廃村
あ、足に力が入りません。フラフラどころか、立ち上がれないのです。更には、振り落とされないようにしっかりと棒を握っていた手も固まったまま、動きませんよ。
ヤバイです。戦闘でもここまでの疲労は経験したことが無いですね。
棺桶です! これは生きたまま入れられた棺桶で御座いますよっ!
隣のルッカさんも口をだらしなく開けたまま、ボーとされています。
「……生きてる? み、巫女さん……。私、死んでない?」
「えぇ、辛うじて。……ご存命です」
聖竜様には死にたがっている様な事を言っていたのに、何ですか、その不甲斐なさは!?
私も人の事を言える状態では無いのですけども。
それに対して、前の席の二人は化け物でしょうか、スタスタと下りられたようです。
天井から薄日が差していまして、久々の光が有り難いです…………。
「早くしろっ! いつまで部長のお背中に乗っているっ!」
いっそのこと、引摺り下ろして下さいぃ。メリナ、もう動けませぬぅ。
ルッカさんと共に地面を踏んだのは、もうしばらく後の事でした。
水をアシュリンさんから貰って一息吐いています。アデリーナ様は爽やかな笑みを浮かべて見ていました。
えぇ、良い根性をされた王家の方で御座いますね。
「カトリーヌさんが作られた高速地下道のご感想はどうで御座いましたか?」
「……アデリーナ様の奇声が地獄に誘う叫びの様でした……」
「あら、天国に行かれる?」
「もしかしたら、ここがそうなのかもよ。ほら見て。空からエンジェルが降りて来ているわ」
ル、ルッカさん、それ、完全に幻覚ですよっ! 戻ってきて下さい!
軽口を叩けるくらいには、私の体力が回復しているのが分かります。
ガチガチに固まった体の緊張を解したかったのもあって、荷物を下ろす作業をしました。それから、オロ部長に括り付けた荷台と車台を外します。
もう二度と乗るのはごめんなのですが、見える横穴は複数あるのです。帰りもこの方法なのでしょうか。
いえ、それよりも確認した方が良い事が有りますね。
「ここ、どこなんですか?」
私はアデリーナ様にお訊きします。ここが地中なのは壁や床で分かります。一面、ごつごつした土で囲まれていますから。
上は蔦かな、そんな植物が覆っていまして、薄明かりが差すのです。
″ラナイ村から少し入った森の中ですよ″
オロ部長がメモを書き書きして教えて下さいました。
オロ部長が跳ねて蔦の天井を破ります。そのまま、部長はお外に行かれたみたいです。部長の体で切断された蔦が垂れ下がり、私たちはそれをよじ登って、上へと行きました。
どれくらいの時間が経ったのか不確かですが、まだお外は明るいです。いえ、眩しいです。あと、ずっと地下にいたので空気が美味しい。
森の中にぽっかりと出来ることがある草地に私たちはいました。
「ルッカ、上空から周辺を確認だっ」
アシュリンさんの指示に従い、ルッカさんがふわりと、そして、ドンドンと上へ上がっていきます。たまに体がふらつくのは、まだ本調子ではないからでしょう。
「アンビリーバボーよ。本当にあの森の中にいるなんて」
戻ってきたルッカさんが言います。黒と言うか、深い青色に近い、長い髪の毛がまだ乱れた状態ですね。私自身もそうなんだと気付いて、慌てて髪を整えます。身嗜みは淑女の基本ですもの。
「強い魔物は居なさそう。廃村があったわ。あれを利用するのね?」
「その通りで御座います、ルッカ。カトリーヌさんとアシュリンがつい先日発見したのですよ」
あぁ、私の巫女服の素材を取りにきた時ですね。こんな遠くにまで来たのですか……。
ここまでの往復の時間を考えると、恐らくですが、さっきのオロ部長ライドオンで来られたのでしょう。アデリーナ様くらいの暴走馬車でも行き帰りで二日は間違いなく掛かりますもの。
オロ部長がその廃村まで先導してくれました。ルッカさんは肩車されています。部長なりの新人ルッカさんへの配慮で御座いますね。さすが、私が尊敬するオロ部長です。
私も乗ってみたい! 強い希望はありますが、後輩のために我慢しましょう。
しばらく歩きますと、草の中にボロボロの柵が見えて来ました。廃村となっているとは言え、そこから先が村域なのでしょう。
ただ、柵も至るところが破損していますし、また、古い家屋も何軒か見えますが、屋根が腐り落ちている物も多いです。
何より、草ボーボーですね。
「とりあえず、今晩の寝床までは作らないといけないですね」
「あら、メリナさん、日帰りも出来るのですよ。カトリーヌさんは帰りの地下道もお作りなのです」
……それ、死ねます。恐怖と風圧で逝けます。
私は黙って除草開始です。
『私は願う。氷、氷、氷。氷の板。地面を覆う感じでいっぱい出して』
草を押し潰す目的で氷魔法を唱えました。辺り一面が氷ですよ。空気も少しひんやりして気持ち良いです。
「……メリナさん、相変わらずの魔力で御座いますね……。何で御座いますか、これ?」
「除草です。明日の朝には氷は溶けていまして、草も倒れた状態になります。なので、とても作業が楽になりますよ」
「普通に刈ったりはしないのですか?」
「まさか。蚤とか、小さい魔物とか出てきたら面倒ではないですか? 気付いたら腕にびっしり、細かい虫が付いてたなんて怖いですよ」
「ふむ、よくやった、メリナっ!」
アシュリンさんが一歩氷の上に足を出す。
転けてしまえっ! と、まだ決闘の結果を忘れていない私は思いました。
「アデリーナ、私はあの家を貰うぞっ!」
そう言って、アシュリンさんは一人で古い家屋に入って行きました。
……そういうシステムなのですか? ならば、私も。
「アデリーナ村長、私も家が欲しいです。あのでっかいので良いですか?」
「はぁ!? 村長? いえ、でも、そうで御座いますね。一人一軒ずつ再建していきましょう」
おぉ、私、家をゲットです!
しかも大きいですよ。これは素晴らしい!
アシュリンはバカだから大きさが分からなかったのかもしれませんが、そんなウサギ小屋みたいな物で後悔されませんかね。お気の毒に。
私は喜び勇んで、新しい自宅、いえ、別荘候補の前に行きました。




