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ノノン村への進攻

☆ノノン村へ向かう王都の兵側


 忌ま忌ましい。

 聖衣の巫女なる反逆者の出身村を蹂躙するために森の中を進んでいた隊長カッヘルは苦虫を潰した顔を隠せていなかった。


 若い雑草くらいしか生えておらず、辺境の道としては整い過ぎなのではあるが、中型馬車が通るにしても狭い道幅しかない。そして、その両横とも、鬱蒼と木々や草が密集していて見通しが悪い。

 結果、カッヘル率いる総勢六十名の部隊は二列縦隊とならざるを得ず、横からの魔物の襲撃に備えて進みは速くない。


 それでも、浮遊魔法で上空から状況確認させていれば、その危険性を緩和出来ていた。


 最大の誤算は、その先導役とも言える兵を失った事。


 そいつは先を見渡すために空に浮かんでいたのだが、突然現れた赤い巨鳥に、呆気なく食べられた。

 正確には、尋常でない風圧を感じたと思えば、去っていく鳥の後ろ姿が見え、先程まで浮かんでいたそいつがいなくなっていたという事で、直接の死亡確認は出来ていない。推定死亡というヤツだ。戦場ではママ有る。


 馬は怯えて足を止め、なかなか進もうとしない。軍馬として十分な訓練を積ませていたはずなのにだ。


 部隊の動揺も激しい。

 あの巨鳥が再び襲って来た時に被害を出さずに迎撃可能なのか、不安というより恐怖を兵達は感じていた。



「カッヘル隊長、一旦、仕切り直しては如何でしょうか」


 副官の弱気な提案にカッヘルは黙って考える。


 このような奥地の更に先に人の住む村があるのか。

 解放奴隷による開拓村については、その様な動きがあった事は王都の資料にあった。ノノン村の場所を調査する一環で見付けた記録だ。

 しかし、ノノン村に関する情報自体が罠であった可能性か。


 つまり、情報局が騙されたケース。

 

 それが現実的に有り得るのか。情報局の奴等の網は末端にまで行き届いている。もちろん、そのネットワークが王都のそれと気付かれない形でだ。

 シャールにも直接的な諜報員もいるし、徴税や治安、その他諸々の監査役からの間接的な情報も集約されていたはずだ。

 ほとんどの一次情報は情報局で秘匿とされ結論のみしか出てこないが、カッヘルは反逆者が注文したというオーダー服の署名は教えてもらった。

 確かに″ノノン村のメリナ″と入っていた。また、添えられた巫女戦士という聞き慣れない称号にその反逆者が武力に自信があるのであろう事を感じさせた。


 有り得ないな。

 今までの経験からして情報局が軍に下ろした情報に誤りがあった事はない。もし、その様な事があれば、些細なことでも情報局を目の敵にしている軍上層部が却って喜ぶだろう。


 道程も半分以上進んでいる。いや、進んでいるはずだ。

 引き返すなど受け入れられない。この道を進むだけだ。しかし、帰りに関しては、村人を二人ほど生かして、別の安全な道を案内させるべきか。


 カッヘルの考えが纏まったところで、後方から悲鳴が上がった。

 くそ、また魔物か。


「道の中央を歩け! 例の化け物に草むらから噛みつかれるぞ!」


 向日葵の花の様な一つの大輪を持った歩く植物。その花の部分に大きな口があり、幅広の唇からはみ出た大きな赤い舌と、白い鋭い牙が並んでいることを特徴とする化け物ども。カッヘルは初めて見る魔物であるが、でかい舌は筋肉の塊であるらしく、それを巻き付けて鎧を砕いて隙間を作り、兵の足や腕を噛んでくる。


 子供が描いた絵から飛び出してきた様な、冗談みたいな外観だが、厄介な存在で、茎を切っても噛み続け、兵の負傷に繋がっている。多少の魔物による消耗は計算していたが、こうも頻繁にやられるとはな。

