シャールの未来
さて、私は雛壇から降ります。
途中でアデリーナ様と目が合いましたので、私、微笑みで返しました。向こうは目で殺すのかというくらいの雰囲気でしたが。
お一人がお好きだったのでしょうか。大変申し訳ない事をしたのかもしれません。
が、お友達が出来るといいですね。
アデリーナ様を囲む感じで人だかりが出来ております。
私にはしないといけない事があります。
食事ですっ! しかし、その前にサッサッと終わらすべき仕事も覚えていますよ。私は出来る女ですから。
会場は広くて、壇上から見渡しても奥の方までは人の顔がよく分かりませんでした。
が、大体偉い人は前の方にいるものです。
で、何だかんだ言っても年功序列ですよ、世の中は。若い時は実力主義だなんて主張していた人も、自分が歳を食えば経験不足だなんて言い出して地位を離さないものなんだって、お父さんが言ってました。
実力もないお父さんが言うのが滑稽でしたが、それはそれで真実なんでしょう。
私は最前列壁際にいた、ご老婦に声を掛けます。基本立食の会場なのに、その人だけ椅子が用意されているので、特別な方なのでしょう。脇には正装の男性召使いさんが立たれています。
「初めまして、メリナで御座います。この度はお忙しい中、私めの謁見式にお越し頂き、ありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します」
シェラ、ありがとう。確か、こんな感じで挨拶するんでしたよね。
ご老婦はとても皺深いお顔と手をされています。もう百年近く生きているのではという印象ですよ。
「どうもありがとうね。ロクサーナ・サラン・シャールで御座います」
意外にしっかりした声で返されました。
「現伯爵の祖母になります」
おぉ、当たりましたよ! 私の目に間違いはありませんでした!!
「ネイト、巫女さんにお料理を」
ロクサーナさんが言うと、近くの食卓から料理を召使いさんが取り分けに行ってくれました。では、私もお礼ですよね。
分厚い豚肉のステーキと、ハムと、小鳥の丸焼き。私が食べたい物を小皿に載せて、お婆さんに渡します。
私が貰ったのもお肉三昧です。とても嬉しいです。早速フォークで刺して頂きます。
「この歳でも肉を食べて元気を出せという、巫女さんのメッセージね。ありがとう」
そういうのはよく分かりません。
「今日はね、朝から驚くことばかりなのよ」
……うん。それって、私が塔を潰した件でしょうか。唾を飲み込ます。
「白い光に囲まれたと思ったら、腰がしゃんとしてましてね。歩けるようになったのよ」
そうですか! 聖竜様とガランガドーさんと私のお陰ですね! あの魔法、やっぱり使って良かったです。
お肉を頬張ります。
「お昼の謁見式も、孫があなたに頭を下げる姿を見れて良かったわ」
……眠っていたのでよく分からないですね……。ごめんなさい。
「私がいくら諌めても、お若い娘さんを侍らせてばかりだったのよ。飽きればポイだし」
クズ野郎ですね。いえ、伯爵様だからクズ野郎様ですよ。あっ、でもシェラのお父さんだ。
「少しは反省してくれると良いのだけどね。……だから、あなたが私の住まいを潰した事は不問にしてあげる」
最後、目が鋭くなったのですけど……。すっごい優しそうな口調だったのに、やっぱり怒っておられます?
話題を変えます。
「シェラさんとは、いつも仲良くさせて頂いております。神殿の寮で一緒なのですよ」
「えぇ、その匂いはあの娘の香りだわね」
おぉ、そんな判断も香水でするのですか。何か、ほんとに上流階級の仲間入りみたいです。
「巫女さん、すみませんね。私のお友達は、皆、もう亡くなっているの。ご紹介できないから、別の方の所へお行きなさい」
それを受けて、私は別の場所へ行こうとします。もちろん、お肉の小皿は忘れませんよ。
「……巫女さん、シャールは託しましたよ」
?
何の事でしょうか。
私はその後、色んな方に囲まれに行きました。行く先々でお肉を頂きます。
お酒も薦められますが、シェラの言い付け通り、水を泣く泣く選択しました。
同年令くらいの貴族の娘さんの塊にも向かいましたよ。聖衣の香りを匂われた方もいらっしゃいまして、私の体にも鼻を近付けて「まあ、聖衣と同じ様な感じね」って言われました。とても嬉しかったし、周りの方も微笑まれていたのですが、「すみません、今日はシェラさんの香水を付けておりますので」と言ったら、気まずそうに去られてしまいました。
また、お肉を食べたくて、熊の前で私に小分けしてくれる人を掴まえようとしていたら、給士の方が躓かれて、私の顔に水が掛かりました。
妙齢の淑女の方が寄って来られまして、「お化粧を直しますか」と聞かれ、その方のお道具でマリールの粉を付けてもらいました。スベスベ感に驚かれていました。
これには、私、心の奥でガッツポーズですよ。やはり、マリールは凄い実力を持っているのです!
アデリーナ様はひたすら集まってきた男の人のお相手をされているようです。
なのに、会話の合間にお酒を煽っている姿も見えました。良い友達はまだ出来ていなくて自棄酒でしょうか。心配です。
エルバ部長がジュースを貰っているのが見えました。声を掛けます。
「おぉ……メリナかよ……。元気か? いや、元気だよな……」
すっごいモヤモヤした言いっぷりです。今日の私は服装がいつもより魅力的なので、ビックリされているのでしょうか。
「はい。エルバ部長は少し疲れています?」
「おまっ! あれだけ仕出かしてだな! あっ。いや……」
……塔の件でしょうか。
私が少し焦ったところで、エルバ部長の後ろからぐいっと影が出てきました。
檀上からも見えた巨体の男性です。
「おい、お前が伯爵様の塔を破壊したんだってな。ちょいと面貸せよ」
攻撃的です。
「ヘルマン、こいつは本物のマジヤバだぞ。力を試さなくても私が保証する」
「エルバ、俺は自分の目しか信用しないんだわ。悪いな。状況が状況だ。中途半端な奴なら、今、殺した方が良い」
一気に殺気を当てられました。
「ま、待てよ、ヘルマン」
「待てねーよ。王都に楯突いたんだ。そいつと王家のはみ出し者の首を差し出して命乞いか、旗印にするかの瀬戸際なんだぜ」
「ヘルマン、落ち着け。ア、アデリーナがこんな軽率な真似をするとは思えないぞ、マジで」
「知るかよ。王都の連中は攻めてくる。それだけだ。聖竜の首も差し出したいくらいだぜ」
ほう。言うではないですか。
聖竜様の首を落とそうとは不逞野郎です。
落ちても死なない方ですが、その様な考えを持つこと自体が不敬です。
聖竜様の偉大さを私が代わりになって、あなたの骨身に刻み知らせて上げましょう。
「エルバ部長、そいつ、半殺しで良いですか?」
エルバ部長の代わりに巨体のヤツが答えます。
「ふん、多少の回復魔法が使えた所で俺には勝てないぜ」
「ヘルマン、お前、多少って……」
エルバ部長がぶつくさ言っていますが、私は無視です。
「笑止ですね。血反吐を吐かせて、這いつくばらせてやります」
「王家のいざこざにシャールが巻き込まれるなんざ勘弁だぜ。分かってんのか、巫女さんよぉ?」
私たちは会場で最も目立つ壇上に立ちました。衆目の中で決着を付けてやるとなったのです。




