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魔族についての仮説

 受付の人に言われた部屋をノックする。私はアシュリンとは違うのです。だから、いきなりガチャって開けないのです。



「入れ!」


 エルバ部長の声が聞こえました。少し怒られていますかね。オロ部長のような穏やかな心を持って頂きたいものです。



「お久しぶりです、部長」


「あぁ、そうだな。いつでも来て良いって言ったら、いつまでも来ないなんて思っていなかったぞ! マジでお前、生意気だな」


 ははは、生意気はお前ですよ、部長。

 そんなちんちくりんな背格好で何を偉そうにしているのですか。巫女服でもないし。


「では、時間も勿体無いですので、早速ですが――」


「ちょ、待て。それは私のセリフだろ、マジで」


 もぅ、本当に時間の無駄ですよ、部長。

 私は無視して続ける。



「魔族が獣人になるとの話を聞きに来ました」


「おまっ、私の言葉を聞いてないってゆーか、気にしてないだろ」


 そうかもしれません。

 私はじっとエルバ部長の目を見る。


「分かったよ。私も忙しい。話してやる」



 エルバ部長は素直に教えて頂きました。口調は生意気ですが。

 子供は子供らしくして欲しいものですよ。


 エルバ部長は一気に喋りました。眠気を我慢しながら聞いた長いお話を纏めると、以下の通りでした。


 まず、人間と獣人はとても近しいもの。これは私も分かります。人間の夫婦から獣人は生まれてきますから。エルバ部長によると獣人同士の夫婦から人間が生まれることもあるらしいです。

 人間か獣人かの違いは動物の部位を持っているかどうかの外観が特徴的なのですが、その異常な部位には通常の人間の許容量を越える魔力が詰まっているそうです。

 うん、それは何となく分かります。人間ではない動物でも同じですから。


 魔物の牙だとか皮とかは野獣のとは違って固かったりしますので。いえ、逆に言えば、強い野獣を魔物と呼んだりするんですよね。強い人間が獣人という事なのかもしれません。でも、野獣と魔物の差って難しいんですよね。蟻猿は魔物で良いと思うけど、犬蜘蛛は弱いから野獣なのかな。



 話を戻しまして、エルバ部長がお持ちの本には、胎児に魔力を当てて獣人にする方法が書かれているものがあるそうです。

 ……完全に禁忌な魔法でしょうね。


 私、質問しました。


「獣人の形をした胎児に魔力を当てるか吸い取るかしたら、人間になるのですか?」


「ならんな。透視などで胎児の形を観ることは出来るが、魔力を吸い取った場合は虚弱で生まれるだけか、死ぬらしい」


 可哀想です……。そんな実験も過去には実施されているんだ……。



 魔族に関しては、よく分かっていない部分もあるのですが、エルバ部長は獣人の上位存在ではないかとお考えらしいです。

 つまり、獣人の魔力が増大したものではないかと言うのです。

 ならば、ニラさんも魔力が強くなりすぎると魔族となるのでしょうか。

 フロンやルッカみたいに、とても性的にいやらしい感じに成長してしまうのですかっ!?



「傍証でしかないがな、魔族の魔力を消費させると、体のどこかに獣の部位が出て来る」


「フロンの爪が伸びたのも獣化みたいな物ではないのですか?」


「ふむ。そこは明確に違う。私は魔力の質が見える」



 エルバ部長は魔法を行使する時に術者が頼る精霊と呼ばれる存在を見ることが出来るそうです。で、精霊そのものを見るには正式な儀式が必要なのですが、それをしなくても雰囲気は分かるとの事。


 魔族の持つ雰囲気は黒いのです。いえ、彼女の表現によると暗いらしいのです。よく分かりません。

 魔族なら体の輪郭が暗く見えると言うのですが、こればかりは知らない人間には伝わってきませんね。


「人間や獣人はどんな風に見えるのですか?」


「色が付く。ちなみにお前は黒っぽい灰色だな。だから、ラナイ村では判断に迷った」


 私は灰色ですか……。んー、微妙です。


「黒い奴もいるんだ」


「黒と暗いのは違うんですか?」


「黒って言っても、色んな黒があるだろ。魔族のは、漆黒なんだ。黒よりも黒い、マジで。それから、人間の黒は放出される感じだが、魔族の黒は吸い込む感じ。マジなんだ」


 マジと言われても分かりませんよ。ただ、専門家が言うならそうなんでしょう。でも、そこまで分かっていて、私は魔族と疑われていたのでしょうか。



「でも、ダークアシュリンの時はどっちか分からないって部長は言ってましたよ」


「ダークアシュリン? あぁ、フロンがアシュリンを乗っ取っていたやつか」


 エルバ部長は一つ間を置いてから、口を開く。


「強い魔族は魔力の見た目を変える」


「じゃあ、部長の能力では魔族の判別は出来ないじゃないですか!?」


「そうだな。私の限界だ。というか、それは別の者がすればいいだろ、マジで。私は精霊鑑定士としては天才だ」


 自分で天才とか言うんじゃありませんよ。



 エルバ部長は続けられます。


 魔族は数が少ない上に、捕らえられることも稀なため、実際の生態は分かっていないんだそうです。そうですね、フロンにしろ、ルッカさんにしろ、簡単に転移魔法を使いますもの。


 本とかでも、魔族は神出鬼没で、証拠も残さずに、窃盗、殺人を犯すと書かれていました。



「魔族が獣人になるっていうのは秘密でもある」


 私は黙って聴く。


「人々が知れば、獣人への当たりがより悪化するであろう? 元は魔族だったとか、こいつも魔族になるんじゃないかとかな」


 うん。弱い人達は自分の身を守るためだったら、適当な理由を付けて非道も働きます。


「でも、獣人から魔族になった人なんて、過去にいたのですか?」


「知らん。魔族の誕生なんか記録にない。ただ、魔族から獣人になって、また魔族になったケースはあったようだ」


 んー。ややこしいです。



「もう一つ仮説がある。魔族は魔獣や魔物が人化したものという事だな。つまり、魔力が減ると獣人になるのではなく、人の要素が減った獣になったと見るのだ。ただ、なぜ、人の体になる必要があるのだ、という大きな疑問がある。獣の体の方が強靭だと思うだろ?」


 おぉ、しかし、こっちの方が私はスッキリしますよ。


「魔族って、他人に容赦がなくて、自分本意で、欲望まみれで、常識知らずってイメージですものね。まさしく、獣みたいです」


「お前みたいだな。マジで」


「まさか。冗談がきついですよ」


 私は笑って答えたのに、エルバ部長は真剣に覗いてきます。


「うむ、やっぱり魔族じゃないよな」


 えー、本当に冗談はお止めくださいよ。

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