人間の愛
エルバ部長は立ち上がって、水差しから飲み物を入れて下さいました。
ん、柑橘の匂いがします。香り付きの水とはなかなかオシャレですね!
「そう言えば、先日、聖竜様の所へ赴いたのです」
「知っている。聖衣の件だろ? あんな物を臭うなど、正気なのかと疑ったぞ」
あんな物?
私は怒りを覚えるのでした。部長はそれに気付かず続けます。
「臭いは真実なのかもしれんが、あんな汚い布切れだぞ?」
そちらの話ですか。私、聖竜様のお匂いを貶されたのかと勘違い致しましたよ。
いえ、その汚い布切れは、私が身に付けていたものですよっ!? やはり貶してはなりません。自分が思っても他人に言われるのはまた違うのです!
「……ご存じでしょう、部長。あれ、私の服ですよ」
「いや、知らねぇよ。マジだったのかよ。どれだけ貧しかったんだ、お前。親に仕送りしているか?」
余計なお世話です。うちは普通のお家ですよ。
「部長、先程の聖竜様とお会いしたと言った件は聖衣の後の話です。アデリーナ様とご一緒にお邪魔致しました」
「はぁ? 聖竜の、いや、聖竜様の所に再び行けたのか?」
ふふふ、エルバ部長の驚かれるお顔が気持ち良いのです。
「アデリーナの奴も一緒か……。次は私も連れて行って貰いたいものだ」
「えぇ、ご一緒しましょう。ただ、次回は私と聖竜様だけの時間が御座いますので悪しからず」
「何だよ、それ。その親しさ、マジでお前は人間じゃない気がするぞ」
本題に入りましょう。私、伝えたいことがあるのです。
「聖竜様とアデリーナ様が会話の中で魔族に関して言及されていたのを思い出しました。『獣人の出現率は下げつつ、魔法を使える人間は増やしている。だから、魔族が増えている』と」
細かいところは覚えてないけど、要約したらこんな感じだったと思う。
「……。マジかよ。魔族、増えているのかよ」
エルバ部長、あなたの能力を疑うしかありませんね。
聖竜様はラナイ村であなたの事を魔族を探すのにちょうど良いと仰っておられたのに。その期待に全く応えられそうにありません。万死に値すると言っても過言でありませんよ。
「しかし、なんだ。メリナはその会話を気にしたと言うことは、何か思うところがあるんだな」
……部長、今後一切、自称天才をお止めください。ただの村娘である私に説明を求めるのですか。
「その後に、アデリーナ様と魔族のルッカさんがお話されていたのですが――」
「ちょっと待て。アデリーナと魔族が話しているって、どういう事だ?」
「あっ、ルッカさんは牢屋の奥にいた吸血鬼です。私が救いまして、聖竜様の所へ送ってくれました」
「状況の読めなさが凄すぎるな。まぁ、いい。続けてみろ」
「二人は言っていました。地の魔力を増やしているのに、人間で吸収できないから魔族が増えていると」
そんな事をアデリーナ様の部屋で話しているのを記憶しています。
「地の魔力と呼ばれるものが何か、私は存じ上げません。ただ、人間に魔力を付与する何かだろうと推測しております」
「地の魔力とは、その土地が持つ、或いは、溢れる魔力の事だ。森や荒れ地、川、街、村でそれぞれ雰囲気が違うだろ。そこで感じるアレだ」
『アレ』って……。すっごい曖昧です。
でも、分かります。ひんやりだとか、薄気味悪いとか、元気が出そうとか、あの感覚が地の魔力なんですね。
「出生場所で、得意な魔法や体の性質が変わる要因でもある」
そこまでは興味ないです。だから、無視。
「それで、地の魔力を減らさずに獣人を減らしたら、地の魔力が余るんじゃないかなと感じたのです。で、その――」
「その余剰分が消化できず滞留して、野獣から生まれる魔物が増える……」
エルバ部長が私の言葉に被せて来ましたっ! 私が言いたかったのに。野獣と魔物の定義は私と同じなのでしょうか。きっと同じでいいですよね。
「それどころか、魔物から魔族説なら、魔族が増える可能性も高まるか」
そうです。ただ、これだけだと獣人から魔族説を否定する事にはならないのですね。でも、ニラさんとかに悪い噂が流れると嫌ですので獣人の方に関しては黙っています。
「ふむ。興味深い。獣人同士から獣人が生まれる率は人間の場合と同じだが、魔物は繁殖する。その違いにも関与しているのか」
エルバ部長は私の目を強く見る。
「ならば、何故、魔族は人間の形になるんだ?」
私、これが分かったのですよ。私は聖竜様の為に竜となりたいのです。これと同じ事です。
「部長、姿としては人間として生まれた者が、人間ではない状態を知りませんか?」
「どういう事だ」
これも私の経験です。
「生まれた赤ん坊が、泣かないのです。もちろん、死んでいないのですが、生後直後に立とうとしたり、差し出した手を激しく貪ろうとするのです」
最初は何なのか分からなかったけど、二回目は悲しくなりました。
生まれたての獣、いえ、蟲や蜘蛛の動きでした。
「見た目は人間の赤ん坊。でも、心や行動が違う生物なのです……」
「心? ……脳みそか!? そんな所も獣化するのか!?」
心が心臓にあるのか、頭にあるかは諸説ありますが、そうなんだと思います。
……二人とも私の弟と妹です。
両親と共に私も森へ行き、皆で悲しみながら森に還しました。
思い出して涙が溢れてきそうなので、少し頭を下げます。部長にはそんな物を見せられません。
他人に喋ったのは初めてだったかもしれないなぁ。記憶にできるだけ蓋をしていたのに。
部屋に沈黙が流れました。
落ち着いたところで、再び続けます。
「魔物が野獣の獣化した物を意味するのであれば、心が人間である野獣が生まれても不思議ではありません。つまり――」
「だから、人間の体かっ!!」
エルバ部長が勢いよく立ち上がります。
「はい。人間の愛を求めるのです」
「メリナ!! 素晴らしいぞ! 目から鱗だ!」
エルバ部長は私の手を握ります。
ただ、獣人から魔族になる可能性は否定されていないのですよね……。
「魔族たちが粗暴な理由は、それか。人間生活に慣れていないからなのか。姿や言葉は魔法でどうにかなっても、行動様式を揃えることは困難。魔族が多様なのも元になった獣が違うから! おぉ! メリナ、お前を認めよう!」
私を何に認めたのでしょうか。
思い出した悲しみを元の場所へ押し流したくて、私はコップの水を口に含みました。また、墓参りに行きますね。
スプラトゥーン、ついにS+になった\(^^)/




