身を粉にして
どうするの、マリール。
とても先輩がお怒りよ。
シェラを挟んで向こうに座っているマリールをちらっと確認する。
……涼しい顔。
なんて末恐ろしい子、マリール。
「その魔物駆除殲滅部には私の友達もいるのよ。とてもお優しいのよ」
アシュリンではないわね。私の顔面を殴り付けようとしたし。
「私情は要りません!」
マリール、強いわ。
私なら、とっくに先輩にごめんなさいしてるわね。
「あら、あなた達の喧嘩というか、マリール、あなたの拘りは私情ではないのかしら」
「いえ、違います。世の常識です。身分を弁えないメリナが気持ち悪いだけです」
完全に私情しかないじゃない。
でも先輩が味方に付いてくれたみたいね。
頼もしい限りです。
「スードワット様は『巫女が力を合わせる限り、この地の繁栄を約束しよう』と言われています。あなた方が仲違いされるのは涜聖と受け取らざるを得ません。メリナは改心の意思を示しました。マリールはどうしますか?」
「父に言って、あなたを神殿から追い出します」
そんなに権力があるの、マリールのお父様は。
そして、それを振るうの、娘の我が儘に?
クスッと先輩が軽く笑う。これは悪い笑顔だ。
「それ、いいの? 神殿に喧嘩を売るって言うのね、あなた。いいわよ。やりなさい」
「えぇ、今日にでも」
シェラが慌ててマリールを咎める。
「マリール、ダメよ。軽々しく、そんな事をおっしゃってはダメです」
でも、物ともしないマリールは止まらない。
「いいんです、シェラ。この目の前のバカ者にもゾビアス家の威光を知らせねばなりません」
動揺を隠せないシェラ。
さっき先輩に『これくらい取りなしできなくてどうするの』って言われて頑張ったのね。
今までそんなことした経験ないでしょうに、健気ね。
アワアワしているシェラを先輩は鋭い視線だけで落ち着かせる。
「神殿をお辞めになってから、そういう事にも挑戦されなさいな」
「生意気言うわね! こっちが明日には首にしてあげるわ。実際に首と胴を――」
そこでマリールの口をシェラの手が押さえる。かなり慌てた様子だ。ちょっと異様。
ここまで至ったら、シェラの性格だと『何か御座いました?』的に、どこ吹く風で、とりあえず、この場を乗りきるのかと思っていた。
誤解していたわ、ごめんなさい、シェラ。とても友達思いの、とても良い子だ。私も大切にしよう。
「マリール、この方は王族の方です。王位継承権13位をお持ちです」
更に小声で、でも、皆に聞こえるように言う。
それを聞いて一気に青ざめるマリール。
「あら、シェラさん。それは今は関係有りませんよ。今は」
最後の『今は』がわざとらしい。
将来はどうなのか、非常に気になるじゃない。するかどうかは兎も角、はっきり言った方がマリールの躾に良いんじゃなくて。
「何卒、寛大なご容赦を。マリールはまだ子供です。実家の外を知らないのです」
シェラが真剣な顔で先輩に懇願する。
たぶん、ここまで出来レース。
じゃなければ、シェラはもっと早くに止めに入っていただろうから。
「ほら、メリナも何かおっしゃって」
言いながらシェラが私を見る。
仕方ないわね。マリールを助けてあげるわ。出来レースだけど。
「マリールは口が悪いだけで、心根は真っ直ぐで御座います。今日を反省し、明日からは私たちと共に聖竜様のために身を粉にすることでしょう」
私の返事に先輩は大きく首肯く。満足して頂けたようね。
マリールとは二言、三言しか言葉を交わしてないけど、真っ直ぐなのは間違いないわよ。
「実際に物理的に粉にしても良いんですけどね。マリール、舐めたあなたを育てた家屋や家族もろとも」
……えっ?
良くはないですよ、先輩。
冗談が過ぎます。
ほら、マリールの青白い顔から更に生気がなくなりましたよ。
結局その後も先輩のきついお言葉は続き、私達はくたくたになったまま部屋に戻った。
マリールは足元も覚束無くて、本当に疲労困憊しているわね。心配だわ。




