた。体と同じく白くて細い腕。
私も手を伸ばして握手した。
女性の手だ。柔らかい。指も長いわ。
部長はウヨウヨ這いながら、先に部屋を退出していった。
それを見ながら、より一層、この神殿でやっていけるのか不安になったわ。
お淑やかになりたいの。村の皆から、『メリナは変わったね、見違えるわ、憧れるっ』って言われたいのよ。
大蛇の部下で大丈夫なのかしら。やっぱり早く異動したくなっちゃう。




