アデリーナ様の失言
私は警戒を解かずにコリーさんを見詰め続けます。会場は更に静かとなりました。それでも、徐々に周りからざわざわと小声が聞こえました。
「お、おい。あの赤毛はデュランのコリーだろ?」
「あの紅き玲瓏を一瞬で伸したぞ。我らが巫女は……」
「……貴君、『我らが』とは転身が早いな……」
「この場を凌ぐ方が善かろうて……」
「だが、王都に逆らうのか……」
「この場で死ぬか、シャールの為に死を覚悟するかの決断は、今しか出来んぞ」
「王都には既に昼の謁見式の内容が伝わっておろう。赦される為には、聖衣の巫女の首が必要……だが……」
「王と戦った方がまだ望みがあるというのか」
「貴君ら、私はあの巫女と元王女に従うぞ」
「なっ。な、ならば、我らもだ」
悲鳴はもう上がりませんでした。
お洒落な服を着た男性方が真剣に話されているだけでした。
若い女性の方は隅っこの方で固まられています。……そうですね、このような野蛮な物は見ない方が宜しかったかもしれません。
今からでも、私もその集団に混ぜて頂けるのでしょうか。
コリーさんがゆっくりと立ち上がられました。細剣をベルトから外してから、私に言います。もう戦わないと言う意思表示でしょうか。
「聖衣の巫女メリナよ。このコリー、貴様の暴力と恐れから従わざるを得まい。だが、恐怖で縛ったところで、我らの心は王と供にあることを忘れるでないぞ」
?
いえ、縛ってもないですよ?
キョトンとしている私に、彼女は寄って来てひっそりと言います。
「これで、私とアントン様はあなた方の思うままの駒となりましょう。失敗した場合の保険は掛けさせて頂きましたが、あの王家の方への貸しをこれで払います」
はぁ。
でも、思うがままですか。いいですね!
私はコリーさんにお願いして、牛の肉を取って貰いました。お礼に私もコリーさん所望のお野菜を差し上げるのです。
自分で料理を取れないのを不便だと思っていましたが、意外と良いですね。相手の気持ちを慮ったり、会話の始まりとすることが出来るのです。
しばらく立つと、会場も元の活気を戻しつつあります。男の方々が妙に話し合いと言うか、論争している姿が目に付きます。
コリーさんはアントンの所に戻ってしまいました。アントンの野郎は私と目を合わそうともしません。ムカつきます。
一発殴ってやろうと足を一歩進めたところで、後ろから声を掛けられました。
「あなた、本当にクレイジーよ。私が居なかった間に何が起きたのよ? ほんとクレイジー」
これはルッカさんですね。振り返ると、見事な胸元が見えまくりな赤いドレスを着た、その人が立っていました。
「無事に魔力補充できたと思ったら、これよ。何、あなた? シャールの人を焚き付けて内乱でもする気なの?」
質問が多いです。
ただ、私はルッカさんが現れた事に喜びます。アデリーナ様がお探しな感じだったのを覚えていますよ。
「お久しぶりです。ちょっと待ってて下さいね」
私は給士の方が盆に載せて持ってきたグラスを一つ、ルッカさんに渡してからアデリーナ様の所に走ります。
おぉ、まだ人だかりですよ。それを掻き分けてアデリーナ様に近付きます。
「あぁ、メリナさん。ご機嫌は如何?」
うん? 穏和な感じ。おかしいです。
しかし、私は伝えないといけませんのです。
「ルッカさんが来られましたよ。お会いされたかったのでは無いですか?」
「ギャハハハ、メリナ! 吸血鬼まで召喚したの!? もうやり過ぎぃ!! ギャハハハ」
あっ、酔払いモードでしたか。久々、と言うか、最初に怒られた時以来ですので、忘れておりましたよ。
「吸血鬼……?」
「まさかな……」
おぉ、アデリーナ様の失言で周りがさっきと違った様子でザワザワですよ。このままではルッカさんが退治されてしまいます。
……好都合かもしれません。聖竜様のお側に立つのは私だけで良いのです。
「ま、魔族が出たぞっ!!」
「聖衣の巫女は魔族だ!! 吸血鬼を召喚しているぞっ!!!」
えっ! 私もですか?
逃げ惑う人々。扉へ殺到しているので出れはしないのですが、それが却って混乱に拍車を掛けます。
そんな中、佇んでいるコリーさんと目が合いました。アントンもゆっくりとグラスに口を遣っています。この二人は喧騒と別でした。
雛壇を見ると、まだ倒れているヘルマンの側にエルバ部長が見えました。お父さん思いですね。反抗期なのに感心ですよ。
しかし、さて、どうしたものか。
誤解を解かないといけませんですよ、これ。私に被害が及ぶとは思っていませんでした。よくもやってくれましたね、アデリーナ。
「ギャハハハ、メリナも魔族だって! じゃあ、私も魔族ぅ!!」
マジですか。酔っ払いは良くないですよ。
「フロンも魔族だったしぃ! 巫女長も魔族だったりしてぇ!」
錯乱状態ですねぇ。どれだけ酒を煽ったのですか、メリナは悲しいですよ。
でも、そんなアデリーナ様をご覧になった淑女紳士の皆様は大騒ぎです。
そんな時に壇上から大きく制止する声がしたのです。
「皆様、お静かに!! ロクサーナ様が登壇されます!!」
その一喝は伯爵様のお祖母さんに付いていた男性から放たれたものでした。体の細さに似つかない、会場全体を震わせるような大声でした。
壇の中央には椅子が用意されてお祖母さんが座られていました。




