社交界デビューの話
アデリーナ様に手鏡を貸して頂きまして、屈辱の文字が消えていることを確認しました。
化粧も大体は落ちていますが、一部は顔に残ったまま。目尻のラインは黒かったこともあり洗い残りが目立っておりまして、鏡を見ながら、丹念に綺麗にしていきます。
その分、タオルが黒ずんでいきます。
「王都でのパーティにお出になられるのかと思うほどの厚塗りで御座いましたね」
アザ隠しですから。
「それ、輸入品でしょう?」
「マリールはそんなことを言っておりました。アデリーナ様は、そんな事もご存じなのですか?」
「えぇ、その白のカバー力は有名でしてね。王都でも噂が流れていましたの」
そうなんですか。きっと王都の貴族様たちの集まりで使われるものなんでしょうから、凄く良いものなのでしょうね。マリール、感謝致します。
「でも、カバー力が強すぎると言うことは、崩れも目立つのよ」
「崩れですか?」
何でしょう。
「踊ったりすると汗を掻くでしょう。そうすると、流れ落ちて乱れるのよ。服や髪に付いてもお行儀悪く思われますし」
ふむ、扱いにくい物なのかしらね。
「その白い粉、黒い砂から作るらしいのよ」
「えっ! 黒から白が出来るのですか!?」
私、白い粉を手に入れるために白い石を拾っていました。でも、賢い人はもっと先を行くのですね!
「不思議で御座いますよね。専門的過ぎて私は詳細を存じ上げませんが、作ることが出来れば、国への貢献も素晴らしいものとなることでしょう。富の流失を防げるのですからね」
マリールなら作り方が分かるのかな。また訊いてみよう。
「さてと、本題です。ルッカを召喚して頂けますか? 身元調査が出来ないとエルバ部長から苦情が来ました。あの人、どこにいるのか分からないのよ」
人ではなく魔族ですけどね。
そう言えば、連日怒っているエルバ部長を見ましたね。
いえ、それは後回しですね。アデリーナ様にはちゃんとルッカさんとの関係をご説明をしないといけません。
「えっ! 使い魔の契約を交わしているのではないのですか?」
「はい。牢屋でカラカラになっておりまして、死にそうで血が欲しいということで私の血を差し上げました」
「それが契約ではないのですか?」
「いえ、食欲を満たしただけの気がします」
「では、あなたは地の底の牢に封印された魔族を無償で解放して、地上に解き放ったという訳ですか?」
悪い言い様にするとそうかもしれませんね。
「彼女は聖竜様とお会いさせてくれると仰いましたものでして」
「えぇ。それは私もご同行させて頂きましたので認めます。そうではなくて、あなたは得体の知れない者から血を要求されて何も思わないのですか? 信じられないです」
「えぇ、聖竜様にお会いさせてくれると申されましたので」
「……それ、同じご返答ですよ。騙されていたら、どうされるのですか?」
騙す?
無論で御座いますよ。
「ぶっ殺します」
「訊いた私が愚かでしたよ、メリナさん」
そうは言いながら、アデリーナ様は普通のお顔です。いつもみたいに怒られたり、呆れられたりはされておりません。
「では、ルッカの居場所はご存じないという事ですか?」
「残念ながらそうです」
アデリーナ様はお考えになられます。
「ルッカはあなたと一緒に居たいと言ってましたね……」
あぁ、聖竜様の御前でそんな事を喋っていた様に思います。
アデリーナ様は呟きます。
「居たいと言うにはここに居ない。観察だけなのか、そうではないのか……」
敢えて考えを口に出して私に聞かせているのか、自分の考えを纏める時の癖なのかは分かりませんでした。
「試してみましょう。メリナさん、実はシャール伯から聖衣の巫女に対して、謁見許可と付随する夜会の案内が神殿に来ておりました」
おぉ! 私、社交界デビューですか!?
「巫女長からは謁見ではなく、対等の立場でのご挨拶という形式に調整するように指示を頂いていたのですが、時間が掛かりそうなのです。メリナさんが宜しければ、伯の提案のままに乗ってみましょうか?」
「はい! 是非」
「分かりました。では、巫女長には本人の希望だと加えて、その旨をお伝え致しますね」
「服とかどうしましょうか?」
「ゾビアス商店にご相談下さい。パーティマナーに関しては一切期待も望みもしておりませんのでご安心を」
「いえ、ご期待に沿わせて頂きますっ!」
「ふふふ。では、期待致しますね」
……鬼が笑った……。
これはおかしいですよ……。私の化粧をした美貌に惑わされているのではないでしょうか。
「そうそう、メリナさん。エルバ部長とのお約束、覚えておられますよね?」
何か有りましたか?
「……」
私は沈黙です。
「ラナイ村から帰って来られたときに、『いつでも来て良い』とエルバ部長が仰っておられたでしょう」
すっかり忘れておりました。
魔族が獣人になるとか、そんなお話で、聖竜様がエルバ部長に聞けば良いと言ってくれたのです。
迂闊でした、私! 聖竜様のアドバイスを無視しているなんて!!
これは、私の命で償わないといけません。ただ、死んで詫びるだけでは足りないのです。是非、聖竜様のお側で一生、私の命の灯火が消えるまで仕えないといけませんね。うふふ、楽しそうです。
「今の言葉で笑顔になられるのか理解不能ですが、お止めくださいね。非常に気持ち悪いですよ」
アデリーナ様は立ち上がって扉を開き、退出を許して頂きました。有り難いことです。