 兵に緩みがあったようだ。王都に帰ったらみっちり訓練だな。



 前方から騎士が馬に乗って駆けてくる。

 その馬を通すために、他の兵は道を譲らないといけない。例の草の魔物に不用意に噛まれるなよとカッヘルは思った。



「報告します! この先で子供を見ました。兵は待機としています」


「良し。そのまま村に着くまでは殺すな」


「ハッ!」



 報告に来た騎兵と共にカッヘルも隊の前へ出る。村を攻撃している際に配下の動きを確認し、今後も続く戦争で使える人間を判別するためだ。


 周囲にいた兵達も、その報告を耳にして幾ばくか表情を緩めた。今から村を襲うというのに、その緊張に先立ち、この森を抜けることが出来たという知らせに安堵したのだ。



 カッヘルは最前線であどけなさの残る少年を確認する。小枝を拾ったりしているようだ。

 こちらに気付いてはいるようで、合間に何度も見てくる。金属鎧の集団が物珍しいのだろう。そして、自分に死を与える者達だという認識が無いのだとカッヘルは判断した。



「弓、準備! ……当てるなよ」


 最後は小さく指示した。

 優しさではない。村へ逃げ帰らせる為である。


 鋭く放たれた矢は、少年の傍の木の幹に刺さる。驚く少年は目を大きくしてカッヘル達を見、そして、逃げ出した。


「第一分隊、追え! 残りは待機!」


 五騎の騎兵が道を走る。少年はそれを撒くために道なき森へ、木々で姿を隠しながら消えていく。

 だが、第一分隊の一人は魔力を感知できる能力を持っている。それだけでは飯の種に出来るレベルでは無いのだが、獲物を追う程度には役に立つ。

 馬を木の生い茂った森に入れることはなく、道沿いに少年を追い込んでいく。


「ヤルカー、空から――」


 途中でそいつは鳥に喰われた事を思い出した。


「ちっ、第三分隊、木に登って周囲を確認! 第二分隊は第一分隊の後を追え!」




「周辺確認しましたが、村らしきものは見えません!」


 まだ遠いのか? しかし、これだけ魔物の多い森に子供一人で入るなど、おかしい。いや、魔除けの何かを持っているのか。

 よし! それを奪えば、帰りは楽を出来そうだな。カッヘルは既に事後について思案していた。



「グァァァ!」


「隊長! 一人が巨大な蜘蛛に噛まれました! ……ぁあ、く、首が落ちました!」


 木の上からの叫びと同時にドスンと鈍い音が響いた。木登りの為に鎧を脱いだのが災いしたか。


「お前達は急ぎ降りてこい! 蜘蛛は今から食事だ! それ以上は襲って来ない!」


 カッヘルはイラつきを出来るだけ抑えながら指示を出した。目標までもう少し、それが彼にとっても落ち着きを与えていた。



「全員、進軍! 道の先に村がある!」

 

 折角上がった士気を沈めたくない。今のカッヘルの命令はそういった意図を持っている。



 隊員達の歩みは急速に早くなった。森からの脱出だけでなく、鬱憤を哀れな村人で晴らしたい。そんな思いも加わっているのだろう。



 道の湾曲した部分を過ぎると、急に視界が広がった。村は無い。空き地か?


 ごく最近に作られた様子で、木の株の切断面がまだ新しい色をしていた。


 その向こうに、一人の女が立っていた。傍らには逃げた少年もおり、こちらを笑顔で見ていた。少年は頭を女に撫でられており、喜んでいるのか。


 距離は数十歩。


 第一と第二分隊は?


 カッヘルは疑問を口に出さず、部下への指示を出す。


「突撃! ただし、殺すな!」


 一斉に駆ける兵達。中には騎兵もいる。



 しかし、女はたじろかない。それどころか、穏和な目付きのまま、カッヘルを見たままである。

 

 数射の矢が少年の胸に向かう。

 が、突き刺さらず、何気もない動作で少年は飛ぶ矢を捕まえた。


 何だ!? 

 しまった! 魔族か!?



「変更! 全火力、斉射!!」


 カッヘルの指示で魔法兵が詠唱を開始する。それと共に突撃していた分隊は散開運動に入る。


 しかし、それよりも女の魔法は早かった。


 女の腕から出て来たのは全てを打ち砕くような雷撃。なのに、轟音が響かず、それが高位魔法の物であろう事が推察された。


 人に抗えるものではない……。


 自分達の頭を掠めて放たれたそれを見た、カッヘルの認識である。離れた大木の幹が瞬時に焼け折れ、その倒れた衝撃が地面を揺らした。



 女の唇が動いた。

 カッヘルはそれを読む。


『王都の人も大変ねぇ。こんな田舎までお仕事だなんて。ねぇ、カッヘルさん』


 カッヘルは驚愕した。

 何故、自分の名前を知っているのか。そして、何故、自分が読唇術を使えることを知っていたのか。


『ようこそノノン村へ。歓迎致します。武器を置いてお食事にしましょう。先の方々もお待ちですよ』


 !?

 我らを喰らうのか!?


 女が腕を横に薙ぐと、空き地の至るところに、ほんのりと湯気を上げる料理の数々が出て来た。


『久々に腕を振るいました。さぁ、皆様に指示をお願いします』


 女の顔は変わらず物柔らかだが、カッヘルは恐怖に震える。そして、武装解除の命令を出すのであった。

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