圧倒的
ハアハアハア……。
全速で走りましたよ、私!
久々に息が上がりましたっ!
アシュリンさんとのかけっこでもこんな事は無かったのですよ。手を抜かずに長距離を走ったのは、いつ以来でしょうか。
聖竜様と戦争を止めるとお約束したのです。人が死ぬことも出来るだけ避けたいと思っています。……もしも死人が出たら、それは不幸な事故と言うことで勘弁してもらいましょう。仕方ありません。
聖竜様はお優しいので、人が一匹二匹死のうと責められはしないと信じています。
しかし、間に合ったのでしょうか。人間の体が真っ二つですからね。
私は唾を飲み込んでから、回復魔法を唱えます。
あっ、胴体繋がった!
良かったです! 息の根は止まっていませんでしたっ!
私は知っています。死体に回復魔法を掛けても何も起きないのです。精霊さんにとっても、死んだ奴は回復のしようがないからだと思っています。
倒れた男と目が合いました。
私はホッとした気持ちで、にっこりします。
それから、再び逃げないように、両の脛を強く踏んで粉砕します。
大きな悲鳴を上げられましたが、何の意味があるのでしょう。私は、そんなもので怖じ気付かないですよ。
さあ、忘れずに巫女長に苦言を伝えないといけません。私は踵を返して、村の中へ戻りました。
「巫女長様、素晴らしい威力でしたが、もう少しご自重をお願いします。あれじゃ、死んじゃいますよ」
ほぼ死んでいたと思うんです。
いえ、別にどうとでも言い訳できるので、死んでも構わないので、私の気持ちの問題でしかないのですけど。
「まぁ、メリナさん。とても速いのね。回復魔法も効果が高いですし、あなたの篤い慈悲の心が顕れているのでしょうか。私、聖竜様にメリナさんのご勇姿をお伝えしたいと思います」
えっ! そうですか!?
とても嬉しいです!
親しい言葉遣いで語り掛けて貰えるくらい、聖竜様と仲の良い巫女長様のお言葉なら、私の株も上がる事間違いなしです! ぐんぐんって天を突く勢いで好意が急上昇ですよ。楽しみですっ!
あと、巫女長は兜を被ったままのくぐもった声ですけど、中は暑くないのでしょうか。お汗を掻かれていらっしゃいましたら、私、拭きます!
背丈のせいで、見下す形になっており失礼致しました。
「お褒め頂きありがとうございますっ! 是非お願いしますっ! ばんばん切断して下さい! 私がくっつけて行きますね」
「おい、メリナ。マジでそういう事言うな。次は縦に切断するかもしれんぞ。マジで。フローレンスはそういう奴だ」
「あらあら、エルバさん。メリナさんなら、蘇生魔法さえ使えるかもしれませんね」
それは無理です、巫女長様。
お父さんの本にも蘇生魔法は誰も実現できないから研究もするなと書かれていました。
歴々のトップ魔法使いさんが無駄な時間を費やしたのです。老化しない魔法や、治癒力を高める魔法を極める方が有意義とありましたよ。
「……底知れぬヤツだからな、マジでメリナは。マジで魔法学校に来ないか? 巫女は続けても構わない。特待生で入れてやる」
どれだけ上から目線なんですか、部長。魔法学校の方々にも失礼でしょうに。
「いえ、けっ――」
「エルバさん、メリナさんはね、王都でパンを作られるのよ。だから、ダメよ」
私が答える前に巫女長が言って下さいました。
「……はぁ? 何の暗号だ? 王都を捏ね繰り回すってことか? マジヤベーな、お前ら」
私たちがわいわいやってる裏でへルマンさんが魔法陣に捕捉されていた敵二人を縄で縛り終えていました。
「そうだ、エルバ部長! 敵の残りはどうなっていますか? 私、気になります」
「ん、あぁ、少し待て」
エルバ部長は目を瞑って周囲の状況を確認してくれます。
「ルッカの所の4人と、森の中に4人だな。赤毛のコリーがだいぶ仕留めたようだ」
おお、コリーさんも頑張っておられたのですね。そうですよ、彼女は私を追い詰める一歩手前まで行ったのです。それくらいは出来るでしょうね。
「メリナ、お前が任務放棄した分も働いて貰ったな。後で礼を言うんだぞ。まぁ、その分、巫女長から殺人を止めた礼を貰っておけ、マジで」
放棄?
あぁ、私も村の外を見回ったりしないといけなかったのです。コリーさん、感謝です。
さて、後はルッカさんの方を片せば、ほぼ終わりですね。
「う、うわあぁぁーーー!!」
ここで大声が聞こえました。グレッグさんの声です!
急ぎ向かいます。
もしやという事も有ります。
ルッカさんが吸血鬼の本能に抗えず、手頃なグレッグさんをチュルチュル吸っている可能性が。
グレッグさん、大丈夫でした。剣を持った手がプルプル震えていますが、一人で立っておられます。
ルッカさんは…………、あぁ、お食事中ですか。敵の一人の首に噛み付いておられますね。みっちり密着です。
噛まれていない敵の方々は必死にルッカさんを引き離そうと吸い続ける彼女に何回も剣を差し込んだりしています。無駄でしょうね。
「グレッグさん、落ち着いて下さい。ルッカさんは、あれが正常です」
「いい飲みっぷりで御座いますね」
えぇ、そうですね、アデリーナ様。
私もルッカさんなら人を殺さないと思うので安心して見ていられますよ。
っていうか、アデリーナ様、いつの間に横に来られたのですか。
血塗れのルッカさんは両手で抱いていた男を投げ捨てて、次の獲物に手を掛けました。
「ひ、ひー! 助けて!」
がっしり体型の男性でも甲高い声を出せるんですね。腕を捕まれた敵の人が叫んでおられます。
村の外側から近付いてくる一団が見えました。ニラさんに絡んでいた締め殺しの何とかさんと似たような体型の大柄な方が目立ちますね。
最初は余裕な感じの表情でふてぶてしく向かって来ていましたが、私たちが慌てていない事に違和感を持たれたのかもしれません。
歩みが止まりました。
その瞬間、彼らの下半身が無くなります。
土から飛び出てきたオロ部長が大きく開いた口で彼らを纏めて噛み切ったのです。ホンの束の間ですよ。
しかも美味しくなかったのか、ペッと足とかを無造作に吐き出して、また地中に戻られました。
……また回復魔法が必要ですか。
皆、殺意が強くて頼もしいのですが、私と聖竜様とのお約束は配慮してくれないのですね。




