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女獅子

 逃げようとしていた方々もお婆さんの姿を見て、落ち着きを戻されました。

 お婆さんは静かに座っておられるだけなのに、皆さん、お婆さんに対して厚い信頼感をお持ちなのでしょうか。それとも、そういった精神魔法でも有るのでしょうか。


 そろそろと会場のテーブルに戻って行かれます。でも、誰も私と目を合わそうとしません。


 何ともない顔でルッカさんが私の傍に来られまして、アデリーナ様をちらっと見られます。


「かなり出来上がってるじゃない。何なの、ストレスフルな毎日を送り過ぎているんじゃないの」


 アデリーナ様は自由奔放で御座いますよ。何せ王家の人なんですもの。毎日、美味しい物を食べておられます。



「あぁ、ルッカ。いえ、ルッカさん、お会いしたかったのよぉ」


 抱き付こうとしたアデリーナ様の頭をルッカさんが片手で抑えて止めました。




「シャール伯領に列なる皆様、お久しぶりです。ロクサーナ・サラン・シャールで御座います。お若い方をお目にするのは初めてかもしれませんね」


 壇上でお祖母さんが演説を始めました。椅子にちょこんと座ってるのに、更にはカラカラに乾いた様な体でシワシワのお顔なのに、その声には力が有ります。


「私どもサラン家は聖竜様のご威光と共にシャールに封されて、長年が経過しました。色々御座いましたね。近年では、西方バンディールの地を他国から守るに当たって、王都から派遣された無能な武官どもの指揮下にも入りました。その為に多くの犠牲がありました。私は病床の身で御座いましたが、悔しさに涙を流したものです。皆様のご親族にも犠牲者が少なくないかと存じます。しかし、今まで王都の無理難題に応えて来たのは、最後には聖竜様のお助けがあると信じてきた為です。そして、その時が漸く来たのです」



 おばあさんが喋っているのに、アデリーナ様はまだルッカさんに抱き付こうと手足をジタバタされています。もう立派な大人なのに子供みたいです。



「本日、この場に来て頂いた巫女様は正しく、聖竜様の使徒。シャールを醜悪なタブラナルから解放するために聖竜様が遣わせて下さったのです」



 ルッカさんの抵抗を越えてアデリーナ様が遂にハグされました。

 とても嬉しそうです。


「お母様の匂いがしますね」


 アデリーナ様、完全にご乱心です。酔いが醒めた時に赤面ものですよ。お酒様、本当に罪なお方です。


「ちょ、無駄に精神ダメージを喰らったのだけど。私、そんな歳ってゆーか、そんな臭いするの? ショックなんだけど」


 んー、言われてみると、確かにお母さんと似たような匂いもあるような。いえ、それよりもあなたは牢屋に何十年も入っていたのでしょ。お母さんどころかお祖母さんの様な臭いがするのではないでしょうか。


「ルッカさん、若くはないって聞きましたよ」


 私は冷たく指摘します。


「そ、そうだけど。この体は若いでしょ。ピチピチよ」


 そのピチピチという単語も死語ですね。言われるなら兎も角、言ってる人は若くないって感じですよ。




「魔族を恐れる必要はないのです。千年前の偽りの巫女も魔族だったと確かな文書が伝えています。魔族への恐れ、それはタブラナルに座す王を僭称する者の企み。魔族は悪賢く、悪辣で、陰惨。それはその通り。しかし、魔族が味方であれば、どうでしょう。これ程までに心強い味方はいない! 巫女殿が魔族? 良いでしょう! 我らを導く巫女殿を、いえ、導いてきた聖竜様を信じずに何処を目指そうと言うのですか? 従うのみなのです!」



 偽りの巫女さんはアデリーナ様にお話を聞いたことがあります。彼女を処刑した事が聖竜様のお怒りに触れて、神殿の巫女さんが皆、獣人となったのです。1000年くらい前のお話でしたか。



「何でしょう、あの枯れ木のような老婆は? ねぇ、お母様」


 アデリーナ様は相変わらずです。どうもあのお婆さんは皆に尊敬されている人っぽいですよ。皆、直立不動で聴いていますもの。雰囲気に飲まれている人も多いとは思いますけど。


「アデリーナ様、あの人はロクサーナさんです。伯爵様のお祖母さんですよ」


 私は教えてあげました。そうしないと、この酔っ払いがまた失言しそうだからです。


「ギャハハハ、メリナさん、ぶん殴ってきなさいよ! あのクソ煩い奴の背骨をポキッと折ってやりなさい」


 無茶を仰いますね。いくら私でも何もしていない人を殴り付けた事はないですよ。……ないよね……。うん、ニラさんとのお食事の時は例外ですよ。



 お婆さんは強い口調に変えて続けられていました。そして、壇の脇にまだ倒れているヘルマンを指差して言います。


「ここに転がる男は蒙昧なシャールの、また、無様に殴られた赤毛の女は立ち塞がるであろうデュランの未来。皆の者、シャールが掴む栄光を考えろ! 今、立ち上がらぬ者はその残余さえ手にすることを許さない! さぁ、盾を持ち、剣を掲げろ! シャールの歴史に名を刻むのはお前達だ!」


 堂々とされていますねぇ。慣れた感じですが、あの老齢では凄いことですよ。高貴なお方は色々と庶民と違いますね。


 会場から歓声なんかも上がったりしています。




 対して、こちらの高貴な方はまだ混乱中です。


「ギャハハハ、女獅子ロクシーナ。死病に喰われているロクシーナ、早くくたばってしまえばいいのよ。ねぇ、お母様。ギャハハハ」


 ちょ、止めてください。しかも、名前を間違えてますよ。いつものアデリーナ様に、黒薔薇に戻って下さい!

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