村人役、集合
コッテン村は氷も溶けていて、あれだけ生えていた草もだいぶ刈り取られていました。残ったものも全部倒れていて、そのまま放置しても腐っていくでしょう。
……アデリーナ草はここにも生えていたかもしれませんね。ごめんなさい、アデリーナ様。
家屋の幾つかからは明かりも漏れていまして、アシュリンさんが集めた方々がいらっしゃるのでしょう。
アシュリンさんが「貰ったぞ」と言ってた小屋の扉をノックすると、昨日と同じ軍服姿の彼女が出てきました。
「任務ご苦労であったっ!」
「いえす、まむ」
とりあえず、アシュリン式で答えてやります。本場の言葉で喋るルッカさんが隣にいますけどね。思い出しなさい、アシュリン。あの屈辱を!
「村人役について教えてください、アシュリン」
早速、アデリーナ様がお仕事に入ります。
「うむ! デュランのコリー殿を筆頭に、オロ部長の存在を秘密に出来ると見込んだ者だけを選んだぞ!」
確かに、蛇の魔獣みたいなオロ部長が神殿に潜んでいると知られたら、とてもマズい状況になり得ますからね。
なかなか考えていますね、アシュリンさん。
丁度、夕飯を一番大きな家で作っている所だと仰られまして、そのまま、そこに移動しました。
ここは私の取った家でしたのに……。
放置していた骨は既に無くなっておりました。アシュリンさんが埋めてくれたのでしょう。オロ部長が食べた可能性もゼロではありませんが、流石に人間を食べるなんて事はされないでしょう。……されないよね?
アシュリンさんが呼びに行って、一番大きな部屋に皆が集まります。
全部、私の知り合いですね。アシュリンさん、もしかして神殿の外に知人がいないのかしら。もっとたくさん、頼りになる人を集めるべきですよ……。
一人は騎士見習いのグレッグさん。彼は既にオロ部長をご存じですから、その点ではメンバーに入って不思議ではありませんね。戦力としては数えられません。そこは大きな欠点だと感じるのです。
お料理が上手であることをアシュリンさんも覚えていたのでしょう。今晩の夕食は彼が担当していました。
驚いた事にニラさん三人組もいました。どうやら、今日も神殿に来ていたようでアシュリンさんの目に止まったようです。
アシュリンさんが考えなしである事は知っていましたが、まさか、グレッグさんよりも弱い人まで呼ぶとは思いませんでした。
更に意外なところでは、魔物駆除殲滅部の小屋の隣にある畑で働いている巫女さんもいたのです。私に篩を貸してくれたり、色々と親切な巫女さんです。
彼女はアシュリンさんに敵対心を持っていたはずなのに、よく来てくれましたね。無理矢理に連れてきたのではと憶測してしまいますよ。
あとは、この赤毛の人。
「聖衣の巫女殿、しばらく世話になります。大雑把にはそちらのアシュリン殿から聞いていますので、ご安心を」
コリーさんですね。
大雑把って言うのは、たぶん、細かく聞いても分からなかったという不満を表していますね。
「コッテン村に敵が来ても殺しは無しでお願い致します」
「その様な気持ちでは戦場で死ぬと思えます。なるべく善処致しますが、従い切れない可能性はありますよ?」
「勿論です。ただ、あの細剣の腕ならば、手足の腱を全て貫いたり、両目を潰したりすれば良いのでは無いでしょうか」
「……聖衣の巫女殿、殺さなければ何をしても良いという訳ですか……? あなたの神に届くかと思うほどの回復魔法があれば、全てを癒せるのですか?」
その通りです。但し、回復魔法を実際に唱えるかどうかは保証しません。
しかし、これはコリーさんにお伝えしません。手加減の結果、コリーさんが負けて死ぬのは勘弁です。仰る通り、戦場での油断と過信は、良くないのです。
「メリナ様! お久しぶりです!」
家の中なのに、縁なし帽子を被ったままのニラさんが挨拶をくれました。まだ、その下の犬の耳は隠されるんですね。とっても可愛らしいですのに。
にしても、ニラさんも、後ろの少年二人も服がより一層豪華になっていませんかね。お酒様の件で出会った時は少年たちの装備は皮鎧だったのに、今は金属製になっていますし、ニラさんも村娘服から黒いローブになっていますよ。ローブのフードは使わずに帽子なのですね。
「メリナ様。居酒屋の一件では大変ご迷惑をお掛けしました」
えーと、ブルとカルのどちらかが頭を下げてきました。
「こいつ、ブルノはメリナ様の入った監獄の前で、メリナ様の無事をずっと祈っていたんですよ」
あっ、名前が分かってラッキーです。ということは、あなたがカル……カルノですね!
「その節は申し訳有りませんでした。聖衣の巫女殿が罪を犯した事実は有りまして、投獄せざるを得なかったのです」
コリーさんが後ろからブルノとカルノに言います。事情が分からないのか、お二人は無言で赤毛の女の人を見ています。少しだけオドオドしていますね。
「この方はデュランのコリーさんです。監獄と呼ばれる施設の担当官の……秘書です?」
「いっ、お役人様ですか!?」
「し、失礼しました!」
土下座する勢いで二人は頭を下げます。
「良いのです。今は只の村人です」
そう言えば、コリーさんはまだ蛾なのでしょうか。あそこが剛の者だとコリーさんは告白されていましたので、そうに違い有りません。だから、教えてあげましょう。
私は手招きして、部屋の隅にコリーさんを誘います。腰の細剣が上下に振れつつ、すっと近付いてくれました。
「……聖衣の巫女殿、どうされましたか? あちらの少年らに悪いことを言ったのでしょうか」
「あの軍服姿の人、アシュリンって言うんですが、驚きますよ」
「……何がでしょう?」
「実は、ああ見えて蝶なんです。パーフェクトバタフライなんですよ」
「蝶……。確かに王家の方に対しても動じない物言いでした……。空高く、自由に、華麗に羽ばたいておられるのか……」
私は頷きます。コリーさんの言う事に同意し兼ねる部分はありますが、確かに空高く跳んでいましたね。
でも、お下の話とは関係ない――――あっ、関係あった!!
上空からの攻撃だと、下から中が丸見えじゃん!!! スカートで戦えませんよ!
「そうです。ヒントはスライムの粘液だそうです。その先は私の口からは言いません。ご自分でお考え頂けますか?」
「! スライムの粘液ですか……? それは難しい謎解きですね。……あの様な穢らわしい物が……。繋がりが全く想像出来ません。が、聖衣の巫女殿の折角の手助けです。この村を出るまでには答えを見出だしたいと考えます」
「頑張って下さい」
「聖衣の巫女殿も。既に蝶となられているのかもしれませんが」
「あはは、まだまだです。お互い精進ですね」
私たちはがっしりと握手しました。




