ホラーです
あれ?
刺した側の兵隊さんの方が焦った顔をされ始めました。
私の違和感も強くなりつつでありまして、胸を深く刺されているくせにルッカさんから血が吹き出さないのです。
もっとブワッとか、ドクドクとか、口や胸から流れて良い感じなのですが。吸血鬼ともなると、人間と違ってくるのでしょうか。
いっそ、そのふくよかな胸が爆発すれば面白いのにとか思ったのは内緒です。
さて、では、彼女が逝ってしまう前にお助けに行きましょう。
私が一歩進めたのと同じタイミングで、向こうにも動きがありました。
突然、ルッカさんが手を伸ばして、抵抗する兵の頭を掴んだのです。
そして、それを自分に近付けます。
兵隊さんは既に剣から手を離しているのですが、ルッカさんが兵隊さんを自分に引き寄せるものだから、その体に押されてブスリブスリとルッカさんに刺さった剣が背中側に進んでいきます。
ホラーです!!
何で、そこでルッカさんが満面の笑みなんですかっ!?
ルッカさんはそのまま、彼の首を咬みました。で、短い悲鳴の後に痙攣を始める兵隊さん。動かなくなってから、彼を捨てるように離します。
牢の中から見ている皆さんが、そのタイミングでより大きい悲鳴をあげました。
確かに、これは皆さん、怖がられますよ。これ、倒れている全員にされたんですか?
ルッカさんが剣を自分で引き抜いて、それも投げ捨てるのですが、血が一滴も出ていません。ほぼ根本まで刺さっていたのに……。
「た、助けて……」
私の足元に一人の男がしがみつきました。
「ご安心下さい。彼女は私の味方です」
その言葉で、私の周りにスペースが出来ました。どれだけ嫌われているんですか、ルッカさん。
「巫女さん、上に進みましょう。ゴー、ゴー」
何事も無かったかの様に言うルッカさん。
私も牢を出ます。
余り気が進まないのですが、聖竜様とお会いするという目的がありますから、必要であれば彼女の治療をしようとも考えていました。
でも、傷がありません。
「痛くないんですか?」
「死なないのよ、私」
本当に不死身なのでしょうか。消し炭にしても命を保たれるのか興味はありますが、止めておきましょう。
聖竜様とお会いした後にですね、私と聖竜様との関係にヒビが入りそうなら考えましょう。
「怖いですね」
「でしょ?」
しかし、実は勉強になりました。ああいう強引な倒し方も有るんですね。
治癒効果が持続するような魔法があれば、私も出来そうではあります。便利そうなので、後日、身に付けましょう。
さてと。次の階に行きたいです。
その前に私はフロア全体に回復魔法を使う。兵隊さんも含めて誰も殺さないようにしないといけませんから。
あと、囚人の方も片耳が削げている人とか、指が欠けている人とか多数いらっしゃいますので治したかったのです。これはきっと罪を犯した印し。
そういう野蛮な事は嫌いです。闘いじゃないのに傷付けるのは私の流儀に合わないです。
いえ……お酒様に魅了された時は仕方ないかもしれませんね……。
「信じられない、アンビリバボーね。何回、そんな高位魔法を無詠唱で唱えるのよ。クレイジー」
ルッカさんだけでなく、自らの体の異変を感じた囚人の方々も驚きを隠しません。
復活した指を曲げたり開いたり、耳を擦ったり、涙に溢れる目を手で覆ったりしています。
「出荷前の、質の悪い奴隷候補達かな」
牢から離れた私にルッカさんが言います。
「どうして分かるんですか?」
私の問いにルッカさんは予想という前提で答えてくれました。
ルッカさんが閉じ込められていた場所は特殊な場所として、先程の拷問室みたいなフロアはどうしようもない悪党が入る所。今の階は、犯罪や借金で奴隷落ちをした人達が競りの前に入る牢。恐らく、上階に行くほど、奴隷候補の質が良くなるんだろうと仰いました。
ちなみに質とは、技術、魔力、器量とか奴隷として求められる能力の事でした。傷とかは魔法で治せますものねぇ。
ん? となると、私、牢としては最上階にいましたから、最高品質の奴隷候補だったんですね! 全然嬉しくないですっ!
「国が奴隷を売るんですか?」
「だね。昔はね。今は知らないよ」
ルッカさんは続ける。
「昔と同じなら、階で奴隷の品質を揃えておくのよ。この階は金貨1枚から5枚、その下の階は銀貨1枚から5枚とかね。仲買人に卸す時に便利なんでしょ。クオリティーコントロールよ」
嫌な情報を聞いてしまいました。まるで商品みたいです。いえ、商品なんでしょうけど、ナタリアとかも国が物みたいに売ったのでしょうか。
それに、権力者がやろうと思えば、誰でも奴隷に落としてしまえる気がするのです。それこそ、聖竜様の裁きが必要になりますよ。
「ルッカさんはいつから入っていたんですか?」
「分からないわね。さっき隠れている時に聞いた100年かもよ。ショッキングね」
「……本当に死なないんですか?」
「死んだ事がないから分からないわ」
それはそうですが、魔族って本当にしぶといものなのですね。フロンを殺す時は徹底的に潰さないといけませんか。
また階段を登ります。
で、奥に扉がありまして、先頭のルッカさんが鍵を入れるのです。
「巫女さん、後ろへ。また来るから」
敵ですね。分かりました。私は三段ほど下がる。
「もう少し後ろが良いわよ」
その言葉を素直に聞きまして、私は更に下がります。
あっ、ルッカさんのパンツ見えそう。そんなにも短いスカートをお履きなんですもの。
私はいけない事だと思いつつも、ルッカさんが蝶なのか蛾なのかを確認したいという欲求に勝てませんでした。
どれ…………。
ん? ……黒い?
もしや、全面的な蛾ですか!?
さすが魔族っ!! 毛深いってレベルじゃありませんよ。
私は目を凝らします。
ぬっ! ……違うっ!!
奴は黒い布なのか!? それではパンツではなく、丈の短いズボンと言って良いのではないですかっ!? 失望です、私っ!!
私が戸惑っている間に、ルッカさんは鍵を回しました。
それから、私の位置を確認した後に扉を開きます。
「射てっ!!」
男性の声がしたと思ったら、弩の矢が降ってきました。いえ、壁に当たって勢いを削がれ、手で払っても痛くないほどのものが落ちてきます。
「各自、装填後、発射っ!」
第二波もありますか。
ドンドン矢は飛んできます。
恐らくは矢が尽きるまで射ち続けられました。
ルッカさんを見ると、全身に矢が針の様に刺さっていました。背中側にいる私から見えるのですから、貫通しまくりです。
頭も、腕も、胴も……。
申し訳ありませんが、気持ち悪いです……。頭だけでも5本以上が突き抜けて刺さっているんですもの。
ルッカさん、それでも生きてるみたいです。
普通の足取りで前に出ました。
兵隊さんの悲鳴が上がります。
えぇ、確認したくありませんが、恐らく前面はもっと矢が刺さっていると思います。そんなものが近付いてくるのですから、恐怖しかありませんよね。
妖怪針女ですよ。
彼女、「盾くらいにはなれる」とは言っていましたが、ここまで盾になりきるとは思っていませんでした。




