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釈放

「では、法に則って、このメリナさんを釈放して頂く手続きを取りましょうね」


 アデリーナ様が切り出す。それにアントンが応えるという形で始まりました。


「それでは、第3街区治安担当官アントンは、シャール伯からの赦免要請を受け、街区での魔法使用、牢破り及び破壊に関する、過去から現時点までの嫌疑及び罪を問うことを留保し、聖衣のメリナをここに釈放する。こちらが、その書面である」


 えっ、こんな簡単にですか……。



「アントン様! ご自分を曲げられたのですか!?」


 コリーが先に言う。アデリーナ様がここにいると言うことは、彼女の意向でもあるというのはコリーも分かっているのだろうに。


「……仕方あるまい。俺の今の仕事は治安維持だ。こいつを釈放するのは癪だが、街の騒ぎを収めるにはこれしかない。簡単に言えば、降参だ」


 アントンもアデリーナ様の前だと言うのに遠慮しませんね。悔しさを隠せなかったのか、それとも考えが浅い奴なのかは、はっきりしません。



「聖衣のメリナが捕らわれていると多くの人々がここを囲み始めたのですよ。一触即発でしたのよ」


 アデリーナ様の言葉にコリーが反論する。


「しかし、巫女アデリーナ様。あれらは私の魔法で眠らせ、鎮圧したと考えています」


「焼け石に水、いえ、火に油でしたわね。その後、大袈裟に言えば激昂した民衆が更に集まったのですよ」


「ということだ、コリー。デュランと違って、ここの民は元気だったな。さすが、シャール伯だ。この活気、頼もしい限りである」


 アントンは嫌味を言ったのでしょう。本拠のデュランであれば抑えられるのに、シャールは庶民の支配に失敗していると言いたいのでしょう。それを失敗と捉える所に彼個人の傲慢さが現れていますね。



「神殿の巫女殿にはご迷惑をお掛けしました。手助け頂き、感謝致します」


 アントンが頭を下げ、それを受けて無言で首肯くアデリーナ様。




「コリー、すまないな。もう少しだけ早く、シャール伯からの要請が届けば、お前が再び牢に出張る必要はなかったんだ。危険を冒させた事、後悔はしている」


「……アントン様、その様なお言葉はお似合いにならないと感じます。ただ、嬉しくは思います」


 コリーは唾を軽く飲み込んでから、続ける。


「私は夢を見ることに致しました。その物にはなれないにしろ、蛾が蝶に近付く事を願い努力します。そこの者の言葉を自分なりに咀嚼した結果です」


「……ふん、不要だ。が、お前がしたいなら好きにしろ。変わらず、俺は家を説得するだけだ」


 二人は見つめ合います……。


 何ですか、これ。雰囲気が一転して、愛でも語り合うような雰囲気ですよ。そういうご関係で御座いましたか。

 ……でも、勤務中でしたよね?

 そして、お下の話ですよね…………。


 恐らくは…………コリーさんは、脱毛魔法を開発することを決断したのですね……。私でさえ、流石にそこまでの思いは無かったのですが。


 それに、何故に私達が前にいる状況で?

 私に聞いて欲しかったのでしょうか。要らぬ情報ですよ。



 アデリーナ様がじっと私を見てきます。

 こっちも何ですか。すっごいプレッシャーを感じるのです。



 部屋の扉がノックされて、前の二人はまた仕事モードの顔になる。


「なんだ? 取り込み中だ」


「留置場及び牢の被害の状況報告を上がりに参りました」


「コリー、対応を頼む」


 コリーが扉の外へ出て、書類を持って戻ってきた。それをアントンが黙って読む。


 苦虫を潰したような顔をしました。

 ……色々破壊しましたからね。しばらく使えないでしょう。




「……クソ。人的被害が出てないじゃないか」


 アントンは私を見て言う。


「誰かを傷付けていたら、その罪でもう一度ぶちこんでやろうと思ったんだけどな」


「それならば、私はどうでしょうか? 最後、倒されたと考えます」


 アントンにコリーが赤毛の頭を下げて見せる。


「コリー。残念であり、幸運でもあるのだが、目に見えるものは無いな」



 アントンは書類をアデリーナ様に出す。王家の人だと分かっているはずなのに、凄く投げ槍な渡し方でした。

 

 それに一瞬だけ目を遣り、アデリーナ様が口を開く。今ので読めたんですか!?


