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マリールの観察2

☆マリール視点


 望遠鏡は無事借りれた。だって、今は昼だから星を見ることはないものね。

 でも、持ってきた私を見て、メリナが笑う。


「マリール、望遠鏡は遠くを見るためのものですよ。知らないの?」


 全速で走ったから、息が切れて反論出来ないわ。悔しい。

 しかし、今から吠え面を掻くが良いわ。



 フランジェスカ先輩に実験室からフラスコや蒸留器を固定するための実験用クランクと台を持ってきてもらう。


 よし。

 まずはメリナが穿った板をセットして、次にプリズムをクランクに挟む。そして、望遠鏡でプリズムを覗く。


 焦点調整が難しいけど、見えた!

 美しい虹だ!


 見てみなさい、メリナっ!!



「マリール先生……凄い。このメリナ、完敗です……」


 かかか、そうでしょ。


「でも、赤と黄色の境目はまだ見えません!」



 覗き続けているメリナに代わってもらい、私は倍率を上げる。んー、ダメかな。

 ってか、そもそも虹に境目があるなんて誰も思ってないしね。……誰も思い付かなかったって事なのかもしれないけど。


 諦めた私が離れるとメリナが言う。また、覗いているのね、この娘は。

 プリズムの位置や望遠鏡の焦点を合わせたり、グチャグチャやってるわ。高価な品物だし、他部署からの借り物だから、どうか望遠鏡は潰さないでよ。



「赤に近いところの黄色で薄い色のところがあります!」


 ん? 分からない表現ね。

 しかし、フランジェスカ先輩も見えると言う。


 よし、ならば!

 もっと細い隙間を作ってみよう! で、そこから光を得よう。

 本当に何故か分からないけど、狭いところを通せば色がはっきりするのは間違いないだろう。で、はっきりすれば色の境目なんていう物があるかもしれない。



 私は釘を二本持ってくる。それを板に刺すようにメリナに頼んだ。素手でギュッと押したら突き抜けて刺さった。……怪力。


 そして、メリナの黒くて長い髪を10本ほど貰って、二本の釘の間を渡すように一本一本巻き付ける。

 細かい作業は得意だから、微かな隙間を開けた上で等間隔に並べることが出来たと思う。この隙間に日光を通すのだ。


 うし!

 見るぞ!




 あっ!!

 一瞬、心臓が跳ね上がった感覚がした。


 ……黒い線が見えた……。赤と黄色の境目なのかな……? 橙色の所に黒い切れ目が縦に入っていた。


 ……何、これ?



 フランジェスカ先輩にも確認してもらう。


「マリール、新発見よね?」


「えぇ、たぶん、誰もこの事は知らないと思います……」


 プリズムは光を分解すると言われている。もう一個プリズムを用いると分解した光がまた合成されて、元の日光の白色に戻ることも知られている。

 この結果から、色んな光が集まって日光が出来ていると推測されていた。その集まった光を完全に分けることが出来たのだろうか。しかし、私には違和感がある。


 食われたように、一部の光が無い。そっちの表現の方が正しい気がしたのだ。

 精霊の仕業?


 ……この付近の色、どこかで見たことがある。なんだっけな。

 私は考える。いつだ?

 必死に思い出すのよ。これは凄い発見な気がするの。


 !?

 そうだ! メリナみたいにプリズムで遊んでいた時だ!


 太陽の光だけでなく、魔法式照明とか普通の松明とか色んな光で試していた時に、塩を炎の中に入れてみた時の色だ!


 完全に思い出した。

 あの時のプリズムを通過した光の色を!!



「……フランジェスカ先輩、あの青い炎が出るバーナーって、誰か使ってますか?」


「さぁ? でも、それを使いたいって事ね。いいわよ」



 実験室に戻って、バーナーに火を付ける。金属も融かす高温が出せる最新式の魔法具。幸い、お昼が近くて誰かが使い終わった後だった。


 そこに塩を乗せた金属棒を差し込み、プリズムで光を分けるのだ。うん、だから、これを分光と呼ぼう。ちなみにこの金属棒、素材は白金。誰も盗まないのは、薬師処の人達がお金持ちの証ね。


 メリナに言っては盗られるのかな。いえ、親友を疑うなんてダメね。でも、言わない。もし無くなったら、無駄にメリナを疑ってしまいそうだから。



 透明に近い青い炎は塩を上から振り掛けると明るく色を変える。それを分光した先は、より鮮明な橙色! すぐに消えたけど。

 でも、間違いない。この色と同じ色が太陽の光には含まれていない!!



