薬師処にて
メリナさんでは少し難しそうな話かなと思いまして、初めての他者視点です。
☆マリール視点☆
天秤でメリナから借りた白い粉を量る。その値を、先にメモした加熱前の重量値の横に記す。
腐っても、竜の神殿ね。
実験コンロも、砂時計も、天秤も質が良いものを用意している。改めて感心するわ。
財務状態は余り良くないと聞いていたけど、捨てたものではないわ。
更に、縦長の鉄製容器に粉を入れ、その重さも量る。トントンと容器の底を机で軽く叩き、嵩の減り具合も記録する。
一番使いたい顕微鏡はいつ空くのか。
ここ薬師処では、私は一番下っ端。先輩が使い終わるのを大人しく待ちましょう。強引に奪うにはまだ実績を出していない。
その間に測定結果を整理しましょう。
昨日の組成分析からして、あの粗暴なメリナが持っていた粉は、予想通り滑石に違いない。柔らかい石だけど、彼女は自らの手で粉砕したとか、ふざけたことをぬかしていたわね。それが嘘でなく真実っぽいのがまた凄いわ。
彼女、巫女じゃなくて坑夫とかの方が天職なんじゃないかしら。
あぁ、思考が横道に逸れたわ。ったく、メリナはおかしいのよ。だから、私の――あぁ、また、あいつの事を考えてしまう。
とにかく、あいつの持っていた滑石粉は高く売れる予感がする。この感触は今までになく良好だから。
だから、私は何が普通の滑石粉と違うのかを調べている。
水に粉を入れて、ガラス棒でかき混ぜる。簡単に白く濁った。しばらく置いて上澄みを作り、一部を採取。ある紫の花を絞った汁を数滴滴下。
液は青色に変色。一般に入手できる滑石と同様か。この花の汁は酸っぱいと赤色に苦いと青色に変わる性質を持つ。物質を分類する一つの指標としてよく使用されている。
「熱心ね、マリール」
五年程前に巫女となられた先輩が私に声を掛けてきた。黒い巫女服が疎ましい。私はまだ着れないというのに。
「はい。お気に掛けて頂き、大変ありがとうございます」
「そんなに毎日、気を張らなくても良いのよ」
あなたは、ね。
私には目標がある。一刻も早く薬師処で巫女になりたい。見習いで終わりたくない。
「マリール、顕微鏡、先に使わせて貰うよ」
別の巫女がだいぶ先の机から言う。
「勿論です。私は最後で構いませんので」
一日待って漸く借りられたと思ったら、これだもんね。私の後輩が出来たら、横取りはしないようにしなくちゃ。
実家の財力であれくらいなら何個でも揃えることが出来ると思うけど、正式な巫女になるまでは仕事では実家を頼らないと決めたんだ。
でも、魔法が使える人間として生まれてきたかった。そしたら、あんな道具を借りなくても微細な構造を確認できるかもしれない。組成分析も物を溶解してから滴定とかでなくて、直接的に分かるかもしれない。それも真値そのもので。
魔法と言えば、同期のメリナね。街で魔法を使って捕まるとか、常識を知らないってレベルじゃない。
でも、羨ましくも思う。
何にも縛られない自由奔放さ。初日から先輩を殴るのはどうかと思うけど、私とは違って真っ直ぐだ。私の心の底には鬱屈した澱が溜まっている。
いつの間にか、王族のアデリーナ様とも仲良くなっている。私では全く及ばない人徳がメリナにはあるのでしょうよ。
彼女は一介の村娘なのに、私をアデリーナ様の責めを受けたときに守ってくれた事には驚いた。言葉だけじゃない本当の友人というものを私は遂に手に入れられるかもと期待している。
靴は二度と臭って欲しくないけど。
目の前の白く濁った混液を眺める。
ん? メリナの粉は上澄みの出方が、比較の滑石粉と違う気がする。
慌てて、机の引き棚から市販の滑石粉を出し、水に溶く。
メリナの粉の方が上澄みの濁りが少ない。
何故?
昨日の組成分析では目立った差はなかった。精々、鉄とかの不純物濃度くらい。魔力に関しても先輩に見てもらったけど、特別な物は掛かっていなかった。ただの石だったはず。
「マリール、違いの原因は分かる?」
さっき私を冷やかしに来たのかと思っていた先輩が私に聞いてきた。
「……分かりません」
「粒子の大きさか形が違うのよ。分級がきれいなのかな」
分級か。水だとか風だとか篩とかを使って、粉の粒子の大きさを整えることだ。
「ちょっと! マリールの粉を見たいから、早く顕微鏡を寄越しなさい」
「えー、もう少しで終わるから」
「マリールは昨日から待ってるのよ。早く譲ってあげなさい」
この先輩の言葉が効いたのか、私たちは顕微鏡の前にいる。
筒を覗くと、きれいな板の粒子がいくつも見えた。これ以上には倍率を上げられないけど、まるで結晶のようだ。手で粉砕して、ここまで均一になるものなのだろうか。
対して、普通の滑石粉は板状が大半ではあるものの、所々に小さな物が固まっているのが見える。
先輩も確認してくれて、私に告げる。
「ほら、凝集しているのがいるでしょ。これが水中で分散して細かくなっているの。でも、こっちの粉は、……とても綺麗ね。湿式合成品かしら。それにしても合成者は凄腕よ」
「ありがとうございます。鉱石に関しては知識が足りず、困っておりました」
「いいのよ。でも、これはどこで入手したの? ご実家かしら?」
「聖衣の巫女からです。手で石を潰して作ったと言っておりました」
「解砕品なの、これ!? ……さすが、聖衣の巫女。機械粉砕じゃどうしても割れが増えるから、魔法ってことよね。でも、相当に理屈を知っていないと、ここまでの制御は出来ないわよ」
あの娘、やっぱり凄いのね……。
たまに部屋で本を読んでいるのを見るけど、田舎の村娘とは思えない。
「この粉は手触りが違うでしょ?」
あっ。それは秘密にしておきたかったな。私の記録を覗き見して、滑石だと分かっていたか。
私の意に反して、先輩は触る。
「んー、なかなかね。でも、パンチが足りない。聖衣の巫女製なら、もっと凄いのかと思ったわ」
彼女の発言に悪意は感じなかった。研究者として、素直な感想なのだと思う。
でも、私はメリナを侮辱されたみたいで、頭に血が上る。
「いえ。それはまだ試しのものですよ。メリナはもっと凄いのを持っています」
「そうなの!? また見せてよ。約束よ。これよりも良い感触なんて、偉大な発見になるわよ」
あっ、やっちゃった。先輩に釣られたんだと思う。
メリナ、ごめん。今晩、相談させて。
次話はメリナさん視点に戻します。




