お通ししろ
エルバ部長は腕を組んで考えています。
「今の話だと、聖竜様は魔族の数を調整できそうだな。なら、何故、魔族を敵視するんだ?」
えぇ、色んな物語で聖竜様は魔族と戦っているのです。
「聖竜様のご深慮ですので」
「まぁ、いいだろ。マジでお前を見直したぞ」
私は黙って頭を下げる。
うふふ、内心、誉められて嬉しいですよ。
「もう一つ訊きたいのだが、ルッカとかいう魔族はアデリーナから巫女見習いの推薦状が出ているヤツか?」
「そうです」
「マジかよ。神殿に入れるの怖いだろ。何をするか分からんぞ」
「はい。ただ、悔しいことに聖竜様の使徒なのです」
私の方がお側に仕えるのに相応しいと思うのです。
「マジ? もう訳分からんな。考えることを放棄したいぞ」
私とエルバ部長は同時に水を飲む。うん、よく冷えていて美味しいです。
「メリナ、今の話は、ルッカの件も魔族の推論に関しても秘密だぞ。変に解釈されても、いかんからな」
そうですね。魔物が人型の魔族となる、言い換えるなら人化をすることがあるのなら、周り回って獣人への差別がより一層ひどくなりそうですから。
獣から魔族となる途中段階で、もしも、獣人の様な形態を取り得るという考えに至った場合、いえ、その可能性があるだけでも、魔族を恐れる余りに、全ての獣人を駆除対象にし得る虞を秘めています。どれが人から生まれた獣人か区別が付かないから。
そんな事をエルバ部長は危惧されているのでしょう。
「はい」
「お前さ、私の弟子にならんか?」
「嫌です」
即答です。
「えー、私、結構偉い人なんだぞ」
「知らないです」
「エルバ・レギアンスが弟子を取ったなんて噂が立つと、魔法学校の連中が大騒ぎだぞ?」
それは、こんな小さな子供に教えを乞うなんてという憐れみの目ではないでしょうか。
「だって、エルバ部長、頼りにならなそうですので」
「……マジ?」
「はい。戦場で背中を預けられる程には無いです」
アシュリンくらいの強さは欲しいですね。
「お前の基準、そこかよ。まぁ、いい。気が変わったら、言いに来い」
机の上に紙が突然現れた。
「おっ、巫女長が来たな」
エルバ部長は胸ポケットからペンを出してその紙にスラスラと書く。
私の時の″来い″じゃなくて″お通ししろ″となっていました。
「私は退室しましょうか?」
「いや、お前もここにいろ。巫女長からメリナが来たら、お前の精霊が何かを見ろと指示を受けている。そして、その際に巫女長を同席されるようにも言われている」
おぉ、遂に私の精霊が分かるのですか。
どのような方なのでしょうか。いつもお世話になっているので、お礼を言いたいものです。
しばらく待っていると巫女長が来られました。いつもの豪華な巫女服です。私もいつか、あんな立派な服を着たいものです。
……アシュリンに引き千切られた私の巫女服は再支給されるのでしょうか。ある意味ドキドキです。
「まぁ、メリナさん。お久しぶりですね」
「はい、巫女長さま。ご無沙汰しておりました」
「エルバさんもこんにちは」
「あぁ、フローレンスも元気そうだな」
呼捨てですか、エルバ部長。一応アシュリンでさえ、巫女長さまの前では敬語は使っていましたよ。不遜の塊、ここに有りということでしょうか。
巫女長さまはそんな部長の言葉に眉も動かさず、穏やかな笑みを湛えたままでした。
「早速なのですが、エルバさん、お願いして宜しいですか? メリナさんは転移魔法で聖竜様のお元に行かれたと言うのです。是非とも、どのような術系統なのかを私は知りたいのです」
「構わないぞ。しかし、フローレンスはマジで聖竜が好きだな」
「「聖竜様です」」
私と巫女長さまの声が被りました。
「あぁ、そうだったな。聖竜様だ。いや、私も心を入れ替えようと思ってるぞ」
「まぁ、エルバさんも遂に聖竜様の御心に至ろうと考え直されたのですか」
エルバ部長はそれには答えませんでした。
そのまま、壁にある扉を開いて、私たちを隣の別室に案内します。
薄暗い部屋は、それでも乱雑に色んな物が置いてあるのが分かりました。
掃除が苦手なんでしょうか、部長は。
「適当に座ってくれ」
「部長! 座るどころか立つ所もあるか怪しいです」
「えっ、マジ? ちょっと待て」
部長は大きな箱を体を使って押そうとします。そこにスペースを作ろうというおつもりなのでしょうが、無理でしょう。その先にも棒やら木箱やらがたっぷりですよ。つっかえてます。バカですか。
私はエルバ部長を手伝って、箱を部屋の外に出す。で、空いた所に椅子を置きました。
かなり重くて、私、「ふんぬ」とか言ってしまいました。
「すまんな。助かった」
「まぁ、メリナさんは怪力なのですね。竜のようです。とても良いですよ」
「ありがとう御座います、巫女長さま」
竜みたいと言われて、私、とても嬉しいです。巫女長さまは本当に私と気が合いますね。
「巫女長さまにも、聖竜様のように威厳と穏やかさを感じます」
「まぁ、メリナさん。とても、とても嬉しいわ」
私と巫女長さまは、お互いに微笑み合います。
その間にエルバ部長はたくさん置かれた雑貨や箱の間をくぐって、何かを探しに行かれました。
「よし。見つけたぞ」
戻ってきた部長は水晶球を両手に抱えておられました。大きさは赤ん坊の頭くらいでしょうか。
「あっ、置く場所がないな……」
ちょっと部長、マジでしっかりして下さいよ。私は、横にあった適当な箱を置きました。その箱を均等に囲むように、私たちが座る椅子が3つあります。
そして、巫女長さまがご自分の白い帽子を箱の上に置いて、水晶玉が転がらないようにされました。
「では、始めるぞ。メリナ、その球を見ろ」
「はい」
「いよいよですね。楽しみですよ、メリナさん」
巫女長さまは心からそう思われているようで、私もご期待に沿いたいと思っています。どうすれば、巫女長さまをご満足できるのかは分かりませんけどね。
エルバ部長は浄めの液体っぽいのを私と巫女長さま、それから自分に振り掛けます。飛沫が冷たいです。私には特別にもう一種類、赤い液体も加えられました。
その後に、印を手で結んで魔法を唱えられます。
『我、レギアンスに連なる者にして、連綿と紡がれる糸巻きに索寞と無量を包摂せし者。我は問う。寂寥満つる雪中の渓、久離の離別は霜雪の如く、地原を編まんと欲す腫脹に。百眼の淫蕩を顕現とし、雨氷の痛念を予奪し。その生を決歩して終焉を混濁すべし、琥珀の徒爾』
術を唱え終えた後、私たちは水晶の丸い球の中に吸い込まれました。