「何をしているの、マリール? 私、全く分からないわ」


 メリナじゃないフランジェスカ先輩の言葉だ。メリナは新しいバーナーを物珍しげに触っている。で、私が手を離した隙に奪って色んな物質を焼いて色の変化を楽しんでいた。



 先輩、すみません。少し独りで考えたいのだ。私は黙って思考を巡らせる。


 何故、塩の光が太陽光には無いのか。一番簡単な仮定は、『太陽は色んな物質が混ざって燃えている。しかし、そこに塩は存在しておらず、だから、塩の光は太陽光に含まれていない』。 


 んー、検証しようがないわね。

 太陽にまで到達するなんて、私には出来ない事だし。雲よりも高く飛べる魔法なんて、宮廷魔術師でも無理だろうなぁ。



「お腹空きました。ご飯が欲しいです」


 メリナ……。

 うん、私も疲れた。ご飯にしよう。



「うわっ、肉包みパンです! フランジェスカさん、ありがとうございますっ!」


 恥ずかしいから大声は止めて、メリナ。


「あら、聖衣の巫女様もご存じなの? 最近、流行りのパンなのよ」


「はい! アデリーナ様に貰いました!」


 ……アデリーナ様か。表立っては誰も言わないけど、あんまり良い噂を聞かないわよ。今回の戦だって、シャール側の準備が良すぎると思わない? 戦争をするには武器も食料も必要。それを一晩で整えるなんて不可能。


 自分で言うのもアレだけど、私の実家はシャールを代表する大商人なのよ。そこに気付かれずに物資調達するなんて無理。と言うことは、相当前から分からないように貯めていたのよ。恐らくは王都側に動きを伝わるのを警戒してね。


 それがアデリーナ様と何の関係があるのかと問われたら何も無いのだけど、嫌な予感はする。たまに見せる冷たい表情は貴族以外、いえ、自分以外の存在を認めていないヤツの物だと思う。



「マリール、さっきの太陽の件と塩の件、たまたま、同じくらいの色味だっただけじゃないの?」


 先輩の言葉に私はもう一度、二つの記憶を比べる。


「いえ、一緒です。今、比較しましたが、一緒でした」


「ん? 今?」


「はい。頭の中で比べました」


「……ん? 記憶を比較って不確かでしょ?」


 他人は知らないけど、私は自信がある。


 私は傍にあった本をペラペラと捲ってから、メリナに渡す。


「メリナ、好きな数字を言ってみて」


 彼女は65と言った。


「ある種の銅鉱石を加熱すると、喉や目を刺激するガスが発生する。そのガスを水に通すと、水に金属を溶かす性質を付与することが出来る。そこに、塩を入れ――」


 私は65ページ目を(そらん)じる。


「……マリールの本では意味無いわね。只の暗記かもしれない。私の本で試して」


 フランジェスカ先輩がご自分の実験台から持ってきた本を渡され、私はさっきと同じようにペラペラと捲っていく。


 で、メリナに数字をお願いする。五万とか言ったので、100までの数字で再依頼。……メリナはバカね。どんだけ分厚い本になるのよ。五万頁って。


 はい、103頁ね。

 ……おかしいな、たった今、100までってお願いしたんだけど。


「二人きりになった部屋で、シェリルは優しく抱き締められる。もう拒絶はしない。私たちには時間がないのだから。彼女は火照った顔を隠そうと相手の胸に埋まった。今から始まるだろう行為に、彼女は恥じらいながらも期待するのだ。ダンケルの手は既に――」


 おい! 職場になんて本を持ち込んでるのよ!!


 思わず、先の頁も思い出したじゃない!



「……直観像記憶……。マリール、凄いもの持ってるじゃないの」

 

 そう、私は見たものを忘れない。思い出したくないものは思い出さないけど、思い出したい風景は全て見える。

 魔法は使えない私に、神様か聖竜様が授けてくれた能力なんだと思っている。



「……この本、エロいです……。エロエロですよ!」


 メリナ、だったら目を本から離せ。読みながら連呼するな。


フラウンホーファー暗線の発見です。


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