一瞬の戦闘
ようやく笑い声を止めてくれたアデリーナ様が私に言います。
「あなたが謁見の間に現れなかったら、誰が一番得をするのかしらね?」
全く分かりませんよ。
「シャール伯爵様でしょうか?」
適当に言います。
「神殿を責め立てる事は出来るかもしれませんね。呼んだのに来ないとは何事だって。……でも、シャール伯と神殿の取次は私なんです。私に泥を塗る真似をしますかね」
塗りたくりたいと考えているのではないでしょうか。
馬車が止まる。
「さぁ、メリナさん、転移魔法で城に向かいましょう。先程は思わず失笑してしまいましたが、無難に行きましょう」
失笑? そんな物では有りませんでしたよ。完全にイッちゃってる感じでした。黒い薔薇の咲き狂いってレベルでしたよ。
それにしても、転移魔法なんて使えません。魔族のルッカさんやフロンなら無詠唱で使っていましたが、私には無理ですよ。なので、
「いえ、殺します!」
私は扉に手を掛ける。動きませんでした。閂を掛けられたかな。無駄なことです。
一撃で破壊してやりますっ!
「殺害に対して躊躇いが全くないのは相変わらずですね。しかし、墓場なんですよ。死霊使いだとかだと、いっぱい素材がありますので困りますね。転移魔法でどうでしょうか」
転移魔法に拘るのではありません、アデリーナ!
それに死霊など余裕で御座いますよ
「だ、大丈夫です。そうであっても術士を即行でぶち殺しますから!」
「汗を浮かべてまで必死になって、殺しますって叫ばれたら怖くなるわね」
えぇ、使えない魔法を無理強いされているのですから。しかし、私には良い言い訳が浮かんでおりました。
「シャール伯爵様のお城に行った事がありませんから、無理ですよ」
「そうなの? そういう系統の転移魔法でしたのね。分かりました。では、殺しましょうか」
「良かったです」
ほっとしました。
「他人を殺そうと言うのを良かっただなんて、決して思ってはいけない事なんですよ」
先日、無実っぽい人達に処刑執行した人が、どの口で何を言っているんですか。
さて、ここまでです。戦闘前に余計な事を考えるのは止めておきましょう。如何なる敵でも倒すのみです。
私はまず魔法を唱える。囲まれている可能性がありますので、その対応です。
『私は願う。炎の雲を馬車の外へ。燃やせるものは燃やしちゃって』
10まで数え終わってから外に出ます。
それから、馬車後方にある扉ではなく、横壁の部分を殴る。後ろで待ち構えられていたら鬱陶しいですからね。
「相変わらずの出鱈目っぷりですね」
大きな空洞を見ながら、アデリーナ様が仰いました。
そんな言葉を背に受けつつ、私はすかさず外に出る。
まだ炎の雲は完全に消えておらず、周りを照らしています。
「敢えて魔法を行使して、城から魔力を監視している者に気付かせたのですね。なかなか策士で御座いますね」
いえ、ただ単に焼き尽くせば良いと思ったまでなのです。
私は敵を探します。
……誰もいません。骨がいっぱい転がっているだけです。墓場にしても埋葬くらいしたらいいのにとか思いました。シャールは鳥葬の風習でもあるのでしょうか。
馬車の人もいませんでしたよ。丸焼きにした訳でもなさそうです。
……そういえば、シェラさんが用意してくれた豚っぽいヤツの丸焼き、美味しかったです。
発見です! ちょっと離れた木の上だ! そこの葉の茂みの後ろに黒い服の奴がいました!!
「アデリーナ様、行ってきます!」
アデリーナ様、今度は私を弓で狙うんじゃありませんよ。二度目は許しませんよ!
私は直進ではなく弧を描くように木へ突進する。向こうに飛び道具や魔法という攻撃手段がある可能性と、アデリーナ様との二面攻撃を考えての行動です。
そして、木の幹を全力で叩きます。
「ウオオオォ!!」
大声も出して、私の気合いと威嚇も十分です。
ブワサッと木が倒れました。
私の視線は敵がいる所。
そいつは木が倒れきる前にジャンプして、地面に立ちます。黒いローブを頭から被っています。おぉ、死霊使いっぽいですよ。
よし、逃げにくそうな格好です。このまま息の根を止めて差し上げましょう。
私は一気に詰め寄って、お腹を貫通させる勢いで殴ります。避けることも出来ず、敵は前のめりにズサッと倒れました。
でも、残念ながら、なかなか固いローブだったようで、思った通りには腹の皮を破れませんでした。
「メリナさんの戦闘力には正直信じられない物がありますね。感心致します」
遅れてアデリーナ様が寄って来ます。バリバリポキポキと周囲に散らばる骨を踏み締めながらです。
「この骨、その魔術師が操作していた骸骨戦士みたいな物の残骸でしょうね。哀れにもご活躍の前に、メリナさんが全て昇天させましたけども」
アデリーナ様のご指摘を受けて気付きました。確かに墓標の近くに穴が出来ていて、そこから這い出た様に見えます。
「そこのは殺したのですか?」
黒いローブの奴を目で示しながら私に訊かれました。
「胸が動いているので死んではないです。止めに首を折りたいところなのですが、私、……今日はアデリーナ様のパンツですので、踏めないんです」
正しくはアデリーナ様から頂いたパンツですね。ここ、大切です。パンツの貸し借りしているみたいになってしまいました。
「…………お見せしたら? 減るものでもないでしょう」
いえ、恥が増えます。
「死んだ方がマシです」
アデリーナ様は常にあの状態だけど、気になさらないのでしょうか。
私は代替案を提示します。
「手で頭をくるくる回してねじ切りましょうか?」
「お止めください。想像してしまいました。謝罪を要求したいとさえ思いましたよ」
「では、生き埋めですね」
それしか有りません!
結局、敵は頭だけ出した状態で土に埋めることにしました。穴はいっぱい有りましたから掘る必要がなく、楽だったのです。
私は逆さまに埋めることを強めに提案していたのですが採用されませんでした。




