コッテン村での前哨戦
私、メリナがコッテン村に戻ってきてから3日が経ちました。家を直したり、草を焼き払ったり、土を耕したりと、一時的な仮住まいとはいえ、村作りを皆で手分けして行なっておりました。
ニラさんやブルノ、カルノ達、三人組が意外な事に皆を引っ張ってくれます。元々がどこかの農村出身ですので、色々な作業に慣れておられるのでしょう。……私も同じく村娘だったので、少し恥ずかしいです。
私が魔法で火を出しましたら、ニラさんに窘められました。そんなに簡単に火を出せる人は村にはほぼいません、と。
敵側に遠方から魔力感知出来る人がいれば、確かに怪しむでしょう。
ニラさん、賢いです。私、感動しましたよ。
最初の種火自体は私の魔法の火でしたが、三人は枯れ枝や枯れ葉を集めてきて、それを随時補給して火を維持されています。魔法無しでも、そんな事が出来るということにびっくりしました。
水に関しても、私が魔法で出せるにも関わらず、かなり離れた小川まで汲みに行ってくれました。
こちらについてはアデリーナ様やコリーさんも手伝っておられました。コリーさんは兎も角、アデリーナ様が力仕事をするなんて絶対おかしいです。尋ねたら「服を汚さないと騙せないでしょう」とのご回答です。
さて、今日もニラさんは誉められています。割った薪が風で飛ばないように紐でくくりつける仕事に関してですね。
「手際が良いですね。それに、昨晩の村の料理という物も質朴で素材を活かした味付けで御座いました。ニラさんは優秀ですね」
アデリーナ様もご満足の様子です。
ここで私をチラッと見ました。当て付けでは御座いません。それが分かっているから、悔しさで身を震わせてませんよ。
続けて、アデリーナ様は親指と人差し指でこっそりと丸を作ります。
合図ですね。
アデリーナ様は魔力感知の魔法を使えるのです。ここで言う魔力とは全ての生物が持つ体内の魔力の事でして、エルバ部長よりは範囲も精度も劣るようですが、アデリーナ様も周辺生物の位置情報が分かるのです。
私は会話を続けます。
普通な感じを心掛けましょう。
「アデリーナ様、私、ドングリを採って来ましょうか?」
「いえ、結構です。…………あなた、目がキョロキョロしてます。落ち着いて下さい……」
えっ、そんな。私は演技派だと思うんです。が、本能が早く敵を叩きたいとそわそわしているのかもしれません。
……いえ、そんな野蛮で非常識な物は持ち合わせていませんよね。
「一緒に食べたではないですか? アデリーナ様も美味しいと仰っていましたよ」
「覚えていません」
演技とはいえ、アデリーナ様は冷たいです。もっと大袈裟に歓喜してください。涙を流されても良いのですよ!
あの時はナタリアも傍にいて、私はアデリーナ様の為に、ひょろっとした草もサービスしたのです。
本当に忘れたのですか、私の真心を!?
「に、肉は如何でしょうか?」
「それは良いかもしれませんね。しかし、一抹の不安が御座います。何の肉でしょうか?」
うむ、考えましょう。
豚とか牛とかの肉は既にアデリーナ様が持ち込んでおられまして、もっと珍しいものが宜しいでしょう。
……鳥もそんなに貴重ではないです。「さすが、メリナさん!」と、アデリーナ様に言って貰いたいのです。
「滅多に口に出来ないものが良いですよね?」
私は演技の件を忘れて、アデリーナ様に問う。
「いえ、あなたの行動を予測する事が出来るようになってきました。お止めください」
うふふ、またぁ、アデリーナ様。止めろと言って、このメリナが止めるとでも思っておられるのですか。
むしろ、張り切りますよ。
そして、私も食べたことのない肉を思い出しました!
「私、行ってきます!」
「待ちなさい。一応訊きましょう。何の肉?」
「アデリーナ草の舌です!」
お花なのに口があって、そこからベロリンとだらしなく垂れた舌は分厚くて美味しそうでした!
「あれは食べ物なのですか? それから、メリナ草とお呼び下さい」
えぇ、根を足にして動く草でしたものね。ちょっと薄気味悪いですよね。
「分かりません! 薬師のケイトさんに見て貰いましょう」
私はそう言うと村の外へ駆けた。
「巫女殿、私も向かいます」
後ろからコリーさんもやって来ました。しかし、あんな草ごとき、私、一人で十分です!
