万能ではないの
今は昼時を少し越えたくらいの時間でしょうか。
しかし、私たちは木々に囲まれた所に転送されまして、相変わらず多い参拝客の方々に見られる事はありませんでした。
で、またアデリーナ様のお部屋に戻りました。
一つのグラスが床に転がっていて、赤い液体が溢れていました。勿体無いです。お酒です。
アデリーナ様は腰を屈めて、自ら処理なさいました。もちろん、私も手伝いましたよ。お酒は飲めるほどは回収できませんでした……。誰もいなければ、雑巾を絞って滴を口に入れたかったです。
ソファに座ります。ほんのり部屋にお酒の匂いが残っていて気持ち良いです。
「全くメリナさんは突拍子も御座いませんね」
うふふ。無視です。
「でも、知りたいことは聞けました」
「ねぇ、アデリーナさんだったかな。二人で話したいのだけど。私、シリアス」
「魔族と二人きりになるのは、少々後悔したことが御座いますので、メリナさんをお付け下さい。彼女はこう見えて明晰ですが、恐らくはあなたの話に興味を持たないでしょう。ご安心ください」
それを受けてルッカさんが私を見る。
「巫女さん。スードワット様には私から、あなたが良い子だと伝えておくから、今から言うことは秘密にしてもらえる? シークレットよ」
「……話に依ります」
スードワット様に関わる良からぬ事であれば、このメリナ、許しませんよ。
「またスードワット様の所に連れていってあげるから。今日は無理でも、力が貯まった来月とかなら」
おぉ、素晴らしいです。
しかし、私は欲深いのかもしれません。
「私の血を吸えば、すぐに魔力が回復しませんか?」
「私、吸血鬼なの。伝承とかで聞いたことあるでしょ。操られるとか。簡単に血を差し出すのはどうかと思うよ、クレイジー。……転移するには、他からの魔力もいるのよ。じゃ、秘密にしてね。あと、私を怒らないでね」
吸血鬼云々は聞いたことがありますが、最早遅いでしょう。たっぷり吸われております。
それにしても、残念です。聖竜様の元に再び行けるのはだいぶ先になりそうですね。
私の表情から了解だということを察せられたのか、ルッカさんはアデリーナ様に向き直す。
「スードワット様は万能ではないの。今は、お困りだと思う」
スードワット様を貶すのですかっ!
しかし、先の約束があります。怒らないでと言われました。なので、私は堪える。
「万能というか、無の、いえ、あなたが言わんとする事とご心配の事は分かりました」
「本当に?」
「えぇ。シャールの地の魔力を調整されているのがスードワット様。シャールの民に魔法使いを増やすために多目にその『地の魔力』を設定されている。でも、獣人の出生率は抑制しているから、人間で吸収できなかった魔力のせいで、魔族が増えている」
「その通りよ。インクレジブル」
何やら会話が続けておりますが、スードワット様が万能でないですって!! 怒りが爆発しそうです。
私の身が震えているのを見たルッカが慌てて言います。
「巫女さん、誤解しないでね。私はスードワット様の使徒。敵ではないの。今度行くときは、あなたとスードワット様だけのお時間を作るね」
私をそんなもので釣れるとでも思っているのですかっ!
いいでしょう! 釣られてやりますっ! 何せ、二人の時間ですものね。楽しみで御座いますっ!! 私という者がよくお分かりです、ルッカさん!
「私からも一つ確認宜しいですか?」
アデリーナ様が訊く。ルッカさんが答える前に次の言葉を紡ぐ。
「聖竜様は地上の人間に、何故、人語で語り掛けないのですか? 非効率でしょう」
「空気を震わせる魔法を遠隔で使えないからね」
「つまり、他の得意とする魔法で巫女にだけ伝えていると?」
「それだけでも凄いこと。グレート」
ですね。どれだけの距離で発動させているのでしょう。人間を遥かに超越した能力ですよ。少なくともシャールからラナイ村までは届いていましたから。
あぁ、あの時の礼を申すのを忘れていましたねぇ。
「ところで、アデリーナさん、私を探しておられたようね」
あっ、そうそう。ルッカさんを仇国の魔族とか訊いてましたね。
「もう結構です。一度、聖竜様のお下に向かいたかったのです。目的は達成致しました」
「……そう。なら、私は自由ね」
「ルッカはメリナさんの使い魔なんで御座いますね。ならば、ここにいても宜しいですよ。部屋も用意致しましょう。念のために、巫女見習いとして私からの推薦状も作成致します」
「知ってるくせに。でも、嬉しいわ。私、ハッピー」
「調査部の書類が揃うのに時間が掛かるのはご了承下さいませ」
「分かったわ。それじゃね。それまで他で過ごすわ。バイバイ」
ふっとルッカさんは消えました。
魔族は嘘吐き。ルッカさんが転移魔法を使ったのを見て、フロンを思い出しました。
信用して良かったのでしょうか。
「メリナさん、お疲れ様でした」
「はい。アデリーナ様もお疲れ様でした」
残された私たちは互いに労います。
「これが聖竜様のお匂いなんですね」
アデリーナ様は自分の袖を嗅がれて言いました。
「メリナさんの靴というか足、相当臭うので御座いますね」
なっ!! そう取りますか!?
「洗って取れるのかしら、これ」
何たる聖竜様と私への侮辱。
「聖衣のアデリーナ様となられては良いではないですか?」
「あなたの二番煎じ? 冗談でも申さないで下さい。それに有り難みが減るでしょう。あれはボロ切れ、ゴミみたいだから、皆に受けたので御座いますよ」
歯に衣着せぬ言いっぷりです。
以前の私が身に付けていた物、全否定ですよ。
「さて、メリナさん、あなたは今から一ヶ月、神殿から出ることを禁じます」
えっ。
「何故ですか?」
「理由は三つ。シャール伯からの暗殺から守るため。民のメリナさんへの信仰を抑えるため。最後、私の言い付けを忘れて飲酒したため」
お酒はアデリーナ様がお出しして、正直に言えば飲んで良いって仰ったのにぃ!!!
ただ、民のところは同意致します。私自身、怖いと思っておりました。
「なお、暗殺についてはそこまで心配していません」
ええ、返り討ちする自信はありますっ!
「聖衣のイベントも終わりにしてもらえますよね?」
「そうでしょうね。十分に稼ぎました。飽きられないようにそろそろ潮時でしょう。私から巫女長にお願いしてみます。来年は他の街からも見物客が来るでしょうねぇ」
昨晩、焼肉を食べまくって、お肌が艶々のオイリーな感じになっております(^^)
美味しかった♪




