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道に落ちている小石

 ホッとされた顔のアデリーナ様が呟きます。


「ねぇ、メリナさん、これ、どうやって帰るのです」


「帰る必要は全く有りません」


「あなたは無くとも私は必要なので御座いますよ」


 そうですね。私も聖竜様との空間にあなたは必要ないかもしれません。


「いつもは聖竜様にお送りして頂けます」


「余りに現実離れし過ぎていて、私の頭の回りが鈍っていますね。以前、確かにメリナさんからその様に聞きましたね」



 私とアデリーナ様が話している隙に、ルッカが聖竜様に近付きました。



「スードワット様、今は聖竜なのね?」


『う、うん。……いや、そうである。何か思う所があ』


「似合ってるわよ。グッドよ」


 聖竜様は少し頭を下げてました。

 二人しか知らない事があるのですね。

 ずるいです。将来の伴侶である私にも知る権利があるのです。


「良くはなっておろうか」


「えぇ」



 アデリーナ様が私より先に切り出す。


「それについて、興味が御座います。お教え頂けませんか? ブラナン家の者として歴史を学んでおきたいのです」


 ルッカさんが優しい目でアデリーナ様を見ます。


「あなたの気持ちは買うけど、他言はしない?」


「えぇ。聖竜様に、いえ、巫女長にでも誓いましょうか」


 巫女長って、誓われても困るでしょうに。


「うふふ。私の事も知っていた様子だったわね。スマートよ、あなたも」




『良かろう。但し、他言無用だ』


 聖竜様は仰いました。


 その昔、今から600年程前の事です。

 シャールは大国ではありませんでしたが、大変に商業で繁栄していたのでした。

 長く安栄な日々が続いており、シャールの守護者である聖竜様は、安心してお眠りになられていたそうです。それまでの100年くらい。

 さすが、聖竜様ですっ! スケールの大きいご睡眠ですっ!


 目覚めても聖竜様の神殿はご健在でした。

ただ、聖竜様のお言葉は当然聞いた事のない巫女さん達だけになっており、聖竜様のご意志は聞いて貰えませんでした。



 そんな状況ですので、聖竜様の声が聞こえる人に話しかけても、神殿に入ってもすぐに辞めさせられるのです。今とシステムが同じであれば、一年間の巫女見習い期間で終わってしまうのですね。


 そんな状況に困った聖竜様は奥の手を使います! シャールに生まれる人の子の獣人化率を上げたのです。



 ん? 獣人化率って何でしょうか。

 私、引っ掛かりましたが、聖竜様の為さった事ですからスルーです。



 でも、アデリーナ様は不躾にもお尋ねされました。


「聖竜様、畏れ多いですが、稀に誕生する獣人の出現率を操れるので御座いますか?」


『ブラナンの関係者が知らぬはずがなかろう』


 アデリーナ様は黙っています。ルッカさんもちらっとアデリーナ様を見られました。

 アデリーナ様は続く言葉をお待ちの様でした。知りたいことは別に有ったのかな。



 たまに生まれる獣人と呼ばれる子供達。全身が蛇のオロ部長は極端だけど、ニラさんみたいに体の一部が獣の部位を持って生まれてくるのよね。

 人間の子よりも成長が早いけど、その分、十分な知識がないまま大人になってしまうと本で読んだことがあります。村には成長した子がいなかったから、知らないけども。


 オロ部長みたいに立派な大人になれる人もいるけど、大概は生まれても歓迎されません。私の村では森に還されるのです。


 子の誕生を心待ちにしていた夫婦も悲しみに暮れる、そんな存在。


 彼らが生まれてくる確率を操作できるのなら、確率をゼロとすれば良いのでしょうかね。でも、聖竜様はされていないのです。

 獣人を助けろと私に言いながら、獣人の誕生を止めないのです。疑問は持ちません。私は聖竜様を信じます。



『獣人として生まれた者には申し訳なく思っておる。だからこそ、我は巫女には獣人の保護を頼むこととしている』


「……人間しか生まれないようにすると、魔法を使えるものがいなくなるわけですね」


 アデリーナ様がそう言った。


『よく存じておるな』


「私もブラナンの血を引く者ですから」




 聖竜様の奥の手によって、シャールでは獣人の子供が生まれることが多くなりました。ニラさんみたいに耳程度ならむしろ幸せでして、頭が狼だとか、下半身が蜥蜴だとか。

 虫で生まれる赤ん坊もいたらしいです。いえ、虫の場合は特殊で、ある時点で蛹になって体の一部が虫になるのです。

 もちろん、彼らは魔物として処分されます。


 そうこうしている内に、シャールは衰退していきます。幾ら聖竜様の神殿があるとは言え、そんな場所に誰も住みたくないですものね。そう、シャール以外の街は普通の状態だったのです。

