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充実の一日

 今朝、何人かの巫女を引き連れて歩くエルバ部長を遠目に発見しました。

 私がご挨拶致すと、怖い顔で何やら言われていたようですが、私は化粧品を作るという至急用件が御座いますので、無視です。



 今日も午前中は洗濯です。天気が良いし、風もほんのり吹いていますので、よく乾く事でしょう。

 小屋の裏口にある水場で洗濯板にペチペチ服を打ち付けながら、私は如何に塗って気持ちの良い化粧品を作るべきか考えます。


 昨日の小石を粉砕したものは、ザラザラしている中でも一部の細かい物は滑るような心地よい感じがしました。

 ということで、今日の課題はザラザラした余計な物を取り除く事です。


 畑を作る時に、土を篩に掛けて小石を篩去するようなイメージですね。

 村でやったことがあります。



 服を干し竿の棒に差し込んでから、私は畑にいた巫女さんに篩を持っていないか訊ねました。


 昼から貸してくれると快い返事を頂きます。ありがとうございますっ!


 代わりに何かお礼をしないといけませんね。

 そうですっ! 私が化粧品を作り上げた暁には、彼女にも差し上げましょう!



 アシュリンさんが用意してくれた素朴で粗末な昼飯を食べ終えまして、お茶を飲みながら、彼女の到着を待ちます。


 アシュリンさんは相変わらず書類とにらめっこです。何をされているのでしょう。訊くとやぶ蛇かもしれませんので、観察するだけですが。

 そんな事をせずに、森にでも魔物を殲滅、駆除しに行かれれば宜しいですのに。



 ドアがノックされました。


「お持ちしましたよ、メリナさん」


 おぉ、同士よ!!


「ありがとうございますっ! また何かお礼をさせて下さい」


 私は彼女が抱えている何種類かを重ねた篩を受け取ります。とても大きいです。腕を回しても一回りしませんよ。

 おぉ、随分と重いです。非力そうな彼女では辛かったのではないでしょうか。


「どこにお返しすれば宜しいでしょうか?」


「畑の脇にでも置いて頂戴」


 このメリナ、感謝の念に絶えません。

 深くお辞儀を致します。



「貴様っ! 今日は何をするつもりだっ!」


 畑の巫女さんが去ってから、すぐにアシュリンさんがお尋ねになられました。


「これを見て、お分かりになりませんか?」


 私は丸い木枠で縁取りされた篩を見せる。とても使い込まれていて黒くなっています。金網は破れてなさそうですね。



「……何だ、それは? 新手の投げ武器かっ!?」


 何たる、何たる不幸な方なんでしょう。全ての脳みそを戦闘に割り振っておられるのですか?


「土を分けるものです」


「土だとっ!? 工兵でも目指すのかっ!?」

 

 バカですね。

 私は竜の巫女の見習いなのです。そんなものを目指すなら、最初から軍を志願しますよ。

 しかし、面倒なので黙らせましょう。


「えぇ、オロ部長の様に私は地の下を進む道を作ろうかと思います」


「つまり、その訓練を今から行うのだな」


 うっ、黙りなさい。突っ込んで来てはダメで御座いますよ。ボロが出ますっ!



 私は黙って篩に視線を遣る。

 篩の目が粗いか……。私の目的とする大きさには不向きです。


 はっ、しまったっ!!

 小麦の製粉に用いる篩を入手する必要があったか。石だからどうしても開拓用の篩でという固定観念があったのです。


 こうなれば、仕方が有りませんっ!



「やっぱり戦場での炊事係も必要で御座いますね。アシュリンさん、小麦粉を振り分ける篩を用意してください」


「な、何を言っているんだ!?」


「よく考えれば、うちにはオロ部長という優れた工兵がいらっしゃいました。戦闘はアシュリンさんにお任せすれば良いですので、私は雑務を担当致します。つまり、十分な質と量の食事を作れる様に常日頃から訓練したいと、今、思いました」


「ラナイ村で用意したみたいな、草とキノコ、ドングリで十分だ」


 えぇ、そうですね。十分です。

 しかし、私は目の細かい篩が欲しいのです。


「ダメです。我々だけであればそれで良いのですが、例えば、戦場でパンを食べたくなったらどうするのですか? 私に製粉技術があれば、その辺の雑草から、いつでもパンを作ることが出来るのですっ!」


 どんな例えかは知りません。草の種をそのまま食べればいいでしょ、とか思いますね。


「アデリーナの我が儘か……」


 おぉ、変な勘違いをしましたね。


「そうです」


 私はにんまり答えます。即答ですっ!


「勝手に神殿から出るなよ。私が買ってくるっ!」


 そう言うとアシュリンさんは強風のように扉をガタンと開けて出ていきました。

 それなら化粧品を買ってきて貰えば良かったと思いましたが、後の祭りです。アシュリンさんはもう姿が小さくなっております。




 私は取り敢えず皮袋に保管しておいた昨日の礫を、お借りした中で最も目の細かい篩に通します。すんなり通りましたね。でも、ザラザラ感は残ったままです。



 再び暇となりましたので、新しい石を拾いましょう。


 篩を外に出して、畑の端に置き、手頃な石を探します。

 でも、白い石は取り尽くしたのか、とても少なくて困ります。


 そうだ!!

 こういう時にこそ、オロ部長ですよ。

 土の中に住まわれているから、石にも詳しいですよ、きっと。



 私はオロ部長の穴へと向かいます。一度アデリーナ様に連れていって貰ったので分かります。


 で、穴を塞いでいる木の板を叩きました。



 出て来られました。変わらず、立派な大蛇の格好ですね。


「お久しぶりです」


 私の言葉に彼女は頷かれました。

 部長はお優しいので、正直にお話ししましょう。


「化粧品が作りたいのです。お顔とかに塗る、白い粉を。部長、良い石をご存じありませんか?」


 部長は一回穴に戻ってから、石とメモを私にくれました。


″こんな石かしら? それなら、もう少し用意できるよ″


 白っぽいスベスベの石でした。この感触は私が拾った物にはない奴です。それに、微妙な艶感もあります。

 流石、オロ部長ですっ! アシュリンとは全く違って頼りになります。


 私が礼を言うと、


″分かりました。ご用意致します。私の筆記用で揃えております。今晩、部署の小屋に運んでおきますね″


 と紙を下さいました。


 筆記用ですか?

 なるほど、紙に書かない時、いえ、紙が無い時用の石なんですね。




 私は満足して小屋に帰りました。

 そして、夕暮れが来るまでお茶を飲み、寮に戻ります。

 今日はここ数日の中で最も働いた気分となっております。充実しております。

オロ部長が渡されたのは、蝋石の設定です。

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