行かせませんっ!
ここは上へと続く階段です。
戻るべきか、進むべきか。
アントンを断罪しに向かうか、ルッカさんを助けるべきかなんですよね。
無論、迷う必要はないのです。ルッカさんを選びます。
何と言っても聖竜様の所に連れていってくれるお方ですもの。先ほどは完全に盾として申し訳ありませんでした。
それに、コリーにやられっぱなしなのも気分が良くありませんよね。
炎の雲が消え掛けています。
ここがチャンスです。
「ルッカさん、先に行きますっ!」
私は大声で叫ぶ。それから、石で出来た階段を少し昇る。下にいるコリーから見えない程度に。足音も敢えては消さない。
「まぁ、クレイジー! 私は置いてけぼりなのね。非人道的行為よ」
ルッカさん、あなたは人の理の外にいます。大丈夫です。どの口で言っているのですか。
弩の矢をぎっしり刺して歩いているあなたを見たら、万人がそう思いますよ。
ですが、少しばかりは、ほんの少しばかりは心痛みますね……。
「待ちなさい! 行かせませんっ!」
コリーの声も聞こえました。
そうでしょう。その反応は予想通りです。
しかも、今は消失間近とはいえ炎の雲で行く手を妨げられている状況です。焦りも出てきますよね。
冷静なあなたも多少の乱れは発生するでしょう。そこに突け込ませて頂きます。
私はスピードを弱めて氷の魔法を準備します。
コリーさんを戦闘不能に。無理なら殺します。
下にコリーの姿が見えました。私は上に向かって逃げる。
振り返って確認しましたが、かなりの速度ですね、コリー。
ある程度まで来たところで、私は立ち止まる。
『氷、氷、氷の槍。あいつを突き刺すように出て』
コリーが足を出そうとした踏み面に氷を出す。小さいやつですよ。
やっぱり速い。私の予測の先を行きますね。
コリーは私の魔法を読んでいたように瞬間的に足を早めました。残念、刺さらずです。
照明もない階段ですが、先ほど炎の雲も消えた事により感覚的にも暗くなりました。
「逃しませ、キャッ!」
コリーの声は途中で可愛らしい驚きに変わりました。
そして、前のめりで、階段に頭を激突されました。
いえ、階段ではなくて氷でしょうが。
私、階段の一部の段差が無くなるように魔法の氷を出していました。足を進めると滑るように斜面角度はそのままですよ。
氷の槍を避けられることも何となく分かっていました。だから、囮にしたのです。
くくく、暗い所ですから、よく見えなかったでしょうね。
私は近付かずにコリーに言う。……怖いですので。奇襲を受けたくありません。
「降伏して下さい! もう勝敗は着きました」
あれ、身動きしないです……。
打ち所が悪かったのでしょうか。
「気絶してるわね。でも、コブも出来てない。頑丈ね。巫女さんみたいにタフガールよ」
下からやって来たルッカさんがコリーさんに触って確認してくれました。
ありがとうございますっ! 追撃の魔法で仕留めなくて良かったです。
私がほっとした所で、上の扉が開きました。
もう楽勝ですね。
嬉々として、そちらを見ます。
あっ…………。
「お疲れ様です、メリナさん。ご機嫌いかが?」
アデリーナ様だ……。
どうして、こんな所に。
「おい! コリーに何かしていたら、許さんぞっ!」
アントンもいますね。この二人が何故、一緒に?
っていうか、想像もしたくない色々と何かをしているのはあなたでしょ、アントン!
「メリナさん、あなたの処遇が決まりましたのよ。ここでは、何ですから別の場所でお話ししましょう」
優しい口調でアデリーナ様が言う。
「そこのあなたも着いてきなさい。どうせ、メリナさんに巻き込まれたのでしょう」
ルッカさんの事ですね。黙って従います。怖いですので。
私たちはふかふかソファーに座っております。
もちろん、ルッカさんもご一緒でして、その短いスカートでソファーに座ると、とても中が見えてしまいまそうです。
それに気付いたアントンが顔をしかめながら、布を貸していました。
あっ、私、新しい服をアデリーナ様から頂きました。ゾビアス商店からの服でして、古着ではあるのですが、とても肌触りが良くて感激です。肌着、白いシャツ、その上に着る明るい茶色の革製ジャケット。素晴らしいです。
下はズボンでした。スカートでも宜しいのですが、私は蛾ですからね。そんな物を穿いたら生きた心地がしませんよ。
別室で着替えてから、ここにいます。
生まれて初めての靴下も頂きました。とても細い糸で編まれていまして、繊細さが私のようです。……言い過ぎましたね。浮かれすぎです。
パンツは貰いませんでした……。
最早、穿く意味が分からない形状でして、輪っかになった紐に、別の紐がぶら下がっているのです。もちろん、そのぶら下がっていた紐の両端は輪っかに繋がっていまして、そこに足を入れるのだろうとは、後から気付けましたが…………。
…………私、帽子かバンダナ、髪飾りの類だと思ったんです。
で、頭に被って着替え部屋を出たら、即座にアデリーナ様にむしり取られました。
すっごい真剣な顔でしたから、もしや呪念でも込められていたのかと勘違いするところでした。
ルッカさんも後ろを向いて、肩をひくひくさせていました。
恥を掻かされました。
物を知らないというのは怖いですね。危うく、そんな格好で神殿とか歩いてしまうところでした。マリールが見たら、どんな表情をされていたことやら。
コリーさんはあの後に意識を取り戻されまして、少し私と揉めそうになりましたが、アントンの一声で矛を納められました。
で、今はアントンの隣に立っています。
その二人に対してテーブルを挟んで、アデリーナ様と私とルッカさんという配置です。




