お腹がキュッと
翌日になって、私たちはオロ部長のお住まい、いえ、私がそう推定している穴の前にいます。推定というのは、まだはっきりと訊いた事がなく、もしかしたら執務室みたいな所かもしれないからです。
穴の入口には木の板が置かれています。これは、安全のためでしょう。あの巨体のオロ部長が出入りできる穴なのですから、人の体なんてストンですよ。礼拝部の方みたいな、か細い方々なら、そのまま還らぬ人となってしまうかもしれません。
私とルッカさんの他にアシュリンさんもアデリーナ様に呼ばれていました。つまり、今日は魔物駆除殲滅部のメンバー勢揃いです。
今日のアシュリンさんは巫女服でなくて、いつぞやの、というか、あの屈辱の決闘の時に来ていた深緑の軍服です。
……見ていると殴りたくなりますね。
大柄だけど引き締まった体がよく分かります。筋肉のバネに優れているんでしょうね。蟻猿戦の最後で見せた、とてつもない速さでの移動は魔法の力も使ったのだとは思いますが。
ルッカさんと私は巫女服は持っていないので、勿論、私服です。今日の私はゾビアス商店の新作、黒い丈夫な綿ズボンに薄茶色のプルオーバーを合わせ、少しダブついた感じがおしゃれ感を出していますね。
あっ、ルッカさんは相変わらずの殿方に劣情を催しそうな胸の谷間を強調する服です。牢屋で復活した時から、そんな格好でして服というより魔族の外殻ってヤツなんでしょう。つまり、彼女の趣味です。
神殿の中なのに、馬車が近付いてきて颯爽と人が降りて来ました。
「皆様、お待たせしました」
「遅刻だ、アデリーナっ! 部長をお待たせするでない!」
何故か馬車に乗ってきたアデリーナ様にアシュリンが腕を胸の前で組みながらの仁王立ちで言いました。
んー、アシュリンさんは本当にアデリーナ様にも遠慮がないですよ。
「すみません。前回から学びまして、森の中での生活でも困らないように食料などをご用意していました」
まぁ、なんて無駄な事を!
私がドングリとかキノコとかを調達致しますのに。
しかし、それ以上に気になる点が有ります。
「アデリーナ様、エルバ部長に転移魔法で連れて行って貰えば良いのでは無いですか?」
「えぇ、でも、部長のご予定が宜しくなかったので御座いますよ。今日はシャールの街域の魔法監視との事でした。この状況下ではとても大事な仕事ですね」
誰かが魔法を使っていないか、使ったら誰がどこでと調べるのでしょう。王都側の人が怪しげな事をしていないか見張らないといけないのですね。
思えば、居酒屋で魔法を使った時の治安担当の方々の動きは早かったですものね。しっかりした感知と通報体制が敷かれているのでしょう。
私が考えていると、アデリーナ様が姿勢を低くしてから板を手でコンコンと叩きました。それから、板をずらされます。
で、穴の奥底からもコンコンと音が聞こえました。オロ部長は在宅の様ですね。
目の前に黒い大蛇がトグロを巻いています。
「カトリーヌさん、お元気でしたか? 今日の案件の詳細は、昨晩に入れたお手紙の通りなのですが、お読み頂いていますか?」
オロ部長はこくりと頷きます。
それからルッカさんを見て、赤い舌をチロチロと何回も出し入れしています。この魔族を向こうで食べるオヤツになるかなと考えられているのでしょうか。
「ルッカさん、こちらがアンディオロ部長です」
私は理解が追い付かないのか黙ったままのルッカさんに説明して上げました。
「……貴女達、アンビリバボーよ。穴の中へ話し掛けるから変だとは思っていたけど、ここまでとは想像していなかったわ」
でしょ? 私も最初は何を部長に祭り上げているのかと神殿の常識を疑いましたよ。
でも、今は違います! オロ部長はとても部下思いの優しい方なんです。
さて、私たちはオロ部長の穴へ潜ります。先に部長に戻って貰い、上から縄梯子を入れました。
入ってまず感じたのは暗さです。なので、部長に許可を頂いて照明魔法をつかいました。
意外に広いのですが、オロ部長がお体を伸ばすのに必要な面積は確保されているのだから当たり前ですよね。
部屋というか地中の空洞みたいな空間でして、土壁がそのまま見えています。
端っこには黒ずんだ布製の人形が置いてありました。私が不思議に思って見ていると、″幼い時に母から貰った大切な物です″と部長からメモを頂きました。
蛇の形をしたオロ部長ですが、家族から深い愛情を受けていたのですね。手作りぽくて、それを大事にしているオロ部長の気持ちは、もしかしたら望郷の念みたいなものがあるのかもしれませんね。でも、かなり古い物でして、腕とか取れかけです。
アデリーナ様以外の人でアデリーナ様の荷物を地上から穴へ下ろしました。……そう、アデリーナ様以外で!