 人々はシャールを呪われた街として危険視するようになり、聖竜様でさえ邪竜と呼ばれるようになるのです。


 でも、商業は衰退したと言えど、シャールが滅ぶことはありませんでした。

 殺されず成長した獣人達の強靭な肉体と豊富な魔力に裏付けされた兵力で、軍事国家として生まれ変わったのです。

 神殿も聖竜様のお声が聞こえる者が巫女長となられました。それが、聖竜様の所に辿り着かれたロルカ様ですね。



「大体、分かりました。ありがとうございます。スードワット様も支配者としての重圧には少々手こずられているのかもしれませんね」


『……ふむ。続けるが良い』


「獣人が生まれる畏れを利用してシャールの地をコントロールしようとしておられると思います。ところが、生まれた獣人に気を遣おうともされていますね」


 聖竜様は耳を傾けられているのか黙っています。


「しかし、聖竜様はあくまで獣人が生まれる事を選択されました。賢い選択だと思います」


 アデリーナ様は続けます。


「人々は道に落ちている小石の様なもの。気に入れば磨いても良し、しかし、忘れれば区別が付かなくなる。棄てても心は痛まない。そんな価値しか見い出せない。見い出す必要もない。むしろ、目を曇らせます」


『……そ、そこまでではないかなぁ……』


「いえ、それで良いのです。手段を選ぶ必要はありません。目標を達成する事が全てで御座いますよ」


 にっこりアデリーナ様、再び。

 トンでもない事を口にしてますよ。正しく独裁者の鑑みたいな発想です。



 私は聖竜様にどう思われているのでしょう。きっと特別ですよね。金剛石とか黄金とかですよ。


 アデリーナ様には小石と思われているんでしょうが。



「因みに、獣人が生まれ難くなるように設定したら、どうなりますか?」


『知っておろうに。軍事力が落ちて、お主の国タブラナルの傘下となった』


 あっ、今の状態ですね。



「どうやって、その獣人が生まれるかどうかの調整をするので御座いますか?」


「それは言えないわ。私も教えてもらってないもの」


「とても残念で御座います」


『その点は諦めるが良い。我と事を構える事となる。即ち、お主の友であるメリナとも闘うことになろう』


 ……アデリーナ様とですか。

 んー、殺りにくいですね。恐らくはアシュリンさんも敵に回りますしね。両方と同時に対峙するのは避けたい所です。


「うふふ、まさか。メリナさんとも仲良くやって行きたいと考えていますよ」



 それにしても、アデリーナ様ばかり、聖竜様とお話されてズルいです。私も参加します。



 でも何を話題にしましょうか。

 そうだ! 私の手にはアデリーナ様の部屋で貰ったパンの白い粉が付いているはずですっ! 


 ペロッと自分の指先を確かめる。


 うん、甘いわ!


 巫女長フローレンス様が、聖竜様は甘いものがお好きと仰られていました。量はとても少ないですが、これを話題と致しましょう。



「そうで御座いますか。獣人化率の最適値はまだ検討中ですか。長年のご苦労、誠に人の身では想像も付かない程のもので御座いましょう。外的要因での振れが――」


 アデリーナ様がお喋り中ですが、割り込ませて貰います。



「聖竜様、私の指をお舐め下さい」


 一気に皆の視線を集めましたよ。アデリーナ様が怒気の籠った目から諦めた表情をされました。

 そうでしょう。小賢いあなただから、お気付きでしょう。

 あなたが得意の話術で聖竜様を籠絡しようとしていると私が勘付いた事に。


 偉大なる聖竜様の心を射止めるのは私です。いえ、心臓をぶち抜くという物理的な意味では御座いませんよ。


『えっ、なんで……?』


 聖竜様のご興味も頂きましたっ!



「とても甘いのです。ある場所で付着した白い粉が凄く甘いです」


 絶対にアデリーナ様から貰ったとは言いませんことよ。


 その言葉に聖竜様が大きな爪をした前足、いえ失礼しました、何でも蹂躙できそうな腕で、私に近付けとジェスチャーします。



『うわっ。凄い……甘い』


 チロッと舌で私の指をお舐めになられた聖竜様はしばらく動きを止められました。

 ざらっとした聖竜様のお舌、私も満足です。聖竜様のお顔もすぐ側にありますしね。


 そして、私は自分の指を舐める。

 きゃっ! 間接的ですが、聖竜様と口付けです。



 聖竜様と視線を合わせて、スマイルを作ります。これでイチコロでしょう。私、それなりに綺麗、いえ、捨てたものではないと考えていますもの。巫女アイドル、ちょっとだけ鏡の前で考慮しましたもの。



『……あっ、威厳……』


 何やらバツが悪そうに呟かれた後、聖竜様の尻尾が振られるのが見えました。


 で、私たちは神殿の中庭の外れに立っていました。聖竜様に転送して頂いたようです。

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