ちょっと強めな人 VS メリナ
エルバ部長は私たちを止めていました。あんなに仲が良さそうだったし、口は悪いけど身を案じるなんて、この男の人はエルバ部長のお父さんなのでしょうか。
「大丈夫です。エルバ部長、あなたの大切な方を殺しはしませんよ」
顔を真っ赤にして怒鳴られました。そういうのではないと言うのです。
ちょっと早い反抗期でしょうかね。急激にお父さんが不潔に思い始める時期ってありますよね。私もそうです。
でも、素直な気持ちを見せてあげると、お父さんは凄く喜ぶと思いますよ。
あと、すみません。殺すつもりはないのですが、死なしても良いくらいの気持ちで殴りますからね。
ぼっこぼこにしてやりますから。それだけは許して下さい。
私とヘルマンとかいう男が目立つ壇上で対峙すると、夜会の騒ぎが徐々に静かになっていきます。
なので、観衆が何か言っていることも耳に届く様になりました。
「おい。あれ、ヘルマンじゃないか?」
「おぉ、ヘルマンが立ったか。あの妖しげな女を退治してくれるのか」
「ちょっ、顔の傷が消えてない? 渋さが抜けたけど、あれはあれで良いかも。あの生意気な娘を切ってくれるのかしら」
なるほど、私、受け入れられてなかったのですか。
伯爵の祖母とかいう人だけ、手を振ってくれました。
うん、ありがとうございます。
さて、殺りましょう。いや、殺る気でやりましょう。エルバ部長のお父さんですからね。流石に私も殺したら気が引けますよ。
「素手で良いのですか? 私を殺す気なら、剣でも持って下さい」
まずは仕掛けです。
「ハン! 舐めるなよ、小娘が」
ヘルマンは素手で私と戦う素振りを見せましたが、壇下から誰かが剣を鞘ごと投げて寄越しました。
ゴトリとヘルマンの横に落ちます。
「どうぞ拾って下さい。完膚無きまでに倒して見せますから」
「その自信はどこから来るのか、不思議だな、巫女さんよぉ!」
拾いなさいって。
私、感じてます。あなたはお強いですが、私には及ばない。
だって、バカそうなんだもん。アシュリンみたいな狡猾さも無さそうです。ってか、アシュリン、本当にどこに行ってるのかしら。
私は拳を構えずにヘルマンの目を睨みます。それから、ゆっくりと剣の方へ視線を遣ります。
挑発です。さっさっと拾えバカって伝わりましたかね。
「……遠慮なくって事か。ならば、後悔す――」
床に落ちた剣を拾いに、巨体を屈めました。
はい! よく出来ましたっ! 私は早くご飯の会に戻らないといけないのです!!
ちょうど良い位置まで下りた延髄に私は回し蹴り。
あら、重い。まだ踏ん張っておられるのですね。剣を抜く暇がないと判断して、そこから鞘ごと私に叩き付けるのでしょ?
甘いです。
その体勢からだと狙えるのは足払いだけ。足ごとき切断されたとしても死にませんよ、バカです。
読み通り、私は薙ぎ払いを軸足に受けて宙に浮く。脛が折れたかな。
覚悟していたので痛みは我慢できます。それに、これも狙いなのです。
重心を相手側に傾けて、更に当たる直前に足を跳ねています。
結果、剣の勢いで加速しながら相手に向かう形になっております。少し私の体勢が崩れていますがどうにかなるでしょう。
剣の回転と合わせて、こちらを見遣る様に動く奴の顔に殴るため、私は腕を伸ばします。
女の殴打など耐えきれると踏んだのでしょうか、避ける素振りも見せなかったので、指を突き出して目に刺しました。
見事に深々と入ります。更に、私は指先を軽く鉤にして、眼球を引っこ抜きました。
会場から悲鳴が上がりましたが、ヘルマンはうめき声も出しませんでした。
それどころか、強気の発言をします。
「やるじゃないか。だが、俺は長年片目だったんだ。むしろ調子が上がるぜ」
私が飛び込んだ事もあって、私たちは密着しています。そんな中で喋られたものですから、ヘルマンのお口が臭い事がはっきり分かりました。
とても不愉快だったので、間髪入れずにもう1個の目も潰しました。
回復魔法で私の足を治した後も、一方的でして、最初に胸を蹴って踞るヘルマンを浮かせた後、空中で顎や股間、脇腹などに連撃を放ってやります。もちろん、全て床へ落とさないように下から突き上げです。
ボッコボッコ音がして、若干楽しいです。
最後に側頭部を殴り飛ばしまして、激しく落下した時にはヘルマンは動かなくなっていました。意識を無事刈り取れたようです。
普段は金属鎧とかを装備されている方なんでしょうね。鈍重な感じの戦闘スタイルでした。
決着が着いたところで、私は壇下に戻ろうとしましたが、思い出しましたよ。
あの男はエルバ部長の親族っぽいのです。
エルバ部長に「マジヤベぇよ、狂犬メリナは伊達じゃないな」って感じで責められる所でした。
……死んではないですよねぇ。死んではダメですよ。慌てて、回復魔法を唱えて上げるのです。どうか助かってください!
まだ意識は戻らないでしょうが、両目は再び見えるようになると思います。愛娘のエルバ部長に感謝なさって下さい。あと、後付けかもしれませんが、聖竜様の偉大さと慈悲を感じ取って頂けると幸いです。
では、お食事と行きましょう。
静まり返った雰囲気の中、私が壇を下りようとすると、赤毛の人がこっちに向かっているのが見えました。コリーさんです。
「聖衣の巫女メリナ。王への反逆の意思を確認しました。アントン様までも王に疑われる状況ですので、申し訳ないですが、死んで下さい」
……私、早く、あの大きな牛を食べたいのですが……。
コリーさんが例の細剣を抜こうとしたので、私は全力で寄せて、一発ぶん殴りました。
あの剣は面倒ですので。牢屋の戦いで苦戦したのを忘れておりませんよ。
コリーさん、大きく床を転がって、並び置かれていたテーブルの脚に頭をぶつけられました。
違和感有りです。コリーさんがこんなに弱っちい訳がないのです。




