憧れ
朝起きたら、私のベッドの脇にマリールが立っていた。
ちょっとホラーな感じ。
「……メリナ、ごめんなさい」
憔悴しきった顔ね。悩みすぎよ。
何かあっても戦うか逃げるかすれば大概は解決するものよ。
でも、素直で良い子じゃない。昨日は口だけだったけど、私も仲良くなりたいわ。
「私は大丈夫よ。朝食の後に二人で先輩に謝りに行きましょう」
「……うん」
心配しなくていいのに。
きっと、あれくらいで怒る人じゃないと思うよ。
シェラはスヤスヤと眠り続けていた。
それを揺すって起こす。
むにゃむにゃ何か呟く。貴族様も私たちと同じで朝は辛いのね。
広いホールで朝食を取る。日射しもよく入る立派な作りだ。さすが、聖竜様の神殿。
ご飯は用意された大皿の物を自分達で取り分けるスタイル。
シェラがその辺りにいた巫女さんに聞いてくれなかったら、ずっと立ったままだったかもしれない。
それにしてもお腹が空いてたわ。
怒られる前に食べた昨晩の夕食は美味しかったけど、量が少なかったのよ。
だから、今は山盛りにしちゃった。
パンに、茹で卵に、肉塊。ちょびっとの葉野菜。
肉塊、嬉しい。
聖竜さんの好物だから朝から出されるのかしら。
昨日からとは言え同室の誼で、何となく一緒の食卓に座る私たち三人。
「……朝からこってりね。太るね、メリナ」
断言しないで、マリール。
私も女性として身形には気を付けようと思っているの。
食欲を満たしたいジレンマとのバランスが少しあなたとずれているだけよ。だけなのよ。
でも、朝御飯を見て、少し元気になったみたいで嬉しいわ。
シェラはサラダを中心に黙って食べる。
フォークとナイフの使い方が洗練されていて、やっぱり憧れるわ。どうして、あんなに簡単にスッと野菜を二つに切り分けられるんだろう。
私の右手にある肉塊をぶっ刺したフォークがとても恥ずかしい。
マリールもシェラほどじゃないけど、パンの千切り方が私と違って上品だわ。なるべく、パン屑が落ちないように丁寧にするのね。
シェラよりも取った量が少ないのは、やっぱり、後から先輩に謝りに行かないといけないからかな。
「もういいのに。でも、マリールさんにはいい薬になったわね」
私たち三人の謝罪に対する先輩の言葉だ。
とても優しい微笑みも湛えてくれている。
「自己紹介してなかったわね。私は総務部の新人教育係のアデリーナです。昨日言った通り、この寮の管理もしております」
アデリーナ様、王位継承権13位の偉い人。よく覚えておこう。
この国でトップクラスの地位の人であっても、新人教育係なんだ。眼鏡の副神殿長は、どれだけ凄い人なのかしら。
歳なの? 歳さえあれば、どんどん出世できるのかしら。
「新人さんって、世間知らずな子も多いでしょ。私は、その鼻をへし折る教育係。こんなに家格が役に立つなんて思ってなかったわ。最後まで逆らう娘はなくなるのよ」
笑顔で恐いこと言わないで下さい。その『なくなる』は『いなくなる』って意味じゃなくて『亡くなる』の方でしょうか?
これからも調子に乗らないでっていう遠回しな表現のおつもりですよね。
マリールが昨晩を思い出して、ぶるっと体を震わせたじゃない。
それにしても、私にはアデリーナ様のお偉いさが天上人過ぎて分からない。たぶん、神殿の外だと近くに寄るだけで重罪になるんだろうなぁ。
「さぁさぁ、お行きなさい。今日のお勤めが始まるわよ」
私たちはもう一度感謝の礼をして、部屋に戻った。
「アデリーナ様、素敵だよね」
部屋に帰るなり、マリールが言う。
うん、分かるよ。言葉はアレだけど、動作とか気品が凄いものね。
でも、怖くないの? 地位の高さを存分に利用する、危険人物だよ。見習うならシェラが良いと思うよ。
「あの権力を隠している風で隠してない所がいいわ。憧れるわ」
……マリール、あんた、もう一度怒られてきなさい。




