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メリナ、入場

 私とアデリーナ様は案内役の人に謁見の間まで連れていって貰いました。初老のかっちりした服装の男性の方です。



 目的の場所に行くには一度外に出る必要があった様でして、植木や花がいっぱいの中庭みたいな所を移動しました。


 ただ、優雅な雰囲気をぶち壊す物がありまして、崩落した塔です。

 半分だけの巨大なそれが地面に斜めになって刺さっていました。戦場にでもなったのかという光景ですね……。


 塔は逆さまにはなっておらず、折れて傾いた後にそのままの向きで落ちたのでしょう。


 あっ、下にあった建物をぐちゃぐちゃにして貫通しています……。


 誰も死ななくて良かったです。死んでるかもしれないけど、死んでないと信じていますよ。




 でも、私は案内役の人に尋ねました。少しだけ、うん、ほんの少しだけ、気が晴れないからです。いえ、本当はかなり不安です。


「怪我人の方……っていらっしゃいますよねぇ?」


「巫女様は気になさらず、我々で介抱しておりますので」


 いるのですか……。そりゃ、いますよね……。


「わざとじゃなかったのです。申し訳ありませんでした」


 本当にすみませんね。でも、本質的には私たちを墓場に拐った人が悪いのですよ。そこは、ちゃんと認識して頂いているでしょうか。

 ……私、大悪人と思われていないか不安で御座いますよ。もうバレてるんですよね。



 あっ、そうです! 

 回復魔法で挽回です。それも、とびっきりの。

 名案ですよ。だから、これでご勘弁して下さい。


 すぐに私は行動に出ます。


『聖竜様、それからガランガドーさん、お力をお貸し下さい。このシャールのお城全域の怪我人、それから病人の方の治療をしたいのです。宜しくお願い致します』


 聖竜様が私の精霊なのかは些か確かさに欠けるのですが、可能性としては有りますからね。もしも本当にそうなら、ガランガドーさんにだけお願いするのは大変な失礼になるかもしれません。



