城に入る
塔が折れて、いえ、溶けて落下して土煙が上がるのが見えました。
「メリナさん、どう致します?」
さっきの悲鳴とは打って変わって、アデリーナ様が穏和に尋ねて来られました。
色々と諦められたのでしょうか。
「……怪我人、出てますかね?」
「死人さえ出ているのではと思うので御座います。そして、あの塔は伯のご家族がお住まいの所で御座いますよ」
「そうですか。生きておられたら良いですね、伯爵様」
もう他人事作戦しかありませんよ。
「えぇ、きっと生きておられますよね。少しびっくりしましたよ、私」
アデリーナ様も私と同じ作戦ですね。
了解です。
私たちは、伯爵の城の耐久性が弱すぎるんじゃないかとか語りながら、人が来るのを待ちました。
現れたのは、まず騎兵でした。小高くなった墓場の入り口近くの境界に数騎が見えました。
「先手必勝ですよね?」
私は確認しました。
「メリナさん、既に先手を放ったことをお忘れですか? 大丈夫です。あれは状況確認の魔法騎兵です。私たちを観察しているだけで御座いますから、こちらも様子を伺いましょう」
しばらく待つと、後続も来ました。フル装備の軍隊です。
見えるだけでも300人くらいはいそうでして、中隊規模でしょうか。
で、弓兵が明らかに私たちに照準を合わせております。
「弓が放たれるなら、迎え撃つわよ。覚悟を決めなさい」
アデリーナ様が凄く冷たい声で囁かれました。
ならば、最初から行くべきでしたよ。殺気を当てられて、私はウズウズしているのです。
「無論です。まだ余力あります。もう一撃、先程の炎を出せます」
「宜しい」
一人の将校らしい人が馬に乗って、前に出て来ました。
そして、私たちに詰問します。
「何者だ! 貴様らがシャール伯爵閣下の宮殿を攻撃したのであるか!?」
微妙な質問です。
私たちが若い女性であるから、舐めているのでしょうか?
「はい」という答えを期待しているのであれば、問答をしないで矢や魔法を射るべきです。「いいえ」なら、そもそも、そんな質問をすべきではないのですよ。
つまり、こいつは無能。良かったです。
こいつが指揮官なら殲滅できそうですね。
「殺りますか?」
「待ちなさい。穏便に行けるかも」
アデリーナ様が一歩前に進まれました。
「ごきげんよう、クルド殿。アデリーナです」
「なっ、これは失礼!」
将校さんは慌てて馬を降りました。
大丈夫そうですね。戦闘にはならないと思います。
アデリーナ様は更に声を大きくして言います。これは兵に向けてでしょう。
「こちらに御座すのは、聖衣の巫女、ノノン村のメリナ様であられるぞっ!! 武具を下ろせ、兵達よ! さもなくば、貴君らも聖竜スードワット様のお怒りを受ける事になろうぞ!」
おぉ、凛々しい感じですよ。さすが王家の方です。兵隊さんへの命令の仕方も様になってますね。
ザワザワと一瞬しましたが、指揮官が既に馬を降りていますので、あっさりと武装解除されました。
アデリーナ様が指揮官の人に事情を話されました。神殿からお城に向かって迎えの馬車に乗ったはずなのに、墓場に案内され、しかも、何者かに襲われたと。
生き埋めにした黒いローブの人を引き渡しました。この人、本当に私たちを襲ったのでしょうか。ただ単に木の上で休まれていただけなら、本当に申し訳ありません。
馬車に新しく馬が付けられまして、私たちはお城に入りました。御者はアデリーナ様で、勿論の事ながらと言って良いのでしょうか、人がいない場所では爆走でした。
城中は人々が慌ただしく出入りしており、大混乱の様相でしたが、私たちは控え室に通されました。お茶も頂いております。
私に並んで長椅子にお座りのアデリーナ様の靴を、お城の召使いの方が丹念に拭き拭きしておられる状況です。
とてもお美しい召使いさんなのですが、そんな人をアデリーナ様は傅かせております。靴を履いたままなので、身を屈めた彼女を見下ろしておられました。
堂々としたそのアデリーナ様の態度は、性格の悪さがこれでもかというくらいに溢れ出ております。
ドアがノックされて偉そうな太った人が入ってきました。恭しく礼をされます。アデリーナ様だけでなく、私にも。
お城を破壊したことは不問として頂けるのでしょうか。
「聖衣の巫女様、お怒りはご尤もで御座いました。この度のご誘導の手違い、シャール一丸となって調査を行いますのでご容赦を承りたく存じます」
私はアデリーナ様をちらっと見ます。無視で御座いました。興味もないって顔で靴磨きの人の背を見ておられます。
なので、私が答えるしかありません。口ぶりからすると、先程の火炎魔法は私の放ったものとバレているのですよね……。
「こちらこそ、街域で魔法を使ってしまい申し訳ありませんでした」
お城の塔を、伯爵様のご家族がお住まいの場所をぽっきり折った事は触れません。だって、怖いんだもの。
「め、滅相も御座いません。幸い死者は出ませんでした。これも聖竜様のご加護なのでしょう」
おっ、問われる罪が少し軽くなりましたか!
「そうです。聖竜様のご加護です」
ごめんなさい、聖竜様。私をお救い下さい。
「謁見はどう致しましょうか。こちらとしては、日を改めた上で形式を変更したものでご対応させて頂いても宜しいのですが」
「巫女様も忙しいのですよ。今日のままにして頂けませんか?」
アデリーナ様が視線を動かさずに、召使いさんの背を見詰めたまま、仰いました。太った人は少し震えながら退出して行きました。召使いの方も遅れて出ていきます。
二人きりになった部屋でアデリーナ様が笑います。
「伯爵も対処に困っているでしょうねぇ。謁見に呼んだ人間から、いきなり極大魔法を自分の城へ撃ち込まれたのですから」
「少しだけ手元がずれたんです」
「えぇ、そういう事で良いのですよ。巫女長様の意図とは少し違うでしょうが、伯爵も神殿の意向に従わざるを得ないでしょう」
偉い人同士で何か交渉中なのでしょうかね。
「アデリーナ様、今から謁見なのですが、本当に座っているだけで良いのですか?」
「えぇ、椅子に座っているだけですよ」
信じますよ、アデリーナ様。
私は目の前に置かれていたお茶を飲みます。
「あら? 毒は大丈夫ですか?」
「もう魔法を使いまくってますから気にしないです。毒であっても解毒魔法を使います」
「本当に便利な方ね。メリナさんが入られた牢の見張り番の方が仰ってましたよ。身が腐る程の強烈な毒を無詠唱で無効化されたらしいですね」
あぁ、そんなの有りましたね。
うっすいスープを投げ掛けたら、体が緑に変色したのです。びっくりしました。
「私ね、その毒もメリナさんが魔法を使われたと思っていますの」
とてつもない誤解です。……とは思いつつ、あんな猛毒が、言っては何ですが、平凡な感じの見張り番の方々が手に入れられるとも思いませんね……。
「色んな魔法が使えるメリナさんは素晴らしいですよ」
にこにこアデリーナ様。嫌な予感しかしないです。
アデリーナ様はそれでもお茶に口をやりませんでした。




