冥界の支配者 ― 死を運ぶ者
風景は何もありません。ただの薄暗い灰色の空間があるだけです。
ただ、私と巫女長さま、エルバ部長が立っているだけです。
川の中で目を開けた時のように、たまに目の前が揺らぎます。
地面も見えませんが、三人とも同じ高さに足を着けているので、存在するのでしょう。
「まぁ、相変わらず素晴らしい魔術ですね、エルバ部長」
「こればかりは誰にも負けないからな」
口調にもエルバ部長の自信が顕れております。何故か、少し気に障ります。部長のくせに生意気です。
「エルバ部長、私の精霊さんはどこにおられるのですか?」
「焦るなよ、マジで」
「メリナさん、もう少しですよ。その内、見えてきます」
そう言われて私は座ります。特にすることもありませんので。
「お前、この奇跡の術に何も感動しないのな」
「いえ、このメリナ、エルバ部長の術式に感心致しました」
「全く、そう聞こえないな」
えぇ、敵が出てきたらどうやって隠れようかと考えていました。
「そろそろですかね、エルバさん」
「だな」
揺らぎが大きくなって、遠くの何も無い所で白黒の濃淡が激しくなってきました。
「中々出てこないな」
「メリナさんの精霊さんは恥ずかしがり屋さんなのね」
待ち続けていると、先程までの白黒の濃淡が輪郭となってきました。
これは……!
竜の形で御座いますよっ!! 私の精霊さんはやはり聖竜様と同じドラゴンなのですね!!
「メリナさん、凄いじゃない! さすが聖竜様のお下に行かれる方はこうでなくてはね」
巫女長さまもお喜びです。
「私、竜が好きなのよ。いえ、聖竜様が一番なのだけど、そうじゃない竜もすごく好きなの。だから、メリナさんの精霊さんも好きよ」
輪郭は形となります。
顕れたのは黒き竜。大きさは聖竜様ほどではないです。距離感が掴めなくて分からないだけかもしれませんが。
「デカイな」
「本当にねぇ。メリナさんはお強いのね」
私は感動の中、その黒い竜をじっと見続けます。
形がはっきりして来ました。
尖った大きな爪、トゲトゲした鱗、蝙蝠系統の魔獣みたいに骨が外にはみ出ている羽。
とても力強さを感じます。
「禍々しいな」
「いえ、神々しいです」
「……お前、前向きだな」
「会話出来ますか?」
「あぁ、たまにな」
「メリナさん、話し掛けてみましょう」
『初めてか。お互いに姿を会わすのは』
先に精霊さんが言葉を下さいました。
「いつもお世話になっております」
私は頭を下げます。向こうの竜も軽く首を下に動かしました。
「まぁ、私にも聞こえましたよ。竜語だわ。間違いなく、竜なのね」
「フローレンスにも聞こえるのか。私には風切り音しかしないな。じゃ、二人で相手しろ」
エルバ部長は少し寂しそうでした。
「メリナさん、まずはお名前をお聞きするのよ」
「はい、巫女長さま」
『我が名はガランガドー』
おぉ、響きも凄くお強そうです。私、目が熱くなってきました。
『人は我を死を運ぶ者と呼ぶ』
……呼ばせないで下さい。私の精霊ですよ。
雲行きが怪しいです。
「えっと、敵を徹底的に排除する的な、味方からの信頼は篤いみたいな感じですか?」
『いや違う。全ての命を刈り取る存在である。味方などいない』
……ダークヒーローですよ、きっと。安心しましょう、メリナ。そう自分に言い聞かせるのです。
巫女長さまもお聞きですし、これ以上、下手な事は喋らせてはいけません。
「孤高の戦士のようですね。普段は何をされているのですか?」
『数多の生物を屠って楽しんでおる』
屠ると楽しむは並んではいけませんよ。お茶目はお止めください。
私は巫女長さまを見る。選手交代です。
このガランガドー様に私が質問を繰り返すと、よりひどくなりそうです。
「ガランガドー様、初めまして。私、聖竜スードワット様にお仕えする巫女長のフローレンスと申します」
『そうか。弱き者よ、我に食されに参ったか』
ご遠慮とご配慮を、私の精霊さん。
「メリナさんの精霊をされているとのことですが、何故でしょうか?」
『ふむ、気紛れか。いや、そのメリナの体が心地良かったからか』
うん、誤解を生みそうな表現です。
巫女長さまは、更に質問を重ねていかれるのですが、エルバ部長に尋ねられました。
「メリナ、お前の精霊の名前は?」
巫女長さまに既に聞かれていますので、正直に答えます。
「ガランガドー様とのことです。……死を運ぶ者と呼ばれていると」
「ほう、異名持ちか。カッコいいな、マジで」
おっ、そんな反応になるのですね。良かったです。
「エルバ部長の精霊さんは何なのですか?」
「私か? 秘密だ。そう簡単に他人に言うものではない」
「私のは丸見えになったのにですか?」
「それは仕方あるまい。他の者には黙っているから安心しろ」
「どうして言えないのですか? なんかずるいです」
「マジ、しつこいな。戦闘とかで対抗しやすくなるだろ。例えば、お前の魔法は竜系統と分かった。だから、戦闘ではそれを抑える術で行こうとなるわけだ。竜が嫌いな音とか、臭いだとか。そんなものでも魔力が下がる」
……私、今ので理解しましたよ。それがアンチマジックの原理ですね。なんて、私は賢いのでしょう。エルバ部長に倣って天才と名乗って良いのではないでしょうか。
「メリナさん、お聞きください。あなたの精霊さんは凄いですよ。冥界を支配する竜だそうです。いえ、支配なんて言葉じゃ足りなくて、冥界と呼ばれる所に来た全ての者を滅ぼすのだそうですよ」
悪魔でしょうか。いえ、私の精霊、つまり、私の魔力の源ですので、きっとジョークですよ。
「トンでもないな。マジかよ。そんなのがメリナに憑いていて良いのか?」
そんな幽霊みたいな言い方は良くないと思います。私の精霊さんはとても善良なお方ですよ、私みたいに。
「私、聞きましたよ。悪さはしないのかと」
さすが巫女長さまです。でも、直接的ですね。
「していないとお答えされました。少し退屈されていたみたいで、上の生活も楽しいんだそうですよ」
「飽きたらどうなるんだよ」
「飽きないようにさせませんとね」
巫女長さまが私にウインクしてきました。私もウインクで返します。何の意味もないですが。