 地面が白く輝きました。成功ですよね。

 視野全体が真っ白になる、そんな感じで御座いますよ。



 周りから悲鳴が聞こえたりもします。建物から慌てて出てきた人もいます。


 驚かせてしまい、またもやですが、申し訳ありません。

 でも、私、怪我人だけでなく病人まで治したのですよ、きっと。だから、許して下さい。



「……メリナさん、何かなさいました?」


 アデリーナ様がすんごい冷たい目で見てきました。


「はい。回復魔法を城全体に掛けました。これでチャラですよね」


「全く……。チャラって本気で思ってらっしゃるの? それに、広域にすると効果が薄まるでしょうに」


 いいえ、こういうのは気持ちの問題なんですよ。自分が引け目を感じるかどうかなんです。だから、自己満足で良いのです! と、自分自身に言い聞かせます。



「すみません、怪我をされた方の症状が良くなっているか、見て来て頂けませんか?」


 アデリーナ様は腰を抜かして倒れていた案内役の人にお願いされました。

 驚きの表情のままで固まっておられましたが、アデリーナ様のお言葉に直ぐ様に反応され、どこかに走って行かれました。




「か、完全に、完全に治っておりました……」


 汗をダラダラ流しながら案内役の人は報告します。急いで調べて貰ったのですね。顔色も悪いです。


「そうですか。このメリナ、お役に立てて嬉しいです。大変な出来事でしたものね」


 私が傷付けた訳ではないのよ、と少々のアピールというか、そんな印象も持って頂ける様に言いました。二度目の牢屋は嫌ですからね。



「せ、切断された腕が、……う、腕が肩から生えてきたと……報告を受けました……」


 案内役の方は声まで震えていますが、当然です。そのつもりで魔法を唱えたのですよ。


「加えて、私の水虫のひどい痒みも止まっております……」


 あなたの足の情報は全く要りませんでしたよ。今すぐ元通りにしたいくらいです。



「これが……メリナさんの遠慮の無い本気で御座いますか……」


 実は奥の手として、ガランガドーさんに私の体を操ってもらって魔法詠唱するという手段もあるのですが、時間がありませんので、私は説明するつもりは有りません。


 聖竜様を傷付けるくらいの攻撃魔法を唱えることが出来たのですから、回復魔法も凄い事になりそうだとは思っています。



 さて、私はアデリーナ様の問いに肯定します。


「そうです。ただ、だいぶ魔力を消費したようで眠いです」


「その程度で済むっていうのがもう異常ですね。これだけの大魔法、普通なら使えないし、良くても昏倒で御座いますよ」



 戻って来てから妙に緊張し始めている案内役さんに従って、でっかい白い建物の中に入りました。廊下の床なんかも鏡の様につるつるで、私は敷かれた絨毯の上からはみ出ないように歩くのです。パンツが床に写らないようにですよ。


 そして、私たちはいよいよ謁見の間に到着しました。



 さて、大きな扉は閉じられているというのに、向こうはガヤガヤ騒がしいです。既に招待客が多く集まっているのでしょう。


 皆さん、近くで塔が落ちて来るという大惨事があったばかりだというのに逞しい限りで御座います。

 私も気にする必要は無いのかもしれませんね。良かったです。



 しかし、新たな問題が発生しています。

 非常に強い眠気を感じております。アデリーナ様の言う通りで、魔力を消費し過ぎた様でした。

 これでは伯爵様の有り難いお言葉を全て夢の世界で聞くことになりそうです。



 とりあえずは早く椅子に座らないと倒れてしまいますよ。

 それが、案内役の方に扉を開けて貰って真っ先に思った事です。


 おっと、中にいた人の視線が私に集まって来ます。伯爵様っぽい、偉そうな方は見えませんね。

 さて、アデリーナ様の言う通りに、真っ直ぐ椅子に一直線に行きましょう。眠いのです。




「あら、椅子は?」


 アデリーナ様が案内役の方に小声で訊きました。


「……ご用意は不要とお聞きしておりましたが」


「いいえ、伝達しています。あなた方は聖竜様と親しい、この巫女様に跪かせるおつもりだったのですか? あなた自身も実感しているでしょう、偉大なる聖衣の巫女を」


 アデリーナ様の文句は案内役の方に十分届いた様でして、鋭い反応がありました。


「はっ! すぐに用意致します!! お待ちください!」



 そんな会話を耳にしながら、私は既に前進していました。


 椅子なら有りますっ! 真っ直ぐ先に!



 私は一番奥にあった椅子に座りました。

 ふぅ、睡魔に倒される事は避けられましたよ。

 重い瞼を懸命に開けて耐えています。




 アデリーナ様も私の方へゆったりと優雅に寄ってくるのが見えました。で、私の斜め横後ろに来て、入って来た扉の方へ振り向かれます。


 見えはしませんが、恐らくは背筋をピンと伸ばして威厳を出されている事でしょう。

 そんな彼女は小声で私にだけ聞こえるように囁きました。



「メリナさん、そこ、伯爵の椅子。どうするの、これ?」


 一気に目が覚めましたね。

 見ている方々が再びガヤガヤしだしたのはそういう事だったのですか!?

 入ってきた扉が見えるの、何かおかしいなって思っていましたよ!


「アデリーナ様、何とかお願いします」


「……無理ですよ。どの顔して戻ればいいのよ。このまま続行するしか無いでしょ」


 大丈夫でしょうか。いえ、王家の方ですからお任せしますよ。




 扉の先に案内役の方が木製の椅子を持って戻って来たのが見えましたが、もはや遅いです。

 私は立派過ぎる王座みたいな椅子に深々と腰を据えております。


 私と目が合った瞬間に、椅子をガタンと落とされたのが気の毒です。



「……アデリーナ様は何故、私に付き添ったのですか?」


「あなたが堂々と座るからでしょ! 絶対にそういう演出だと思わせないと、神殿も私も恥を掻くじゃない!」


 青筋立ててます? 小さい声なのにお怒りが伝わってきましたよ。


「すみません。あと、やっぱり眠いです。お休みなさい」


「……ちょっ、メリナさん、私一人でこの先を乗り切れって言うので御座いますか!?」


 大丈夫です。

 今、私の瞼が下がらないようになる魔法を唱えましたから。目は開いたままになりますよ。それでは、後は宜しくお願い致します。

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