「兵は気絶している者がいても無傷。奴隷売却待ちの囚人に至っては、損傷箇所の回復。却って、商品価値が上がっていますね」


 アデリーナ様が少し笑って続けます。


「噂に聞いていたアントン卿が、素直に伯の要請を飲むのを訝しく思っておりましたよ」


「ふん。刺し違えてでも、重犯罪者を擁護した者と組織を糾弾して、影響力を削ごうとしたんだがな。宗教は好かん」


「メリナさんを再度牢に入れ、抗議する私と神殿、それに街の民を治安担当官への干渉疑いとして捜査。あわよくば、逮捕や巫女長の解任でしょうかね。伯が許さないでしょうが」


 アデリーナ様の問いにはアントンは答えなかった。



「コリー、本当にすまない。ここで俺は終わりだ。俺を忘れて生きてくれ。不敬罪で俺は斬首だ」


「ならば、私も共に不敬を――」



「大丈夫ですよ。罪に問いませんし、不敬でもありません。その程度可愛いものです。ここのメリナさんが私に行なった、数々の事に比べれば、ね」


 お恥ずかしい限りです。



「巫女アデリーナ様、本当に申し訳ありませんでした。このご恩と不忠への詫び、アントン様ともども今後の働きでお返し致します」


 綺麗にまとめてきましたね、コリー。

 しかし、私は言わないといけないのです。



「いえ、アントンは不敬です。聖竜様を侮辱しました」


「何だ、それは? いつ俺が不敬を働いたんだ?」


 惚ける気で御座いますか!

 聖竜様と私を舐めていますねっ!


「アントン様、ここは謝っておくのが得策かと思われます。この娘の戦闘力は私に匹敵します。暴れると面倒です」


 いえ、アンチマジックがなければ、傷一つ負うこと無く、勝ってましたもん! いえ、本気なら現れた瞬間に聖竜様のお力をお借りして火炎魔法を唱えて、灰も残しませんでしたもの。


「ふむ。では、謝ろう。聖竜なる大蜥蜴を侮辱して悪かった。で、羽付きなのか、その蜥蜴は?」


 殺すぞ。



 立ち上がった私の前にアデリーナ様が手を横に出して遮る。


「メリナさんのお怒りはご尤もで御座いますよ。世の機微を学ぶ必要が御座いますね、アントン卿は」


 コリーも参戦する。


「アントン様、その通りです。悪い癖ですよ。信仰するものを貶されて喜ぶ者はおりません。お分かりでしょうに」


「デュランの聖女にしろ何にしろ、純粋に信仰している奴等が気持ち悪いだけなんだが」


「アントン様……」


 困惑の中にも若干の怒気が籠ったような目付きでコリーがアントンを睨んでおります。



「んー、あなたの気持ちも分かるのだけど、巫女さんの気持ちも踏まえてあげてもいいんじゃないかな。聖竜様とお呼びして上げることに何か損でもあるの? それってミステリアス」


 ルッカさんが初めて口を開きました。


「なんだよ、お前。でも、仕方ないな。聖衣のメリナよ、すまなかった。聖竜様と、これからは呼んでやる」


 何を偉そうに。



「呼ばせて頂くです」


「あぁ、そうだな。呼んでやる」


 こいつ!


「無用なトラブルはお避けください、アントン様。メリナ殿、申し訳ありません。アントン様は少々頑固なのですが、私が言って聞かせますのでご容赦願います。聖竜様のご慈悲を何卒お願い致します」


 ……コリーがそこまで言うなら、私も矛を納めた方が良いのでしょうね。



 聖竜様、私の不義をお許し下さい。

 私、アントンを許したくないのですが、コリーの大切な人っぽいのです。下半身のために脱毛魔法を覚えないといけないくらい大事な人なんです。私も耳年増なのでしょうが、その意味は分かります。


 あとでお会いに行きますからね。親愛なる聖竜様、お待ちくださいませ。ワクワクドキドキですね。

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