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複雑な乙女心

 私は自発的に地面に寝転びました。致し方なかったのです。



 そうしていると、しばらく様子を見ていたアシュリンさんが私に回復魔法を掛けてくれました。それから、自分の怪我も魔法で治していました。

 アシュリンさんの折れた腕も治ったのですが、元に戻っていく光景は少し気持ち悪い物だという事も知りました。関節のない所が動くなんて余り見ないから、認識が追い付かないのでしょうね。



「私の勝ちだなっ!」


「本気で思っておられるんですか? 最後、私の良いのが入ったじゃないですか」


 そう勝ってました。


「あぁ!? 貴様、背が地面に着いているだろっ!」


「こ、これは端たない格好を見せられなかったからです。勝負には負けた可能性もありますが、実質的には勝ってましたっ!」


「ガハハハ! メリナ、自分で股を確認してみろっ!」


 言われなくても確認しますよ。寮にどうやって戻ろうか思案しているのです。部署の小屋に裁縫道具あったかな。




 なっ! 破けてないっ!!


 私は驚愕してアシュリンを見る。


「敵の言葉に踊らされるとはまだまだ未熟者だっ!」


 くぅぅぅ、悔しいですっ!!

 続けていたら完勝だったのにぃい!


「アシュリンさんは、そこまでして勝ちたいのですか!?」


「貴様は勝ちたくないのかっ!?」


 何としてでも勝ちたいです!!


「情けないですよ! そもそも魔法有りなら私が圧勝するんですよ?」


 ちらりと、私の方が上だと主張しておきましょう。




「負けは負けだ。認めろ、メリナっ!」


 いいえ。私は負けておりません。


「よく見てください、アシュリンさん。私の背に何か見えませんか?」


「巫女服だなっ! 私が着ていた物だっ!」


 そうです。アシュリンさんが無駄に破り捨てた巫女服の上に、私は倒れているのです。つまり、背は地面に着いておりません! 土で汚れておりません!


「今回は仕方有りませんね。強いて言うならば、引き分けです」


「布があっても、ほぼ地面だ!」


 私はそんな解釈は許しませんよ。無理でも通します。落ちた布の上ですっ!


「しかし、引き分けで良かろう。貴様への罰も与えたしな。その巫女服はお前のだ。持って返れ」


 よしっ! 私は負けてないです。




「こんなボロ切れ要りませんよ。アシュリンさんの物でしょ? ご自分で処分なさって下さい」


 私は立ち上がって、枯れ葉とかをパンパン払いながら言う。


「いや、それはお前の物だっ! 昨日、総務から届いた」


 届いた? そんな訳ないでしょ。一日、私も小屋にいましたもの。


 あっ、私が早帰りした後か。えっ、と言うことは…………。



「私に支給された巫女服って事……ですか?」


 アシュリンが黙って首肯く。


「…………私の巫女服を先に着て、更にビリビリに破って捨てたと言うことですか?」


「見てただろ?」


 ひ、ひど。極悪非道です。


「な、何故ですか!?」


「上官に逆らった罰に決まっているっ!」



 怒りが込み上げてきます。


「勝負はまだ着いていませんよね。アシュリン、勝負です! 私に一度も着られる事もなく世を去った、哀れな巫女服の無念を晴らさせて頂き――」


「ぬんっ!」


 グボッ!!


 私が喋っている最中なのに、アシュリンは胸を殴って来ました!!

 油断していました。かなりの失態です。



 息苦しさを我慢しつつ、私は右腕を振りかぶる。さっき、アシュリンに治して貰ったばかりですので、もう使用できます。ありがとうございます。こいつでぶん殴らせて頂きますっ!!



 でも、すぐにアシュリンの右パンチが飛んでくるのが見えました。そこまでは確認できたけど、避けきれるスピードじゃないっ!



 私は歯を食い縛る。それから、全身を固く強張らせます。

 程なく頬から首へ衝撃が伝わる。固い石でさえ破壊するアシュリンの腕力、それが私を襲いました。



 歯が欠けた感触がしました。

 が、私は全力で足を踏ん張るし、首の筋肉も全開で頭を揺らすことを許しません。


 お母さんは気力と呼んでいましたが、体内の魔力で以て、骨肉と皮膚を強化して防御するのです。無意識でも作用しているのか、気力の多い人間は堅くて、初日に殴った時からアシュリンが相当に強いことは分かっていました。

 それを意識的に使います。魔族フロンが使った外殻の人間版。そんな物でしょうね。


 少なくとも、石コロなんかよりも私は堅いっ!!


 ここまで一瞬です。轟音を唸らせながら、アシュリンの右は、まだ私の頬を打ったばかりです。



 アシュリンは私にぶち当てた腕を伸ばして、更にダメージを加えようとします。

 させるかっ!


「ぅらっ!!」


 私はそんな彼女の頬を殴る。

 カウンターなんて呼べるものじゃない。アシュリンのパンチの衝撃に耐えた後に、近付いた奴の顔を殴ったのみ。


 つまり、ただの耐久戦に入っただけです。


 アシュリンもそれを理解したのでしょう。



 奴の左が私を襲う。それを受けても倒れませんよ、私は。受けきった私は、同じく左をアシュリンの顔に放つ。

 順番に殴り合いましょう。そういう暗黙のルールが、今、出来ました。


 しばらく森に重い音が何発も響き続けた事でしょう。




「もう良いだろ。引き分けだっ!」


 私は黙って首肯く。それから、折れた歯をペッと吐き出した。折れた直後に吐き出したかったけど、アシュリンに弱味を見せたくなかったから、今のタイミングです。


 そもそも折れたのもアシュリンのパンチが原因でなく、私が噛み締め過ぎたからだと思いますし。



 再び回復魔法を掛けてもらい、私の歯が生えてきた。


「ずるいですっ! 私の背が低いから、アシュリンさんの方がダメージ受けてないです! だから、引き分けじゃないですっ!!」


 主張はする。体格も含めて強さだなんて、当然過ぎる話で、そこは分かっていますが少しでも悪足掻きしますっ!


「なら、貴様の負けか?」


「バカですか? それでも耐えきった私の優勢勝ちです!」



 アシュリンさんは頭を掻きながら答える。


「分かったよ。魔法有りなら貴様の方に分があるっ! これで良いだろ」


 …………んー、嬉しくないっ!


 何て言うか、アシュリンさんにそう言われてみると、別に勝敗なんかどうでも良くなりました。張り合ってくれる人じゃないと、心が燃えないというか、対抗心が芽生えないというか。

 複雑な乙女心みたいなものでしょうか。


「貴様の巫女服を破り捨てたっ! それで、私の心は晴れている」


 クソがっ!!

 嫌なことを思い出させてくれましたね。



 アシュリンは、そのまま猛スピードで去っていきました。帰ったのでしょう。

 私も小屋に戻り、いつもより遅い掃除と洗濯に取り掛かったのでした。

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