竜との想い出
先を歩くアシュリンさんに私は声を掛ける。
「アシュリンさんは、聖竜様を尊敬されていないのですか?」
私の何度目かの質問に彼女は溜め息を吐きながら答える。
何よ、めんどくさいの?
「お前な、しつこいぞ。尊敬しているって、答えているだろ」
いや、でも、もっと具体的に話を聞かせてよ。
「大体な、今、我々はどこにいる?」
暗い通路です。魔法式の松明も貰ったけど、そんなに明るくない。なので、足元に気を付けてます。
アシュリンさんも同じ松明なのに、慣れてるのかな。すいすいと進んでいく。
それにしても、神殿の敷地に地下通路なんかあるんだ。流石に王国内にその名を轟かすスードワット様の神殿ね。
通路の真ん中は水が流れていて、両脇の歩くところの方が狭いから地下水路と言った方がいいのかも。
私の靴底からパカパカ音がして、それが小さく木霊する。アシュリンさんのは、うん、私のとは違う靴だ。革製のブーツかな。いいな。
ここが少し臭うのは仕方ない。人間が余り来そうにない所なんだもん。
香水を付けてきて正解だったんじゃない。
ほら、アシュリンさんも私の良い芳香を少しばかり嗅いでもよくてよ。
「黙って付いてこいよ。もう少し新人らしく怯えて見せろ」
絶対嫌です。
仮に怖くても、それはしません。
「メリナ、逆にお前は聖竜に実際に会ったことはあるのか?」
「ありますよ。あと、聖竜様です」
私の言葉に先を歩いていたアシュリンさんが振り返る。凄い勢いで首を回して。
「あるのかっ!?」
「小さい頃に夢の中で何回も会いました」
「んだよ。紛らわしい」
明らかに残念そうな顔をして、アシュリンさんは元通りに前を向く。歩幅が更に大きくなって、付いていくのが大変になった気がする。
「アシュリンさんは無いのですか?」
「無いな」
「……そうですか」
「声は聞いた事がある」
おぉ。
「疲れていた時だったから、お前と同じく夢だったのかもしれないがな」
「何とおっしゃっていましたか?」
「『手助けが欲しい。神殿に来い』だな」
「とても簡潔ですね」
「あぁ。一回目は無視した。気のせいだと思ったのだ」
なんて事を。
有り難いお言葉を無視するなんて、とても失礼な人ね。
「……二回目が三日後に来た。同じ文句でな」
「それで?」
「軍の上司に体調不良であることを申し出た。幻聴があり、病の兆しかもしれない。作戦に支障の可能性大とな」
ほんとに無礼で無粋ね、アシュリンさん。
「上司に連れられて、この神殿に入れられた」
「……治療のためとアシュリンさんは思われたのでしょ?」
「くく、その通りだっ!」
アシュリンさんが堪えながら笑った。
通路に、最後の『だっ!』が響く。
「それで、今の仕事に就いている。軍は除隊扱いだ」
アシュリンさんは続ける。
「スードワット……様は見たことがない」
ちゃんと様を付けてくれた。
嬉しいよ、アシュリンさん。
「お前はどうなんだ? 夢の中とは言え、聖竜、様とお会いしたのだろう?」
うんうん、そういう巫女っぽい話がしたかったのよ。
場所が暗くて、怪談話の方が合っているのが気になるけどさ。
「いつも数本の灯りがある部屋で、神々しく白い聖竜様が鎮座なさっていました。会話の内容はその日によって異なっていました」
「いつもっ!?」
「はい、小さい頃はほぼ毎日でした。その時に、昔話や魔法などを教わりました」
一番最初は怖かったけど、実は優しくて、白い竜さんって呼んでたな。
『どこから来た?』なんて訊かれていたけど、いつの間にか仲良くなって、背中に乗せて貰ったりして遊んでくれたなぁ。
少し成長して、あれがスードワット様だったなんて気付いてからはお呼ばれしていないけど。
今考えたら、よく聖竜様のお体に馬乗りなんかしたものね。
「本当か。いや、お前は嘘を言う種類の人間ではないな」
アシュリンさんは軽く溜め息を吐いてから続ける。
「……本当に今回は異例尽くしだよ。本物か、気狂いか分からないがな」
あぁ!?
いや違うわ。
なんて事をおっしゃるのかしら。
「私、頑張りますよ。スードワット様のために」
「あぁ、戦闘力には期待している」
そこじゃないでしょ。