当人はオロ部長の側で何かをしていました。
さて、荷物も準備万端です。いよいよ出発ですね。
「オロ部長も転移魔法をお使いになられるのですか?」
私の質問にはアデリーナ様がお答えになられました。
「いえ、違いますよ。これをご覧になって下さい」
嬉しそうに言う王家の人の後ろには、オロ部長が真っ直ぐに長い体を横たわらしているのが見えました。そして、胴体の上には二つの大きな荷台が見えます。
「アデリーナさん、ここに乗るの?」
「そうで御座いますよ。とてもスリリングなのです。病み付きになりますよ」
……暴走野郎が病み付きになる乗物ですか? 嫌な予感しかしませんよ。
目を凝らして見ると、オロ部長は車輪付きの板の上にいます。それを太い綱で上の荷台と共に体に縛り付けているのです。
「メリナ、ルッカっ! 荷物を積ませて頂くぞっ!」
これから何が起きるのか、不思議な感じは持っていますが、アシュリンさんに従います。箱の中からハムの匂いがして、私、少し嬉しかったです。早く食べたいです。
それから、アデリーナ様が率先して前の荷台へと乗り込みました。そこは前後二席ずつの四人乗りで座席が取り付けてありました。それぞれの前に棒が横に通してありまして、これを握るのでしょう。
全員が乗り込んだ所で、オロ部長は手で地面を漕ぐように動かしながら、徐々に前へと出ます。
ゆっくり、ゆっくりと前に。細い腕をなされているのに、怪力です。私たち四人の重量なんて無視ですね。
私の出した照明は後方に移っていまして、それでもオロ部長はまだ前進するようです。
ドキドキします。
向かう先にも巣穴が続いているのでしょうか。先が全く見えません。というのも、下り坂になっていて光が届いていないのです。
オロ部長が手で漕ぐ必要がないくらいに速度が速まってきました。
「では、カトリーヌさん、ゴー!!」
アデリーナ様の掛け声でオロ部長は最後に大きく手で地面を漕いで勢いを付けました。
「ヒャッハーー!!!」
物凄い風圧を顔に感じています! 車輪がガラガラ通路を響かせます! 転がり落ちる私たちですっ!
あと例の「ヒャッハーー」の大声です。
「ちょっ、怖い! 怖いですって! アデリーナ様!!」
私は暗闇の中、奇声を発し続けるアデリーナ様に助けを求めます。
「メリナさん、私じゃないわよ。カトリーヌさんに言いなさい。いっけーー!!」
アドバイスに従ってオロ部長にお願いしましたが無反応です。ご配慮頂けないのでしょうか。
「ア、アデリーナさん!?」
「何? ルッカさん? 聞こえないわよ」
「こぉのぉトロッコみたいな状態でぇ!! ラナイ村まで、行くのぉ!?」
「そうよ。ヒャハハハーーー!!!」
マジですか。アデリーナ様の馬車でも一日ちょい掛けた所ですよ……。
ガゴン!! と荷台が大きく揺れましたっ!!
釣られて、私の体も左右に振られて荷台に体をぶつけたのです!
この通路、たまに曲がっているようでオロ部長が手で舵を取って方向を調整しています。そういうカーブを曲がるときに体が強く傾くのです。手摺をしっかり持っていないと振り落とされますよ。
たまに地面とオロ部長の指が擦れて出来た火花も見えました。
最早、顔を下に向けないと息も出来ない事態になっています。オロ部長がへまをすると、回復魔法を掛ける暇もなく、全員ミンチですよ、これ。
上り坂でスピードが落ちることを期待してもオロ部長はそれを許しません。むしろ、腕の力で更に加速するのです……。お腹がキュッとしました。
このままでは死の予感がします。
でも、まだまだ道程は続くのです……。
オロ部長が止まった時には私は放心状態でした。