「……メリナさん、お気を付けて」
小声でアデリーナ様が私に呟いてくれたのが聞こえました。
それによって、私は村を敵に囲まれつつある事を思い出したのです。
朝からルッカさんが空に浮かんで、敵の動きを見ていました。正確には一昨日からですかね。
アシュリンさんが遠くに浮かぶ偵察兵を発見された後、ルッカさんがそれよりも遥か上空に上がられて、その偵察兵がラナイ村に降りた事を確認されたのです。
ルッカさん、凄いです。鳥よりも高くに浮かぶことが出来るのです。さすが、魔族ですよ。もしかしたら、フロンもそれくらい出来るのかもしれません。そうだとすると、探しだしたり、捕まえたりするのがとても困難になります。
そして、今日になってエルバ部長が皆に言いました。王都側の兵がコッテン村ではない方向に道を進んだ、と。
魔力感知の魔法は便利ですね。家で食事をしながら、敵の動きが分かるのですから。
彼らはノノン村に向かったのでしょう。
ご愁傷様です。お母さん、手加減してくれるかな……。
折角作ったコッテン村でしたが、素通りされてしまいました。アデリーナ様、無駄な労力で御座いましたねと思っていたのですが、何ともう一部隊あったようで、そちらはコッテン村を包囲するように展開したのです。
周りから魔法などの遠距離攻撃をされると厄介ですので、取り合えず、私とコリーさんが撃って出ることになっています。
もしも魔法を使う者がいれば、私たちがそいつを倒すのです。
今のアデリーナ様とのやり取りは、包囲している者共に警戒されないように、自然な感じで村を出る為の物でした。
村の柵を出て森の中に入り、木々で後ろが見えなくなった辺りで、私は走るのを止めます。人の気配を感じたのです。
抜き身の剣を持った男三人が木の影からゆっくりと出て来ました。
「おっ、いいね。ラッキーだな、お前達。俺達は優しいんだ。大人しくしろよ」
舌舐りをしながら、正面にいた痩せこけた薄汚い男が言います。
動作と外観から正しく敵と判断。
もしかしたら、ただの旅人の可能性もあるかと一瞬考えましたが、そうであっても排除です。とても攻撃的な文句ですから。
私は瞬時に距離を詰めて、そいつの顔面を殴り付けました。
私のモットーは問答無用です。
簡単に頭から地面へ仰向けに転がりました。左右から出てきた剣を足捌きと半身で避けつつ、倒れたヤツの手首を踏み抜く。剣を握れないように。
そのまま駆けて、残りの二人と対峙する。
コリーさんと私で、奴等の前後を挟む感じになりました。圧倒的有利ですね。
「おいおい、じゃじゃ馬だな」
「動かなくなるよりは、楽しめるだろ」
私としては動かないターゲットの方が楽が出来て宜しいのですが、戦闘狂の方々なのでしょう。
余裕のある軽口に場数を踏んでいる感が出ていますね。
さぁ、やりましょう。殺りませんが、やりましょう。
男はどちらも私を正面にして剣を構えました。なので、私も拳を軽く握って前に出し、いつでも対応できる体勢としました。
ちらっと仕留めた男に目を遣りますと、うん、手足が痙攣しています。良かったです。生きてます!
私が視線を下にずらしたのをチャンスと見たのか、左の男が動き始めました。
剣先をこちらに向けての突進。恐らくは、私が剣に怯えて固まったところをそのまま体当たりして、転倒させるつもりでしょうね。
右の男もそれの背に続いています。そちらは私が避けた時の為の二波攻撃用でしょう。
対応は簡単です。相手は人間ですもの。
経験上、魔物より魔法が通りやすいのです。
私は魔法を唱える。
『私は願う。氷、氷、氷の槍。二人を突き刺すように出て』
「「ぐっ!」」
私の手から出た、鋭く透明な氷が向かってくる男の腹を貫通して止まりました。お臍の辺りですし、細目の氷なので、たぶん死なないと思います。
でも、動くと痛むでしょうね。
最初に短い息を吐いて転倒した後は、動きが止まっております。目だけこっちに向いていますが、どうしましょう。潰した方が安全でしょうか……。
「巫女殿、まだです!」
コリーさんの声が響きました。
後ろかっ!?
視界には異常が見当たらなかったため、瞬時に私は背後に氷の壁を作る。
壁の構築とほぼ同時に振り返ると、人の頭程度の火球が私を襲おうとしていました。
ただ、それが私に命中することはなく、氷の壁に衝突して消えました。
魔法使いがいたか……。
私の不意を突くとは、なかなかやりますね。
「巫女殿、私にお任せを下さい!」
コリーさんが例の細剣を手に木々を小刻みに避けながら駆けます。
敢えて最短距離で向かわないのは魔法対応なのでしょう。
しばらくすると、男の悲鳴が聞こえましたので、コリーさんもちゃんと仕留めたのでしょう。
頼りになります。アントンにはクソ勿体無いお人ですよ。




