毒入り
さぁ、お食事タイムです!
私は早速、真ん中の大きな豚型魔獣の肉に向かいます。まっしぐらです。
お皿を持ったところで、追い付いたシェラに手を鞭打たれました。
「ダメです、メリナ。食事ではなく会話をしに行って下さい」
それよりも手が痛いんですけど。
「スピーチしている時から一番地位の高い人の場所を探すんですよ」
「分かりました」
「では、やり直しです」
私は壇上に戻って、一番偉そうな人を探します。
「服装です。一番豪華な人が良いですよ」
シェラがヒントをくれます。
ならばと、私は最も化粧の厚い人を選びました。
「お初にお目に掛かります。巫女見習いのメリナで御座います」
シェラがパチパチと拍手をしてくれました。
「正解ですよ」
「あら、巫女さん、ご挨拶頂きまして光栄です。これからも宜しくお願いしますね」
礼拝部の先輩巫女さんも演技されております。
それから、私が挨拶した先輩巫女さんは隣の女性に向かって言います。
「ミーラさん、こちら、聖衣の巫女のメリナさんですよ」
えっ、私、今自分で自己紹介したところなんですけど。その人にも当然聞こえていましたよ。
「メリナ、この方はあなたを利用して他の方の上に立とうとされています。黙って笑顔で立っておくのですよ」
そういうものなんですね。
先輩巫女は私を連れて一通り、ご挨拶されました。
「これで、あの方は大満足となるのです。メリナ、よくやりましたよ」
では、ようやくご飯ですね。唾が溢れてきます!
「聖衣の巫女メリナ様。お話を少し宜しいですか?」
「私もご一緒出来ますか?」
「えっ、なら、私も」
解放されたと思ったら一気に囲まれました。私はシェラに助けを求めます。
「そのまま会話を続けて下さいね」
つ、辛い。目の前に美味しい料理があるのにぃ。
あぁ、目の端に見えました。さっきの一番偉い役の先輩巫女さんなんか、お肉を頂いておりますよ。私に手まで振ってくれています。
本当に詰まらない質問攻めが終わって、ようやく私は料理を口に出来そうです。
「メリナ様、少し宜しいですか?」
終わらないですね。ドンドン来ます。
「飲み物は如何ですか、メリナ様」
おぉ、来ました! そういうのは大歓迎です!
「はい。頂きます!」
差し出されたグラスに手を伸ばした瞬間に鞭が私に入りました。中の赤色の液体は溢れないように、私がしっかりグラスを固定しています。シェラの力程度なら、私は揺るぎませんよ。痛いけど。
「ダメです、メリナ。お酒を持ってくる人は大勢います。酔い潰れてしまわないように、水を御取りください」
くぅ、すぐ傍にお酒様がいらっしゃったのに。
「あら、メリナ様。私、料理を取って来ましょうか?」
おぉ、来たか!
「はい。私も一緒に行きましょう」
私はシェラを見る。頷いてくれました。良かった、間違いではなかったようです。
テーブルの上にいっぱいお料理が置かれています。さっきまで私に話しかけて来た方々が給士役となって、私が指定した料理を皿に盛り付けていって下さいます。
さぁ、頂こうとしたところで、鞭が飛んできました。
あぁ! また私の邪魔をするのですか!
「メリナ、あなたが選んだ料理はこちらの方へ、そして、こちらの方が選んだ料理をあなたが食べるのですよ」
なるほど。お互い相手のことを慮って、料理を選ぶのですね。
私はお皿を交換する。
頂きます!
あぁ、美味しいです。美味しいですよ!
貝を焼いたヤツ、ジューシーな汁が出てきます。
「メリナ様、こちらもどうぞ」
テーブルの大皿から取り皿に移された、オレンジと白いふわふわした物が見えました。有り難く頂きましょう。
フォークに刺して一口です。切り分けずに食べられるように小さく切ってありますので。
あまっ! 何でしょうか。あっ、アデリーナ様のパンに付いていた白い粉と同じ味だと思います。
「メリナ、ダメです」
頬を鞭打たれるかと思いましたが、流石にシェラはそこまでしません。
「頂いたらお返しですよ」
なるほど。
「メリナ様、こちらもどうぞ」
さっきと同じオレンジの上に甘いふわふわが置いてある物が運ばれてきました。
口に入れます。
「それは呑み込んでは行けません。毒で御座います」
すかさずシェラが私に言いました。
その言葉を受けて、私はペッと床に吐き捨てます。とても甘くて、勿体無いのですが……。
近くにいたお姉さんが水のグラスと金属ボウルを持ってきました。それで口を漱ぎなさいということですね。
「先に食べた方は砂糖と呼ばれる物で作られております。そして、後に食べた毒入りの物は鉛糖を用いています。遅効性の毒です」
「食べる前に言ってくれませんか?」
私は当たり前の抗議をする。
「味を知って欲しかったのです、ごめんなさい。先に毒と言われると先入観が出てしまいますから」
これ、貴族様たちは皆がこんな事を教わるのでしょうか。とても厳しい世界ですよ。
「いいでしょうか、メリナ。必ずお食事は目の前でテーブルから取り分けて貰ったものをお食べ下さいね」
「……はい。分かりました」
「良い人もいれば、悪い人もいるのです。油断をしない事に越した事はないのですよ」
いつもほんわかしているシェラからそんな言葉が出るとは思っていませんでした。
毎朝マリールに胸を揉まれている人だとは思えないです。
その後も「拾ったものは食べるな」だとか「ナイフは肉に刺すものではない」だとか「人のドレスを踏むな」だとか色々、鞭と共に指摘を受けました。
最後にルーシアさんが寄ってきました。
「まぁ、聖衣の巫女様。私、聖衣を匂わせて頂いたのですが、何でしょう? この世の物とは思えない香しさでした」
「はい。聖竜様のお匂いですから」
朗らかに私は答えます。
ルーシアさんは私の体に顔を近付けます。
「まぁ、あなたも聖竜様と同じ様な体臭なのですね」
その言葉で周りがドッと笑います。
「えぇ、そうですか。私も聖竜様と同じ匂いなんですか!? ありがとうございますっ! お世辞でも嬉しいです」
ルーシアさんは更に近付いて、私の耳元で囁きます。
「クス、違ったわ。あなたのは濡れた野良犬の臭いよ。伯爵に拾って貰えて良かったわね」
あぁん!?
シェラがいなければ、蹴り殺していましたよ!!
病気で苦しんでいた私を拾って、助けてくれたのは聖竜様ですっ!
私は離れていくルーシアを睨み付けます。
いつ殺すか思案していたのです。
笑っていた周りの人は拍手をされました。ルーシアさんでなく、私に。
「メリナ、素晴らしいですよ。ああいう悪辣な方でも反論をしないことが第一です。また、大人しくするのも賢明ではありません。あなたを潰そうとする方が増えるのですよ」
シェラが横から誉めてくれます。訳分かりませんです。
「ごめんなさいね、メリナさん。そういう演技ですからね」
ルーシアさんが私に謝りに来ました。
「私こそ、早とちりするところでした。すみません、大変勉強になりました」
えぇ、協力して頂いていたのに大惨事になるところで御座います。危なかったです。
その後、私たちは思っきり、お食事を堪能しました。礼拝部の方々も意外に大食家の方が多い事にもびっくりしました。
鉛糖……酢酸鉛系の化合物で、鉛製の器にワインを入れておくと出来上がるらしいです。




