ご挨拶です
熟睡から覚めると、赤いマントを来た人が私の前で平伏していました。
「――それでは、シャール伯爵よ。代々、聖竜様の忠実な僕であった余慶を鑑み、聖衣の巫女への危害を謀ったことを免じようぞ。また、聖衣の巫女を敬うと誓った改心を信じ、その陽報となる事を期して、清浄なるシャールの地を変わらず守護する事を赦し賜う」
アデリーナ様が何かを言っておりますが、私にはなんの事やら。シャール伯爵はどこにいらっしゃるのか。目も頭もまだぼんやりですよ。
でも、アデリーナ様、無事に取り仕切って下さったのですね。
赤いマントの人は顔を上げないまま、出ていかれました。
あっ、エルバ部長を発見しました!
私はウインクします。
ビクッとされました。相変わらずのお子様ですね。
さぁ、後はのんびりした後に夜会で御座いますよっ!
美味しいものをいっぱい頂くのですっ!
すっごく丁寧に控え室に案内されました。来た時とは別室で、ベッドとか机とか有ります。入り口近くにはお城のメイドさんが立っておられます。召使いさんでなく、メイドさんです。だって、可愛らしいふりふりの服を着ていらっしゃるんですもの。
私はたくさんある棚を開いては閉めてをしていました。
「何をされているのですか?」
少しだけ疲れた感じのアデリーナ様が椅子に座ったまま、私に尋ねられました。
「いえ、何か食べる物がないかなと」
「あるわけ無いでしょうに」
いえ、アデリーナ様の部屋の様に美味しくて甘いパンが秘蔵されているかもしれません。私はそう考えたのです。
「ったく。ちょっとすみません、甘い物でも持ってきて頂けますか?」
メイドさんがお辞儀した後に部屋を出ていかれます。
扉が閉まって気配がなくなったのを確認してからアデリーナ様が仰います。
「メリナさんはお悩みされないのですね」
「いえ、どうやったら竜になれるのか、夜な夜な考えております」
「えぇ、その夢が叶い、聖竜様のお傍から離れず永遠にメリナさんがあの場所で過ごされる日が来るのを心の底から願っております」
えっ! そんな!?
そこまで、私の事を思って頂けていたのですかっ!?
すみません、何回も心の中でアデリーナ様を殺そうと思った事を申し訳なく感じておりますっ!
「はぁ。やっちゃったなぁ」
アデリーナ様は椅子の背凭れに体を預けられました。疲れをお見せとは、ちょっと珍しい光景です。
どうしたのですか、黒薔薇様?
「アデリーナ様、溜め息なんて意味ないですよ。何か問題があるなら、破壊してしまえば良いのです」
「……作った本人に言われるとビックリしますね」
私のせいで御座いますか……。
「私とアデリーナ様の仲ではないですか。お困りなら、是非私を頼って下さい」
「この私があなたを?」
続けて軽く鼻で笑うのかと思いましたが、違いました。
「そうで御座いますね。……その時が来たら、ご協力お願い致します。ちょっと眠らせてもらって良いかしら」
「はい! ご安心してお任せ下さいっ! アデリーナ様の安眠を妨げる者は全て粉砕しますっ!」
「小石の様に、ね?」
「粉々です!」
私と聖竜様の仲を祈ってくれたのです。それくらい易いものですよ。
アデリーナ様はドレスを脱いでベッドに入ると、すぐに、すぴすぴ寝息を立てられました。
そんなアデリーナ様の様子をたまに見ながら、私はメイドさんが持ってきてくれた、平べったくて甘い、小さな焼きパンを頂きます。
そして、いよいよ、本日のメインイベントである夜会に呼ばれました!
私、メイドさんにマリールからの化粧品とシェラからの香水を付けて貰いました。準備万端で御座いますよ。
場所は城の奥の方にある建物でした。これも大きな石造りで、二筋の湾曲した広い階段を昇った先から中に入るのです。
荘厳ですね。ここから、私の素敵なレディー伝説が始まるのかと思うと、鼓動が激しくなります。
アデリーナ様は既に先に入られています。
そして、良い時間となったのでしょう。私はシェラと練習した様に中へと案内されました。
私が一歩入ると、皆の注目と共に、大きな拍手を全員から頂きます!
うわっ、すっごい気持ち良いです。
手を振りまくりたいのを我慢して、静かに会釈を何回かします。
それから、歩幅を調整しながら壇上を目指すのです。
ひゃー、美味しそうなお料理が一杯ですよ。一番欲しいのはアレですね、私の背丈の二倍はある肉の塊。牛かな。あれを切ってもらって、好みの焼き加減で頂くのでしょう。
あぁ、熊もあるよ。アレ、結構美味しいのよねぇ。味付けは何かなぁ。
涎が止まりませんよ。早く食べさせなさい!
私が壇の上から眺めていると、司会の方の話が終わりました。
……しまった! シェラから今の間に一番偉い人を見つけておくんだと教えて貰っていたのです。
シェラは伯爵様の居所とは言いませんでした。つまり、伯爵様以外で一番偉い人を見つけないといけないのです。
私は会場を舐める様に見渡します。それに合わせて、会場を沈黙が支配します。誰も動きません。
好都合です。じっくり見定めなさいという思し召しでしょうか。
視線が合うと反らされるのが少し気になります。
「せ、聖衣の巫女様。ご挨拶をお願い致します」
ん?
あっ! そうでした!
ごほん。
「皆様、この度はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございました。こういった場に慣れておりませんので、手短に失礼致します」
おっ、エルバ部長が来てるよ。隣のでっかい男の人と楽しそうに話しているなぁ。
「本日は伯爵様との謁見という大変な名誉を賜り、一介の村娘に過ぎない私には身に余る思い出となりました。改めまして、伯爵様に感謝の意を申し上げます」
完璧です。私は天才ですよ。
「また、今日のために急ピッチでご準備頂きました関係者の方々にも同じく感謝の意を伝えたいと思います」
おぉ、コリーさんも見えました! 赤毛だからすぐに分かりましたよ! こっち向いて下さいよ!
あっ、アントンもいるのかよ。帰れよ。牢屋でも見張っておけよ。
「このメリナ、正拳突きには自信があります」
ここで、足を踏み込んでバシッと拳を振るいます。でも、軽くです。
「しかし、もちろん、この拳は皆様には届きません。腕力には限界があるのです」
私はシェラが言っていた掴みをしたのです。インパクトには欠けますかね。
やはり、シェラの豊かな胸は反則ですよ。
「しかしながら、聖竜様の教えは違います。皆様の心に届き、そして、沁みて生きる糧となるのです」
あとは適当に締めて行くだけですよね。早くご飯です。
あっ、アデリーナ様だ。この華やかな席で壁際に一人ですか……。
…………。
よし、予定変更です。
この後は「平和を愛する気持ちは暴力に勝つのです」的な、当たり障りの無さそうな言葉を吐いてお茶を濁そうと思っていましたが、変えましょう。
アデリーナ様、私に感謝して宜しいのですよ。
「あー、突然ですが、ここで、メリナより皆さんにお願いです。そこの壁際にいる青い服を着た金髪の女の人、黒、じゃないや、白薔薇こと、アデリーナ・タブ何とかさんは友達がいません。みんな、仲良くしてあげて下さい。普段は怖いですが、寝顔は可愛いです。あと、パンツが、すんごいです。私、さっき見ました」
ふふふ、アデリーナ様、とても驚いていらっしゃいますね。あと、あなた様の名字、何でしたっけ。




