自由でドキドキ
今朝もシェラの短い悲鳴から始まる。マリールも飽きないねぇ。そんなことをしても、ご自分の平野に丘は出来ないのですよ。
そもそもマリールが毎朝胸タッチをしに来るために、シェラは寝間着ではなく巫女服で寝る習慣となっているのです。触り心地も大して良くないのでは無いでしょうか。
「楽しいのですか、マリール?」
訊いてみましょう。
「メリナも触ればいいじゃない。そしたら、分かるよ」
えぇ、実は私も指で押し込んだ事があります。魅惑の感触でしたね……。
「いえ、私、シェラにお願いしたい事がありますので、明日からはシェラをお守り致します」
「まぁ、メリナ。何て頼もしい言葉でしょう」
「シェラ、安心するのは早いわよ。こいつの願いなんて、絶対におかしな事よ」
マリール、私を何だと思っておられるのでしょうか。
「私、伯爵様に謁見することが決まりまして、その、何と言いますか、礼儀作法とかを身に付けたいのです」
「メリナさん、素晴らしい事ですね。しかし、私もお父様への正式な謁見となりますと経験が御座いません。残念です。ただ、夜会に関してはお伝えできますわ」
そっか、父親に謁見っておかしいですものね。うっかりしていました。
「メリナ! 伯爵様に会うの!?」
マリールが横から訊いてきた。
「そうなんです。私が聖衣の巫女であるという、少し気恥ずかしい理由ではあるのですが」
「うちの服を着て、なんだよね?」
「勿論です」
「いつよ!? すぐに兄様に連絡するから」
「すみません。詳細は分からなくて、アデリーナ様にまた確認します」
「凄いじゃない! 礼装と夜会の盛装はうちの店に任せな。皆の目を釘付けにしてやるから」
おぉ、マリールが凄くやる気です。
「ありがとうございます。頼りにさせて頂きます。何せ、村から出て来たばかりの田舎者ですから」
「知ってるわよ! でも、大丈夫。大船に乗ったつもりでいなさいね」
朝から深い友情を感じました。胸と目が熱くなります。
さて、私は魔物駆除殲滅部の小屋の前にいます。
アシュリンめ、昨日の件をしこたま責めないといけませんね。私は気合いを入れ直しています。
一気にドアを開ける。
「ゴラッ! 殺るぞっ、アシュリン!!」
しかし、いつも椅子に座っているはずのアシュリンはいませんでした。私の声だけが虚しく部屋に響きます。
くそ、不在か。
畑仕事をされている、いつもの巫女さんにも今の少し乱暴な言葉が聞こえてしまったでしょうか。
いえ、彼女は私の味方です。畑を荒らすアシュリンの味方であるはずもないのです。だから、黙って聞き過ごして頂きたいです。
私は机の上にメモ書きを見つける。アシュリンの事務机ではなく、私が主に使用している食卓みたいな机の方です。
読むと、″一週間ほど素材を狩りに、部長と森へ行っている。貴様も誘うつもりであったが、アデリーナより事情を聞いたっ! 全力でぶん殴って来いっ!″
……どんな説明を受けたのでしょう。何を殴れば宜しいのでしょうか。
まずは、アシュリン、お前を殴りたいのですが。謝罪の言葉が書かれていないのを不思議に思い、紙の裏側も確認したのですよ。あぶり出しですか、これ? 燃やして良いですか?
しかし、これは何たる事態でしょう。
私、一週間、仕事無しとなってしまいました。自由の身です。ドキドキします。
ひとまず、お茶を飲んで落ち着きましょう。
石を砕いて白い粉を再び作ることも良いのですが、マリールの言っていた質というものが気になります。
ならば、石をひたすら外で探して、良い石を見つけましょうか。いえ、しかし、街中にある神殿よりも山に行った方が良い気がします。そうなると、神殿から出てはいけませんというアデリーナ様のお達しに反することになります。
私はもう一杯お茶を飲みます。
優雅です。これこそが私の憧れていた淑女ですよ。落ち着きます。
そう言えば、エルバ部長の下に行かないといけなかったですね。
仕方ない。お待ちだそうだから、行ってあげますか。暇ですし。
掃除を終えた私は調査部の建家に向かいました。エルバ部長をいつもお見掛けした石造りの建物ですので、よく存じております。
大きな木製の扉を開ける。
とても広いロビーがありました。これだけで、私の部署の小屋が数個収まってしまいそうです。
「何かご用ですか?」
ロビーの端っこにある長机の向こうから声がしました。
受付まであるのですか。うちとは大違いですよ。そこにいる人も黒い巫女服ですから、正式な巫女さんなのでしょう。
「あっ、はい。巫女見習いのメリナと申します。エルバ部長にお会いに来ました」
「こちらにご記入をお願いします」
紙に名前と所属、訪問先を書かされました。知らない人に魔物駆除殲滅部って見られるの、凄く抵抗があります。
恥ずかしいです……。
「……聖衣の巫女さん?」
「えっ、はい……」
その呼ばれ方も恥ずかしいので止めて欲しいです。私がすごく立派な人間みたいで、柄じゃないです。
「分かりました。お継ぎ致します。お約束はされておられますか?」
「……いつでも来て良いと言って頂いております」
私の返事を聞いてから、彼女は魔法を唱える。
紙が消えました。転送魔法だ! 凄いですっ!
しばらくすると、机の上に紙が戻ってきました。
「お会いになられるそうです」
私も紙を覗き込む。確かに、私の筆跡ではない文字が追加されていて、″来い″と書かれていました。
汚い字です。エルバ部長は子供だから仕方ないのでしょうか。
「この先の階段を登って三階へお上り下さい。そこから左に向かいまして、一番奥が部長の部屋となっております」
端っこですね。偉い人なのに、端っこなんですね。
私は礼を言って階段を上りました。




