淑女の嗜み
昨日の話は衝撃的でした。
まさか、アシュリンさんが完全なる蝶だったとは思いませんでした。ルッカさん的に言うならば、パーフェクトバタフライです。カッコいい響きです。
私は四角い木製机に向かって洗濯物を畳みながら、そんな事を思っていました
「アシュリンさん、全部終わりました」
変わらず事務机で仕事をされているっぽいアシュリンさんに声を掛けます。
でも、手を止めることもなく無視されました。
いつもの事なので、特に何も思いません。
暇です。
ここ最近の私の業務は洗濯、掃除とアシュリンさんにお茶を汲むくらいです。
ですが、自らを磨くチャンスの時間でもあるのです。
淑女の嗜み、それは化粧ですっ!
以前に香水をシェラに頂きましたが、そうではなくて、頬紅とか口紅とかアイシャドウとかです。
あれの使い方を勉強致しましょう。
しかし、問題はその化粧アイテムを持っていない事なんですよね。どこで売っているのかさえ分からないというか、私、アデリーナ様の「神殿のお外に出てはいけませんよ指令」を守っているのです。
買いに行けません。
ということで、私は自作することにしました。白い粉とかをパフやハケでお顔に塗るのが基本ですよね。
まずは白い粉を作ることです。……そういえば、アデリーナ様に頂いたパンに乗っていた白い粉、甘くて美味しかったなぁ。王家の人はいつもあんなものを食べているのでしょうか。
いえ、まずは忘れましょう。塗るための白い粉作りに専念しましょう。
私は洗濯の合間に、なるべく白い石を拾いました。殲滅部の小屋横の畑にいつもいらっしゃる巫女さんも手伝ってくれて、嬉しかったです。
私はお外に置いていた篭を机の上にドシンと置きます。その中に大小の石が入っているのです。
「メリナ、貴様、何をしようとしているっ!?」
目敏いアシュリンさんが訊いてきました。
私は正直に答えます。
「自己研鑽の一環です」
「……ふむ、石を抱えての走り込みか。気合いを入れて臨むが良い」
ダメですね、アシュリンさん。あなたは愚か者です。腕力と脚力で全てを解決できると考えているバカ者で御座います。
私は指先に小石を摘み、親指と人差し指に力を込める。
ぐっ、なかなかに固いわね。
……小石の分際で、私を舐めるなっ!!
粉砕できました。机の上に欠片や粉がバラバラとこぼれます。ちょっと指先が痛いです。
「ほう。貫手の訓練か……。珍しい方法だな」
あくまで、そちら方向に取るのですね。いいでしょう。あなたはそう思っているが宜しい。
私は違う石を取る。今度のは少し大きいですね。
私はそれを包む感じで握りました。ゴツゴツしていて、少し手に刺さる感じがします。
しかし、私はそれを握り潰さなくてはいけません。
ちっ、これも固いわ。なかなかに腕が鳴ります。
名も無き石コロが、この私に勝てると思うなっ!! 死ねぇー!!!
「……ぐ、ぐぐ、ググオオオォ」
体が力み過ぎて、変な音が喉から出てきました。でも、大丈夫です。ここにはアシュリンさんしかいませんから。気兼ねすべき人はいません。
私は石を粉々に割りました。ですが、残念です。粉末になったものは少なくて、破片ばかりです。先程の石とは割れ方が異なります。
石の種類に寄るのでしょうか。そんな感じがします。手触りとか見た目も違いますものね。
「面白そうだ。私にもさせろっ!」
むしろ、全て粉々にしてやって下さい。私の目的は粉を集めることですので。
私は先ほど握りつぶしたのと同じ色の石を渡します。固いので、先輩にお任せしたいのです。それに、サイズは私の拳程度でありますから。
アシュリンさんは、私が渡したそれを真上に放り投げ、自分の胸くらいに落下してきたところで、両腕の掌を突き合わせて猛烈な勢いで挟みます。
グォンと凄い音がしました。
おぉ、パラパラとアシュリンさんの合わせた手から埃みたいな白い粉がはみ出して来ますよ。
魔物の頭でも粉砕できますね!
放り投げる必要はなかったと思いますが。それは、私に対するパフォーマンスですか。
「なかなかやりますね」
「ふん、私が貴様の後塵を拝むなどあり得ぬっ!」
言うではないですか、アシュリン。
「外に出ましょう。ここでは、室内が汚れてしまいます」
埃はたきと床掃除は私の仕事ですので。
「いいだろう。貴様に勝ち目はないがなっ!」
ほう。その勝負、受けて立ちますよ!
私の華麗な妙技、目に涙を浮かべながら拝見なさいっ!!
外に出た私は、拳大の石を手に取る。もはや、小石ではないです。只の石です。
それを地面に置いて………………痛打っ! 痛打っ! 痛打っ! 最後にもう一度……痛打っ!
事前に氷の壁を土の上に張らせていたので、めり込む事は有りません。魔法? そんなものは今は関係ありません。
石は粉々になりました。これまでで一番粉々です。若干、私の血が混ざっているのですが、それも関係有りませんっ!
「どうでしょう? 見事に粉砕致しました。アシュリンさんが作られた瓦礫との違い、分かりますか?」
「ふん、私の番だっ!」
アシュリンさんは篭を引っ掻き回して、石を探します。
ふふふ、無駄な事です。私が先ほど潰した石よりも大きいものは拾っておりません。
「見ているが良いっ!」
アシュリンさんは私が出した氷の上に、篭の中をひっくり返す。
折角細かくした私の石が埋もれました。
『我は願い乞う。縁深き、青き山。住まる雲雀は確たる間戸を踏まんとす。瓔珞の千慮を望みて、届かぬは有涯の退紅。遥かなる玉水の落ちる調べを弦月に乗せんとす』
アシュリンさんの腕が黄色く輝く。
魔法で強化した!?
で、そのまま、石の山へ突き落とす!
凄い衝撃で舞った砂埃が私達を覆います。
で、消えた後には、大きな穴が地面に出来ておりました。
「どうだっ!? 跡形もなく石を潰してやったぞっ!」
ほほう、挑戦的な物言いですね。それさえも、私は受けて立とうではありませんか。
「アシュリンさんこそ、刮目下さい。」
私は道に敷いてある石畳から板石を3つほど剥がして、持ってきました。たくさんあるので、少しばかり失敬しても宜しいでしょう。
そして、その平べったいのを重ねる。
「一撃にて割って見せましょう」
私は気合いを貯めてから、拳を降り下ろす。見定めた一点を目掛けてっ!
くくく、ばらっばらっにしてやりました。
「ふん、私はもっと大きいものを穿ってやろうっ!」
アシュリンさんはまだ負けをお認めにならないのですね。
一日が石を割る訓練で終わりました。
私はギリギリ思い出せたので、本来の目的である石の粉をいっぱい皮袋に入れました。
試しに手の甲に塗ったのですが、ザラザラして気持ちの良いものではありませんです。
続きはまた明日にしましょう。




