ガランガドーさん
私の精霊さん、ガランガドーさんは語り掛けて下さいました。
『メリナよ、先日はお主の体を用いて術を唱えた。なかなか楽しかったぞ』
あれですね、覚えておりますよ。聖竜様を少しだけ傷付けたヤツですよね。えぇ、少しだけです。
「こちらこそお世話になりました。今後とも宜しくお願い致します」
『あぁ、我の本体は地の底から出たことがない。お主を選んで真に好様である。破滅させたい者がおれば、いつでも呼ぶが良かろう。無論、できる限り他の願いも叶えてやろう』
まぁ、なんてご冗談の上手い方なのでしょう。
「では、次回も是非お願い致します」
「フローレンス、これくらいで良いか?」
エルバ部長が確認されます。私以上に巫女長さまは精霊さんに目を奪われています。
「えっ、もうなの。私、もっとガランガドーさんを見ていたいのに」
「もう、いいだろ。これ以上は私の魔力が限界だ。帰るぞ」
「そう、仕方ないのね」
巫女長さまがエルバ部長の方を向かれました。私もガランガドーさんに手を振ってお別れの挨拶です。
「あら。後ろにも何かが――」
巫女長さまのお言葉は途中で掻き消されまして、私たちは元の部屋、水晶球の前に戻って参りました。
「もう一匹いたのか?」
エルバ部長が巫女長さまに訊きました。
「ええ、まだ輪郭も僅かでしたが、何かいらっしゃいましたね」
「随分とのんびりしたヤツだな。メリナが余り使わない系統の精霊なんだろうな」
「精霊って複数付いてくれるものなのですか?」
私の疑問に、水晶球を抱えながら部長が答える。
「ヨイショっと。あぁ、稀にいるな。お前、珍しいヤツだ」
「メリナさん、大変嬉しいわ。私の精霊さんも竜なのよ。一緒ね」
巫女長さまと同じですか。とても光栄です。
「その、巫女長さまの精霊さんは、どんな方なのですか?」
「空を翔ぶのがお好きな方で、天舞う竜と仰ってましたよ」
私のは、死を運ぶ者でしたね……。……うん、何か、カッコ良さでは私の勝ちですか!!
私たちはエルバ部長の仕事部屋に戻りました。
「しかし、メリナらしい精霊だったな。ヤバそうだ」
「何もヤバくないですよ。シックな雰囲気が私みたいです」
「いや、ダークだろ。どう見ても人を食ってそうな感じだったろ。マジで」
「いいえ、そんな事はありません。だって、他人に『死を運ぶ者』って呼ばれてるって言ったんですよ?」
「闇の存在そのものじゃないか」
「いいえ。本当に闇の者ならそんな事を言われないです。全部その場で殺しますから。存在自体が皆に知られる事もなく、異名どころか本名で呼ばれる事も無いですよ。だから、ガランガドーさんは冗談好きなお茶目な竜さんに違いありません。思い出してください、エルバ部長。ガランガドーさんは、堂々と二つ名を自己紹介で言ったのですよ。しかも、あの場の誰も知らないのに。笑ってくれと思っているとしか思えないじゃないですか」
「妙に説得されそうだが、そんな事を言ってやるなよ。本人は真面目に言ったつもりだったら、そんな細かい所を指摘されたら赤面してしまうぞ」
「そうなんですか?」
「あぁ、精霊どもは基本我々に干渉しないが、見ているんだぞ。ガランガドーとかいうヤツ、今、恥ずかしくて身悶えているかもしれんぞ」
それは申し訳ありませんでした、ガランガドーさん。もしも私の心の中をお読みでしたら、次回はもう少し分かりやすく、素直に笑える二つ名でお願いします。
……いえ、もしもですよ、もしも、本気で自分の事を「死を運ぶ者」と敢えて自己紹介されたのなら、……頑張ってください。
ちょっと気恥ずかしいかもしれませんが、私も頑張って何も聞かなかった事にしますから、あなたも言わなかった風を装って、今まで通り、魔法の発動をお願いします。
「あら、メリナさん。お昼はお食べしますか?」
あっ、今日はアシュリンがいないから昼御飯の用意がありません。
「あのぉ、巫女長さま。頂けるのですか?」
「勿論よ」
巫女長さまは穏和な笑顔で答えて頂けました。
「ここに出すわよ。……よっと」
部長の机の上にランチボックスが出てきました。
「フローレンスの収納魔法は便利だな」
「まぁ、お誉め頂いて恐縮ですよ、エルバさん」
私は会話に参加しません。目の前の物に夢中なんです。
箱の中で見えませんが、凄く美味しそうな匂いがするのです。
これは肉ですよ。絶対に柔らかくてジューシーなお肉の香りです。
巫女長さまもお肉が好きなのですね。
私たち、本当に似た者同士です。
やはり、パンで包んだお肉料理でした。聖夜の屋台で見た、鶏肉のパン挟みみたいなものかな。肉は牛っぽいけど。
「メリナさんの精霊さん、とても強そうでしたね?」
「はい。心強いです。私もガランガドーさんに負けないように精進して行こうと改めて心に刻みます」
「そう、良かったわ。ところで、伯爵様への謁見をお受けになられたのね」
アデリーナ様、もうお伝えされたのですね。仕事が早いです。
「はい」
「華やかな世界って素敵ですものね。メリナさん、大変ですが頑張りましょうね」
「いつくらいになりそうですか?」
「伯爵様のご予定次第ですからねぇ。いきなりお呼び立てがあるかもしれません。もちろん、私もご同行しますので安心して下さいね」
「マジかよ。メリナ、大丈夫か。私が貴族のマナーを教えてやろうか?」
エルバ部長にですか?
……考えましたが、教わる際の物言いが生意気で不愉快な気分になりそうなので、答えはノーです。調査モードの可愛らしい系の言葉遣いなら、再考の余地有りなのですが。
「礼拝部のシェラに依頼しておりますので、お気持ちだけ頂きます」
「そうか、残念だ。フローレンス、謁見の日程が分かったら私にも教えてくれ。私も行く」
「あらあら、エルバさん。そんなにメリナさんがお気に召されたの?」
「あぁ、調査部に欲しいな。今の段階で異動って出来るのか?」
私の意向ではないですね。私、もっと違う所が相応しいと思うのです。
「出向研修と言う形を取れば可能でしょうが、カトリーヌさんやアシュリンさんとも相談しないといけませんね」
「分かった。次の部長会議で少し訊いてみる」
いえ、私はもっと優雅な職場が良いのですよ。……あれ、神殿の部署って何があるのでしょう。
「メリナ、伯爵は女好きだからな。杞憂だと思うが、甘い言葉に騙されんなよ」
「大丈夫です。私は聖竜様に仕えているのです」
そこに関しては、私は靡かないという絶対的な自信が御座います。




