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マリールの実験1

☆マリール視点☆


 やっぱメリナは凄いわ。聖竜様の所に行ったとか言う噂も、狂言か神殿の威厳作りかと思っていたけど、あいつなら本当かもしれない。

 っていうか嘘だったら、もう私やシェラにゲロってるはずだわ。



 メリナがこの粉について喋ったことは仔細漏らさずメモった。先輩も傍にいたから、聞き漏らしがあったとしても確認できる。


 石鹸カスと滑石粉を指で擦っていたら出来たらしい。原料情報はそれだけ。

 いえ、正しくは石鹸カスではない。古くなって劣化した石鹸の表面の部分だ。便宜上、石鹸カスと記録するけど。


 何故、正常な普通の石鹸を使わなかったのか訊くと、「柔らかいと壊れないの」とか舐めた返答だった。そこを工夫するのが楽しいんじゃないの。

 いえ、そうじゃないわね。今は、この新しいメリナの粉を再現しなくては。


 どんな感じで粉同士を擦ったのかを尋ねたけど、全く普通だった。親指と人差し指で挟んでグリグリするだけ。

 いえ、あいつは石を手で潰せる怪物だ。相当の圧力が粉には掛かっていた可能性が高いだろう。



「マリール、どう思う?」


 同じくメリナの話を聞いていた先輩が尋ねてきた。


「どうもこうも有りません。実験しましょう。再現が取れれば、大量生産の道も開けます」


「あの娘が作った、元の滑石粉はもう無いわよ」


 そうだった。あの粒子が揃った特別な滑石粉はもうない。

 いえ、でも、実験はしないといけない。


「ひとまず市販の滑石粉を使います。また、メリナに新しい粉を持ってくるようにお願いします」


「そうね。じゃあ、私は石鹸カスを集めましょうか」


 私は先輩の協力に感謝する。


 メリナが言うには伯爵様との謁見が三日後に迫っているらしい。私はその時に、この粉を使った化粧品を彼女に使って貰いたい。


 こんな画期的な粉で作った化粧品を最初に使うのは、発明者でもある彼女に相応しいと思う。それに聖衣の巫女が使ったなんて、今の時勢なら最高の売り文句だ。

 ……貴族の連中から舐められない様にもして上げたい。



 でも、そうなると期限は非常に短い。量は一人分で良いし、その日限りの使用だから安定性も担保しなくて良い。

 問題は根本的な所にあって、この粉がベストな状態なのかということ。

 まぁ、メリナから今日貰った粉で化粧品を仕上げてしまえば良いのだけど、それは最低ライン。



 メリナは全ての工程で適当な操作をしていた。いえ、もしかしたら深い考えがあるのかもしれない。何せ聖衣の巫女様なんだから。


 それにしても、先輩が聖竜の名を出した時の鬼気迫る、あの目付きは尋常じゃなかった。殺気ってヤツだったのかしら。それほどまでに、真剣に聖竜を信仰していたのね。

 それに当てられて、思わず私も気を入れ直したわ。



 今回は組成分析をスキップする。メリナの話を信じて、滑石粉に間違いないとする。もう一つの原料である石鹸カスの分析は先輩に任せよう。

 私は基本物性確認だ。


 気持ち黄ばんだ様にも見える白い粉を水に入れる。


 浮いた!?


 私はガラス棒で激しく掻き混ぜる。円を描くように混ぜていたから渦巻きが出来て、その中に粉は入っていくけども、手を止めると粉は水面に浮かんでくる。水が全く混濁しない。


 水との馴染みが悪くなっている。滑石粉なのに。

 勿論、石鹸は水に溶ける。これは常識。



 ということは、石鹸カスに意味があると言う事か。お粗末な推論だけど、とりあえずメモ。



 石鹸と石鹸カスは別物質ってことよね。

 そこから調べるの!? いえ、出来ないはずはない。メリナは一日でこんなものを作ったのだから。


 石鹸カスは泡立ちが悪い。これは普段の生活での知識だ。


 だけど、何故なのか。これは盲点だった。


 組成分析と文献調査、どちらが早いか……。

 いえ、時間がない。薬師長に訊くのが最善。



 老齢の薬師長は私の突然の訪問にも優しく対応してくれた。そして、やはり明確な答えを私に与えてくれる。



 石鹸は油脂と植物の灰を煮て作る。

 それは私も知っている。


 油脂は植物のものでも動物のものでも良い。でも、植物の油脂の方が悪臭が少なくて好まれる。

 植物の灰も、ただの木や草の灰を用いる場合と、西方にあるという塩辛い湖に生える水草の灰を使う場合がある。

 石鹸の硬さが変わるそうだ。

 塩の成分の一部が水草に含まれていて、そのために、出来る石鹸の性質が変わる。特定の水草の灰で作った石鹸はしっかりと固まる。もちろん、固いとは言っても、石鹸カスと違って泡立ちも良い。


 神殿の巫女は貴族階級出身が多いためか、神殿の石鹸は高級な植物性油脂と特殊な水草の灰で作られた物だった。俗に言う、贅沢品。

 だから、財務が大変になるのよ。あっ、こんなどうでも良い話は後回しだ。



 その西方の水草と普通の草木との灰中成分が違うことは、以前に調べたことがある。水への溶解度が明らかに違った。



 で、薬師長が私にくれた答えは、水だった。


 石鹸を暗所に長時間静置しても固くならない。また、水を張った容器に入れ続けたとしても、滑りは出ても固くならない。しかし、流水に触れさせていると固くなる。或いは、何回も水に当てると固くなる。


 薬師長は、以上から水の中に微量含有される成分の影響であると言われた。

 「少し考えたら分かる結果ね」と、私は心の中で強がった。



 今、私は礼拝部の練習場所に走っている。

 確か、あそこには水を加熱して湯浴できる設備があったはず。

 実験室で水を蒸発させる時間が勿体無かった事もあるし、実験に用いるほど大量に手に入れるには大きな釜を用意しないといけなくて不可能と判断した。

 で、代替案として、大量の水を加熱している所へ向かったのだ。魔力式にしろ、燃焼式にしろ配管に堆積物、スケールと呼ばれる物が出てくる事を聞いたことがある。きっと、それが水の中の不純物。


 礼拝部の巫女さんに薬師処の仕事で使用したいと無理を言って採取した。運が良かったのか、ちょうど施設工作部が配管を取り換えたばかりで、苦労せずに入手出来た。


 そうそう、巫女さんと話している時に、奥の舞台で熱心に踊りの練習をしているシェラが見えた。結婚退職される人からの引継ぎ、うまく行っているかな。

 声を掛ける暇も余裕もお互い無いから、また今晩、いえ、明日に話しましょう。



 実験室に戻ると、既に先輩が待っていた。私は石鹸カスの組成分析ではなく、手に入れたばかりのスケールの物性評価をお願いした。



「マリール、汗くらい拭いたら?」


「いえ、時間が有りません」


「だからよ。汗が入ったら、結果が狂うかもしれないでしょう。マリール、無駄実験してる時間なんて無いわよ」


 優しいのか厳しいのか分からない言葉を受けて、私は汗を拭くことにした。

 ハンカチは先輩が貸してくれた。ふんわり柔らかい。

話が長くなってしまいまして、次話もマリール視点です。



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