対コリーさん
兵隊さんだけでなく、囚人の方からも絶叫が聞こえました。「牢から出してくれー! 化物だー!!」とか、「ギャー! 殺される!!」とか。
下の階でもこれをしたのですね、ルッカさん……。
私は呆れつつ、階段からフロアへと上がる。
もう戦闘は終わっておりまして、兵隊さん達は全員逃げた後でした。仕留められない時は撤退するように命令が下っていたのかもしれません。
若しくは、ルッカさんの余りの化物具合に恐れおののいたのかもしれません。
ルッカさんは一本一本、矢を手で抜いています。血は出ていなくて、抜いた跡は暗い空洞になっているようです。で、その黒い穴がゆっくりと塞がっていきます。
穴が埋まるより矢を抜くスピードの方が早いので、綺麗な整ったお顔には黒い穴がいっぱい出来ている状態です。
頬とか額とか、目の上とか、耳の傍だとか、顎とか、吸い込まれそうなくらいの真っ黒な穴が凄いんです。
ぞわっとしました。何故だか分からないんですけど、本能的に見てはいけない物っぽいです。人外とは正しく、こいつのためにある言葉です。
「ル、ルッカさん。言いにくいのですが、あなたのお顔が、とっても不愉快というか、虫酸が走るというか…………そんな感じでして、そっちの階段の方へ行ってもらえないですか?」
「まぁ、頑張ったのに、何て言い種かしら。ディスガスティングよ」
えぇ、やりすぎではありますが、盾になってもらった引け目は私も感じているのですよ。
ですが、ここ数日間は悪夢が続きそうなお顔をなされているのですよ。ご容赦下さい。
文句を言いながらもルッカさんは私の言葉に従ってくれまして、下の階に繋がる階段に行ってくれました。
一安心です。とても背中がゾワゾワしましたよ。思い出してもゾクゾクします。
さて、ここでも私は脱臭魔法から入ります。余り臭わない階なのですが、それでも黴臭いですからね。
あと、数日前に覚えたばかりの新魔法を使うのは楽しいのです。
で、余り多くはないですが、囚人達に回復魔法を唱えます。見た目も小綺麗な人達が多いですが念のためです。あと、下の階からずっと唱えてきたので、この階だけしないのも気持ち悪いのです。
「あなたですか?」
突然、後ろから声を掛けられて、私は驚く。ルッカさんのおぞましい顔を見たこともあったからでしょう。
でも、この声には聞き覚えがあります。赤毛のコリー。不幸にも豪なる者。……主に体の一部が。
「コリーさん、退いて頂けませんか? あなたとは闘いたくありません」
同じ悩みを持つ者として、あなたとは話し合いたいのですっ!
「自称コッテン村のシェラ。いえ、竜の巫女の見習いメリナ。私は混乱しています。何故、生きているのですか?」
何の事かと思いましたが、あぁ、そうだ。私は吸血鬼ルッカさんに食べられた感じになっていたんでしたっけ。
「最初から生きておりました。全てはあの憎きアントンにお仕置きをするために!」
お仕置き? もっと良い言葉があったでしょうに。天誅とか断罪とか。
お尻ペンペンくらいの勢いになってしまいました。
「何を言っているのか理解はできません。しかし、私の敵であることは分かりました。魔物がメリナに化けている可能性も排除しません」
コリーは腰に差した剣を抜く。細い。突きに特化した剣ですね。
「そんな!? 悲しいではないですか! 私とあなたは語り合える、そして、分かり合えると思いますっ!」
特にパンツ的な所で。
「そうでしょうか。私はあなたと違って、出自に拘わる事に意味はないと考えています。自ら切り開けば良いのです!」
な、なんと。伐採なのですか……。剃るのではないのですか……。
長い針の様な剣を上段にし先をこちらに向けて構えたコリーは、まだ喋る。
「……確かにあなたを牢に入れたのは、法的に正しくとも誤りだったのかもしれません。しかし、アントン様を恨むのは筋違いではないでしょうか?」
コリーさんはもう蛾を克服しているのですかっ!? だから、アントンの話に切り替えたのですか。
私、とても複雑な思いですよ。
「……恨んではないのです。聖竜様を貶した罪を償って頂きたいだけなのです」
「私を倒してから、その意地を張りなさい」
仕方ありません。やるしかありません!
