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アシュリンさんの大技

 ミミズのいる方向へ飛び出した私の横にアシュリンさんが来ました。


「メリナ! 炎嵐(ファイアストーム)だ」


 私より遅れて走り出したのに、もう横に並んでます。やっぱりスピードでは彼女に勝てないのですね。

 アシュリンさんも私と同じ考えで後衛のアデリーナ様と敵の距離を詰めさせないようにしたのでしょう。


「ダメです! あいつらは火を見たらより一層暴れます! 危険です」


 この類いのミミズは火を怖れるのか、見た途端にやたらめったらと体全体でうねうねし出して予測が付かなくなる事を知っています。下敷きになってしまい、頭を潰されて亡くなった村の方がいらっしゃいました。

 それに、私の魔法は炎嵐のレベルにはありません。お母さんによる本物の炎嵐は凄まじくて、石や砂さえもドロドロにする正しく嵐のような魔法なんです。私のなんか、漂う雲みたいな物ですよ。



 木の上に見えるミミズの先端がぱっかり割れました。で、割れた中の上下にぎっしりと牙が見えます。


「アシュリンさん、来ますっ!」


 私の声と合わせたのか、ミミズの体が伸びます。真っ直ぐ、私に向かって! アシュリンさんは既に離れてます。


 それを最小限の動作で躱して、伸びた分、細くなったミミズの体を突き上げるように私は叩く!


 皮膚を貫通した様ですが、切断には至りませんでした。私の拳は体液で腐食され、爛れています。

 それをすぐに回復魔法で治して、安全な位置に移動する。そうしないと、ミミズの頭が戻ってくるところで噛まれるから。


 あっ、あのミミズの傷も治りやがった!



 私の動きの一部始終を見ていたアシュリンさんが言います。


「なかなかの毒だな! 分かった! 私が誘き寄せる! メリナが殴れっ!」


「了解です!」


 アシュリンさんの回復魔法は詠唱が必要ですものね。その役割分担が適切でしょう。



 陣形を変えます。アシュリンさんが前に立ち、十歩くらい離れて、私が位置するようにしました。



 アシュリンさんは足を止めました。


『我は願い請う。清らかなる振鈴の玉水響く、深奥の果てたる峰巒(ほうらん)に住まる蒼き雲雀に。戎衣へ残りし零墨は、影を航るその外貌。(あまね)く――』


 しかも魔法詠唱まで開始して、これではミミズからしたら絶好の機会です!


 と思わせているんでしょう。


 所詮は魔物です。しかも、賢いとは思えないミミズですからね。必ずアシュリンさんを襲います。



 ミミズは、また黒光りする先端を開いて牙を見せます。脅しなんでしょう。で、勢いよくアシュリンさんに向かいます。


 それを確認してアシュリンさんは詠唱を中断。斜め前に出て軽く避けます。ミミズは認識速度が遅いのです。

 寸前までアシュリンさんが立っていた所で噛みつく動作をしたのが見えました。先端が激しく閉じました。


 そして、アシュリンさんという(まと)がいなくなっても延び続けるミミズの体。ヤツが罠に嵌まることが分かっていた私は既に攻撃体勢で、その進行方向に入っています!



「ヌオオォォ!!!」


 私の雄叫びです。渾身の一発を鼻は無いのですが、鼻柱っぽい所に叩き込みました。

 ミミズの体は柔らかくて、私の腕は中にズボスボと入っていきます。口の中の牙に腕が引っ掛り、痛いです。

 それにしても大きな体ですね。私の背丈とまでは行きませんが、首の付根くらいまでは太さがありますよ。伸びて細くなった胴体の部分とのギャップがとても気持ち悪いです。


 私は続けて容赦なく第二撃。下顎の横から上への左下斜めからのアッパー。こちらも口の中まで貫通させます。

 

 そんな状態でもミミズは痛みを感じないのか、口を開こうとしました。私の両腕は上顎と下顎に固定されたままなので、上下に引っ張られて、胴体がガラ空きになりそうです。


 させません。


 私は両手に力を込めて、ミミズの口を閉じさせます。力比べなら負けませんよ!


 体液で腕が腐りつつあるのも回復魔法で元に戻す。毒を常に受けている状態なので、細かく何回もかけ直します。



 そこに光の矢が何本もミミズの胴体に刺さっていきます。

 アデリーナ様!


 ミミズは体を縮めようとします。しかし、これも私は抵抗します。足を踏ん張って、逃がさない! 細くなった状態の方が切断しやすいですからね。氷の上でもアシュリンさんから貰った靴は滑りません!

 氷の槍で固定するのも有りですが、炎だけでなく攻撃魔法全般に反応する可能性も否定できません。だから、使用を避けています。


「お疲れ様、巫女さん」


 ルッカさんが後ろから声を掛けてくれまして、そのままミミズを固定している私の前に出ます。

 手には剣をお持ちでした。



 「ハッ!」


 と、ルッカさんには珍しく気合いを入れられますと、只の鉄製の剣だと思うのですが、それがドス黒い物に変わりました。剣の周りにもモヤモヤと黒い霧みたいなものが溢れています。魔族に相応しい得物だと思いました。


 で、そのまま斬撃一閃です。ミミズが見事に切断されました。素晴らしい技量と認めても良いでしょう。



 しかし、ミミズの嫌らしさはこんなものでないのですよ。

 私は腕に刺さったままの動かなくなったミミズの亡骸を捨てる。


「ルッカさん、距離を開けてください! そっちはまだ動きます!」


 遅かったです。

 ミミズの切断面が丸く修復され、直ぐに新たな口が開きました。勿論、ぎっしりと牙が生えているのです。


 ルッカさんの腕が囓られました。が、アデリーナ様が放った光の矢が何本も刺さり続け、耐えきれなかったのか、ミミズは飲み込んだ腕を吐き出しながら収縮していきます。


「とんでもない化け物ね。クレイジー。巫女さん並みにクレイジー」


 落ちた腕を片手で持って、元に戻している人に言われたくなかったです。何て便利な体なんでしょう。いえ、私もソレくらいは出来ますね……。


 ミミズは一旦仕切り直しを試みたのでしょう。木の上に見える頭はゆらゆら揺れながら、しかし、攻撃はしてきません。


 この間に私も状況を確認します。

 オロ部長のお姿は既に消えていました。ルッカさんは私の前で立ってくれていまして、アデリーナ様は屋根の上で弓を引き絞っています。


 ……アシュリンさんがいません。

 あっ、空高く飛んでいます、いえ、落ちて来ています……。

 魔法なんだろうけど、ジャンプしたの?



「ルッカの仇だっ!!!」


 いや、ルッカさんは全く死んでませんよ、アシュリンさん。


 大声を上げながら落下するアシュリンさんは空中で腕を大きく振りかぶってから前に出す。ミミズには全然届かない位置からのパンチです。


 何してるの? とか思ったのですが、アシュリンさんが鋭く突き出した腕から衝撃波が出て、ミミズを吹き飛ばしました。森の木々も巻き込まれて何本も折れました。


 やるじゃない、アシュリンさん。

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