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モミモミ

 部屋に戻るなり、シェラが着替える。

 黒い巫女の服から、新しい巫女の服へ。もちろん、同じく黒い。


 何も見た目が変わらないじゃない。



 あら、白い下着を着ているけど、うん、グラマラス。

 貴族様はそんな所まで完璧なの?

 私からすると罪深き女性よ、シェラ。



「ひゃっ!」


 そんなシェラが突然声を上げる。

 マリールがご自慢の双つを揉んだようね。


「いいもの持ってるじゃない、シェラ」


「ひいぃ、お止めくださいぃ」


 もっとやってあげなさい、マリールさん。

 伯爵家の方に世間の荒波をお教えしましょう。



 涙目のシェラが床にお尻を付けてへばっている。

 マリールの気も晴れたようね。



「どうして、シェラだけ巫女の服を支給されてるの?」


 私が訊く。


「そうよ、私だってまだよ」


 マリールも同意だ。


「……分かりませんけど、人目に着く部署だからではないでしょうか」


 下着姿のままでシェラが答えた。


「ふーん」


 関心の無い感じでマリールは返事をしたけど、とても欲してるわね。我儘少女は表情が分かりやすい。

 私も欲しい。憧れだし、毎日着替えられるだけの用意もないし。


 マリールの魔の手がもう伸びてこないと理解したシェラはいそいそと服を着た。



「寝間着を持って来ませんでした。朝食で今日の服が汚れてもと思っていましたが、こんな辱しめを受けることになるとは。明日は皆さんが起きるまでに着替えたいと思います」


 寝間着って何よ。寝るための服があるの?

 さすが、貴族様だわ。

 そういえば、マリールも寝る前に着替えていたわね。あれが寝間着だったのね。


「メリナ、勝負よ!」


 マリールが私にびしっと指を向けてきた。

 何の勝負よ。

 全力で受けて立つわよ。


「どちらが先に巫女の服をゲットできるかよ!」


「いいわよ」


 全く入手方法が分からないけどね。

 アシュリンさんに聞けば教えてくれるかな。

 ……期待はしないでおこう。

 もう負けそう。



「でも、伯爵家の方にまで喧嘩を売って、マリールは大丈夫なの?」


 さっきの胸もみ事件についてだ。


「吹っ切れたわ。アデリーナ様がその気になればいつでも殺されるんだから、逆にやりたいようにやった方がいいかなって」


 謎理論よ、それは。

 敵の数を自ら増やしてどうするのよ。

 でも、そういう考え、好きよ。



 シェラがどう感じているのか確認しようと、彼女の顔を見た。


 苦笑いだ。


 気立ての良い子で良かったね、マリール。




 シェラのベッドの脇に小さな瓶が置いてある。透明なガラス製で、シンプルだけど、計算された曲線が美しい。中には薄青い液体が入っていた。

 シェラは同じくガラス製の蓋を開けて、少量を手に取って、襟首にペタペタ付けていた。

 なんだろ、爽やかな香りが鼻を付く。嗅いだ事がない種類の匂いだ。甘くて、それでいて木の匂いみたいな感じも微かにあるかな。


「シェラ、何それ?」


「湖をイメージしたものです」


 そうなの? 木の香りとは違ったか。

 でも、それが何かっていう根本も教えてよ。


 気付けば、マリールも透明瓶を取り出して、レモン色の液体を同じくうなじに塗っていた。

 こっちは柑橘の匂いだ。間違いない。


「その液は何なの?」


「香水じゃない。メリナは持ってきてないの?」


 マリールは何を訊いてるのって顔で教えてくれた。その生意気な表情、昨日の段階だと腹立たしたかったけど、今なら気にならない。むしろ、素直に気持ちが出てしまう娘なのねって、微笑ましく思えるわ。


 しかし、香水か、持ってくるどころか、見たことも聞いた事もないわ。

 でも、分かる。

 いい香りを身に付けるための道具ね。


 私も欲しい。今度、休みがあれば買いに行ってみよう。


 

 シェラがもう一度、蓋を開けて、私にも付けてくれた。ありがとう!

 貴族様になれた気分だわ。

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