コッテン村からノノン村へ
「ちょ、ちょっと、巫女さん、神殿を辞めるってスードワット様を裏切るの!? おかしいわよ、クレイジーよ!」
「そうですよ、メリナさん。あなた、聖竜様をお慕いしているのでしょう? 巫女を辞めてパン職人っていうのは非常におかしいでしょうに」
お二人は分かっておられませんね。
聖竜様は別に神殿の巫女を欲しがっていないのですよ。本人から聞きましたもの。
「勿論、聖竜様は素晴らしいお方ですし、この先も永遠にお仕えさせて頂きたいと強く思っておりますので、巫女でなくなっても仕えます」
私の次の言葉を待って、お二人とも黙っておられます。
「でも、私、巫女になったのは素敵なレディーを目指していたからでして、皆の憧れの職業に、という思いで村を出たんです。考えてみれば、別に巫女に拘りなかったんです」
ここで、私はパンの残りを頂きます。
うん! すっごく美味しいです。
パンの生地と挽き肉からの汁が程よいバランスで、幾らでも食べられそうです。
「このパン、凄いです! これを聖竜様にも献上したいし、毎日一緒に食べたいので、私はパンを買い占めますし、パン職人にもなるのです」
「なるのですって、メリナさん。そんな簡単にパン職人にはなれませんのよ。何年も厳しい修行をしたからこその、その味なので御座いますよ」
「それに、巫女さん。あなたは、戦争を止めないといけないの。スードワット様とそう約束したでしょう。それから、フロンとか言う魔族を倒すんでしょ? 更には王都側からのノノン村への襲撃を邪魔しないといけないし。とてもビジーよね?」
やること、いっぱいですね。
大変です。
「では、パン屋に行く序でに王様とお逢いしましょう。ぶん殴ったら、戦争も終わるのでは無いでしょうか」
「王をぶん殴った人間がそのまま王都でパン職人をしていたら、おかしいでしょ!? メリナさん、おかしいですよね!?」
「誠心誠意込めて、ぶん殴りますから、分かって頂けると嬉しいです」
「あなた、冗談抜きで王を舐めているのね?」
そうかもしれません。
アデリーナ様も同じくらい偉いので、これくらいの威厳かなとか思っています。
当初はアデリーナ様にビビっておりましたが、今は余裕で御座いますね。
ここでアシュリンさんが口を開きました。
「ふむ、良いではないかっ! 以前にメリナは戦場でパンを作る炊事兵になりたいと、大きな篩を私にねだった事があるっ! 私はメリナの夢を応援しよう!」
いや、聞いてました、私の話?
兵でなくて、たった今、職人って言いましたよね?
「……アシュリン、しかしですよ……」
アデリーナ様はじっと地面を見ながら考えられています。
「いや、そうですね。うん、メリナさん、分かりました。王都タブラナルに辿り着いた際には、考慮致しましょうか」
流石は白薔薇様です。
お優しい。そのまま、棘を隠し続けて下さいね。
「アデリーナさんまで薦めないでよ! クレイジー。巫女さんはスードワット様の目が届く場所にいないとダメなの! 何年も離れたらダメなの!」
ルッカさんの言葉に私は震えます。
私、聖竜様に愛されているのですね。感動です。何故に、直でお伝えして頂けないのでしょうか。もう照れ屋さんなんだから。
「ルッカ、大丈夫です。メリナさんですよ。三日で飽きるでしょう」
何て失礼な事を言うのですか!?
私はこのパンを作り上げるんです!
そして、聖竜様と二人きりで味わうのですよ!!
「もう。私がお目付けで一緒に行くわ。それで良いわね。本当にフリーダムよね、巫女さんは」
私の将来の話も終わり、私とアデリーナ様、ルッカさんでノノン村へと向かうことになりました。
アシュリンさんとオロ部長はシャールに戻り、先程の廃村、いえ、今日からコッテン村なのですが、そこの住人候補を連れて来られるらしいです。
コリーさん宛の手紙をアデリーナ様がアシュリンさんに渡していました。つまり、彼女もここの住民になるのでしょう。
森の中、私たちは土が剥き出しの道を進みます。私が以前に火炎魔法で作ったものですね。まだ小さな雑草しか生えていなくて、とても歩きやすいです。
「フロンって、この辺りで見られたのですか?」
「あの魔族ね。どうだろ。この辺りかな。私、アンシュア」
ちらっとアデリーナ様のお顔を見てから、私は尋ねる。
「アデリーナ様、さっきの感知魔法みたいなヤツでフロンを探れないのですか?」
「私のだと分かるのは魔力の大きさと位置だけ。だから、魔族みたいに隠せるタイプには合わないので御座いますよ」
うーん、表情は変わりないです。いつもの笑顔です。柔和に見えて冷たい感じ。
フロンに拘る理由があるはずなんですが、教えてくれないのかな。
あと、その身に付けておられる外側が黒色、内側が赤色のマント、かっこいいじゃありませんか! 私も旅用のマントが欲しいです。
「私、フロンを確認次第、ぶっ殺すつもりです。アデリーナ様、次は私に矢を射ってはいけませんよ」
「しつこいわね。不快で御座いますよ。礼を失した今の発言に対しての罰として、おでこを矢でピコってお貫き致しましょうか」
……可愛らしく言いながらも、それ、確実に処刑じゃないですか!?
しかも、不快って。両太股に深々と矢を突き刺された私の方が不愉快に決まっているでしょ!
「巫女さん、その魔族に何をされたの? とてもヘイトが溜まってるの?」
何をされた?
何もされてないです!!
でも、気持ち悪いからぶっ殺したいんです。理屈でなく、私はあいつが嫌い。吐く息でさえ、汚く思っております。
……改めて考えると、私自身には何もされていないのですね。聖竜様が倒せと仰ったのが一番の理由だったのでしょうか。
「色んな人を操って、イヤらしい事をされていました。本人がそう言っていました。魔族に生かす価値はないです!」
たぶん、そういう事なんでしょう。私が許せなかった所は。
「私も魔族なんだけど……」
「ええ、殺してやってもいいですよ」
そして、聖竜様を独り占めにするのです。
今となってはルッカさんへの情もありますが、お望みなら絶ち切ってやりますよ。
最初にお会いした時に、吐息に不快感を感じたのは忘れておりません。
「うふふ、巫女さんは流石ね。とってもクレイジー。またお願いするかもね」
?
まだ死にたがっているのかしら。聖竜様も『望み通り死んだのだと思っていた』とルッカさんに言っておられました。覚えています。
「今すぐでも良いですよ」
「もう少しは巫女さんといるって決めたのよ」
そうですか、残念です。
「メリナさん、いい加減にしなさい。で、ノノン村はどこなので御座いますか?」
「この先ですが、私も覚えていないのです。ナタリアをおんぶして、一心不乱に走り抜けまして、記憶に御座いません」
「ルッカさん、上から見て頂けます?」
アデリーナ様のお願いにルッカさんは素直に従いまして、ふわんと宙に浮かばれました。
で、パクリと赤い巨鳥に食べられました。不意を突かれましたね。
「ああ!! メリナさん、早く!」
私は氷の槍で鳥を落として、腹の中からルッカさんを救出致しました。
ルッカさんなら自力でも出てくると思いましたが、聖竜様が見ておられるかもしれません。
私のポイントを上げる絶好の機会と判断したのです。……ちゃんと見てくれていますよね、聖竜様。