私も足を前後にして拳を軽く前に。重心は後ろ気味にします。
お互いに動きません。
腕を上げたままのコリーさんは最初から迎撃の構えなんだと思います。私が向かうのを待っているのです。
対して、私も間合いを計っています。
リーチは圧倒的に相手が有利。そして、恐らく、彼女は対人戦にもなれた感じです。奇襲などに引っ掛かるような人ではなさそうです。
私は、じりじりと摺り足で前進する。
あの剣の形状からすると初撃さえ躱すことが出来れば、私が負傷することはなさそうですね。剣身に刃がないんですもの。
たぶん、あれは鎧の隙間を突くための剣。もしくは、虫系などの魔物の関節を攻撃するのかもしれません。何にしろ、用途特化した武器でしょう。
ボキッと折ってしまいましょう。
ギリギリまで接近してもコリーは焦れた様子がありませんでした。やはり、私からの攻撃を待っていますね。
剣撃を打ちやすい線軸から外れるように、私は動きを横へと変えます。
片側が壁、反対側が牢の檻という狭い通路ですので、自由に動くことは出来ません。その中での工夫でした。
コリーも私の動きに合わせて足を移動させ向きを調整します。流れる様な滑らかな動きで隙がありません。
ダメだ。剣先がぶれない……。常に私の急所を狙っていますね。
試しに懐に入ってみますか。いえ、バックステップからの突きが来ますね。
氷の槍を出した方が良いのかしら。しかし、下手をしたら殺してしまうかもしれません。
静的な剣士というものは、私にとっては相性が悪いのかな。
私、トリッキーさが特徴と自己分析していますから、冷静に動きを見られると辛いです。
……一旦、下がりましょう。
私はゆっくりと後退する。構えは解きません。
引き際に攻撃されない様に語り掛けることも忘れない。確認したいこともありましたし。
「蛾は蝶となれるのか。コリー様のお答えは頂きました」
刈るんですよね。でも、また伸びます。それでは意味がないのです。
「……そうですか……。私の決意があなたの心を打ったのでしょうか」
少しだけ口を動かしてコリーさんは言いました。しかし、目は私を見据えたまま。
「しかし、蛾だとか蝶だとか、アントン様は両者に変わりはないと考える方です。姿は違えど、どちらも等しく蜜を吸うのですよ。本質は一緒だとの判断でしょう。ご立派な方です」
なっ!? 蝶でも蛾でも、その蜜を吸うですって!!
何たる卑猥な隠語を!! 暗喩にもなっていないではないですかっ!!
コリーさんも戦闘中に何を言い出すのです!! サイテーですよ。
私、とても赤面です!
「そこっ!!」
コリーさんは私の動揺を見逃しませんでした。大きな踏み込みからの突きが繰り出されました。
狙いは首筋だったのでしょうか。
ギリギリで体を捻って急所を外せましたが、左肩を鋭く刺されました。
体を回し過ぎて横を向いてしまった私に対して、コリーさんは更に追い込んで来ます。もう剣を引いて二撃目の用意が出来ているのが目の端に見えました。
狙っているのは左脇からの心臓でしょう。腕ごと貫通させる気だと私は推測しました。
私は敢えて前に出る。体は回したまま。いえ、腰に力を入れて加速させました。
右での裏拳。
これを顔面に叩き込んでやります。
が、外しました。
なかなかに素早いです。私が前に出た瞬間に後ろへ跳んだのですね。
それに、通路が狭くて手が伸ばしきれなかったのも有りますね。
くそ、檻など気にせず破壊してでも、殴ってしまえば良かったわ。
まぁ、良いです。
私は回復魔法で肩の傷を治す。
「その自己治癒能力。やはり、化物の方でしたか」
コリーが呟いた。
そっか、傷が簡単に治ってしまいましたものね。魔法ですよ。
「先ほど、部下達が矢傷を物ともしない化物がいたと叫んでいました」
あぁ、それはルッカさんです。本当の化物です。
「……哀れな少女を喰って、その姿を真似している。記憶も奪った。そんなところだと考えます。王国に仇なす者よ、ここに倒れなさい」
いえ、それ間違ってますよ。
コリーさんは、改めて私に対して殺気を発せられました。




