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白い粉

 今日はアシュリンさんが覚えていれば、決闘の日です。幸先よく、私のパンツローテションとしても勝負パンツのアデリーナ様からの支給品です。

 いざと言う時に穿く物です。これは偶然、いえ、必勝に繋がる必然です。



 ということで、私はトイレでお着替えの日でもありました。

 ……聖竜様との毎朝恒例の会話もトイレでした。……もう見られてしまったかな、うふふ。




「メリナ、昨日からずっとその袋の中を触っていない?」


 マリールが部屋に戻ってきた私に言います。


「えぇ、大変気持ちが良いのですよ、この粉」


 私の言葉にマリールはとても驚かれました。顔が引きつっておられます。


「…………ヤバいヤツ?」


 それはあなたでしょ。



「いえ。マリールもどう? あっ、シェラにもお渡ししましょうか。多くは無理ですが」


「あら、頂けるなら受け取りますよ。有難う御座います、メリナ」


 私は一摘みの粉体を彼女の手のひらに置きます。で、シェラは興味深そうに指に挟みます。


「まぁ、スベスベね」


 でしょ、でしょ!



「メリナ! おかしい、おかしいと思っていたら、あなた、そんなものを常習していたの!?」


 大きな声でマリールが叫びます。

 どう勘違いしているのか存じ上げませんが、勘弁して頂きたいです。

 この新人寮に住まう鬼、白薔薇の耳に入ってしまいます。要らぬお叱りをまた受けてしまうと、私の直感が言うのです。



「マリール、これは違いますわ。あなたがお思いの物では無さそうです」


 粉をハンカチに包んでから、シェラがマリールに言います。ハンカチも粉も両方とも勿体無いですと、私は思いました。


「これは白粉の原料の一つですね、メリナ」


 おぉ、素晴らしいですよっ!

 ご貴族様にお認め頂けました!! やはり、化粧に使えるくらいの物でしたか!?


 私は感動に打ちのめされるのです。



「……そうなの? てっきり、キマっちゃう粉かと思ったよ」


 きまる? 何でしょう。綺麗になって、顔が決まる的な表現ですかね。



 マリールにも触ってもらう。


「凄いね。なかなか無い感じ」


 私は何回も首肯く。やはり私は良い仕事をしたのです。


 マリールは手の甲に粉を置いてからベッド脇に行き、そこにあった水差しに指を入れる。そして、その濡れた指で粉を触る。

 何をしているのかしら?


「うーん、ちょっと質は悪いかな」


 ん!? どうしてですか!! 私にケチを付けるのですかっ!


 急いでマリールの手を覗く。

 くすんでいる! ちょっと色が暗くなっているの!!


 何故なのですかっ!


「濡れ色は散乱光が少なくなって、吸収光が見やすいのよ。たぶん、この石は不純物、特に鉄が残っているのね。白粉に使うなら、汗でくすまない様に、もう少し純度の良い石が良かったね」


 良い石だと……マ、マリール…………。簡単に言うわね。

 しかし、薬師処に配属されている片鱗を垣間見せて頂きました。よく分からない単語はスルーさせて頂きます。




「でも、手触りはとても良いわ。なんでだろ。メリナ、その袋、全部貰っていい?」


 欲張りですね。しかし、質が悪いと断言されたものです。私はより優れた物を作るしかありませんね。

 分かりました。それは差し上げましょう。


「どうぞ、全てお渡し致します」


「ありがとう、メリナ! ところで、これはどこで手に入れたの?」


「……自分で破砕しました。石は部長からです」


「どうやってよ?」


「こう、指でボキボキ、ガシガシとです」


 私は石を持っている感じで、やって見せる。


「信じられない怪力ね……」


「まぁ、メリナは流石、聖衣の巫女ね。何でも出来るのですね」


 マリールの言葉には若干ムカ付きましたが、シェラの反応の方がおかしいですね。

 聖とか異名が付く人が石を手で粉砕して良いのでしょうか。どちらかと言うと、覇とか剛とか、そんな意味の異名を持った人の専売特許なのではと思ってしまいました。


 かえって、まさかのマリール、常識人説が浮上しました。



「今日は少しのんびりしてしまいましたね。さあ、朝食に向かいましょう」


 シェラの言葉で、私たちは食堂へ向かいました。




「えっ! 今日は部署の先輩と決闘!?」


 声が大きいです、マリール。しっ、です。

 鬼に聞こえますよ。


「訓練みたいなものでしょうか? 頑張って下さいね」


 いえ、決闘なのです。

 石の粉末は取り返して、且つ、マリールにあげたので、闘う必要はなくなっているのですが、プライドの問題です。


 私はアシュリンさんに勝った事がありません。それは認めましょう。……負けたこともありませんが。


 どちらが強いのか、いえ、純粋に本気で闘ってみたいという気持ちが、実は強いのです。


「えぇ、できればルールを決めてから臨みたいです。ですので、私の気持ち的には訓練かもしれませんね」


「あなたの気持ち的って……。先輩はどう思ってるのよ」


 アシュリンさんの気持ち?

 どうなんでしょう。



「メリナ、うちの兄様を悲しませないでよ」


「はい。どんな手を使ってでも打ち勝ちます」


「違うわよ! あなたの粗暴さが街の人に周知されたら、うちの売上に影響あるでしょ!」


 私は決して粗暴ではないので、大丈夫ですよ。


「安心して下さい。華麗に美しく勝って見せます」


「誰もいないトコで戦ってよ。噂が流れるだけでも痛いんだから」


 うむ、そうなのでしょうね。客商売はイメージが大切だと知っています。


「あなたの広告としての効果、結構いいのよ。まだお得意様にのみ伝えている段階だけど、『聖衣の巫女はうちの服しか着ない』って言うと、買う量が増えているの」


 それは嬉しいです。


「では、是非勝とうと思います」


 私は改めて決意します。

 マリールは頭を抱えました。



 で、食事を食べ終えて、唇をキュッとナプキンで拭かれたシェラが言います。


「メリナ、お怪我をされてはいけませんよ。負けるが勝ちという言葉もあります」


 ありがとうございます。ただ、闘いの前には不吉な話なんではないでしょうか。そんなジンクス的な物は信じませんけどね。


「初撃で仕留めるつもりです。だから、大丈夫ですよ」


 私は朗らかに笑って見せる。

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