次の階へ
さぁ、更に上階へと踵を返したところで、私はふらつきました。
「流石に魔力を使い過ぎよ。ちょっと休んでもいいのよ」
ルッカさんがそう言ってくれました。
「いえ、大丈夫です。私は進まないといけないのです」
「何があなたを駆り立てるのでしょうね。ミステリアス」
いちいち、語尾がうざいです。
この程度で疲労を見せた自分への腹立ちもあって、些細な事でも不快に思うのでしょうが。
「メ、メリナ様。この塔を本当に占拠なさるのですか? 何故に」
「アントンなる不遜な輩に後悔させるためです。また、この哀れで、ご立派な吸血鬼を解放するのです」
「!?」
私の言葉に驚愕する兵隊の皆さん。
ですよね。吸血鬼ですもの。
でも、この化物は聖竜様の所に連れていってくれる大切な人なんです。
「……黙っていればいいのに、バカねぇ。本当にクレイジー」
ルッカさんが後ろでぼやくのが聞こえました。
「事情があるのです。皆様、すみませんが、黙っていて下さいね」
戸惑いを隠せない兵隊さん達でしたが、動きはないようです。良かったです。
アントンへの反発もあるような話でした。遠慮なく発言する上に、外部からの人ですものね。
「本当に休憩無しなのね」
勿論です。時間が掛かるほど、アントン側が有利ですから。それに、早く聖竜様にお会いしたいですので。
「仕方ないわね。次のフロアは私がやりましょう。あなたはここで休んでいなさい。有り難く思ってよ。私、ジェントル」
何がジェントルですか。多分ですけど、これ、あなたに血を上げたのも大分影響していると思いますよ。
私を置いて、彼女は上に行きました。去り際に扉の隙間から、軽く手をヒラヒラされました。
自信がお有りなのですね。分かりました。
お言葉に甘えさせて頂こうかと思います。確かにこの状態では私が足手まといになるやもしれません。
私は見張りの人用と思われる、通路に置かれた簡易の椅子に座ります。
喉が乾いていたので、口の中に水を魔法で作って飲みます。
気付いたら寝てました。
「全く、ここは敵地よ。どれだけ自分の強さを信じているの。サプライズドよ」
ルッカさんに頭を軽く触られて起きました。
牢に入っている兵隊さん達も寝ていて、何事もありません。いえ、他の囚人の方も眠られています。
「仕方ないのかしら。弱っていたのね、あなた。それとも耐性がないの? 私でさえ、弾き飛ばせたのにね」
「何がですか?」
「睡眠誘導の魔法が使われたの。ぐっすりスリーピング」
アンチマジックがある場所なのに?
私は不思議な顔をしていたんでしょう。ルッカさんが教えてくれました。
「あのね、アンチマジックを掛ける時はね、術者の味方は掛からないように調整するの。簡単な方法だと無効化の道具を用意とかね」
そんな事が出来るんだ。お母さんは、そんな事せずに敵味方関係なく封じ込めていたなぁ。
「人間にしては強め。だから、ジョイフルね」
舌舐りされました。唇の外に飛び出ている牙に当たったりしないのでしょうか。
「で、上の階は押さえたのですか?」
「もちろん! オフコース!」
何故に同じことを二回言うのかしら。
上階に入る扉を開くと、まず目に入ったのは大きな一つの牢屋で倒れている数多くの囚人達です。
睡眠魔法で眠らされているのでしょうか。
慎重に扉を抜けると、通路に兵が何人も倒れています。
この階は真っ直ぐな通路と大きな牢しかありません。通路の幅は両腕を伸ばしたくらい。
で、その通路に兵隊が十数人倒れているのです。折り重なる状態です。金属鎧ではなく軽装ですね。
私はルッカさんを見ます。「何をしたのですか?」と目で訊いたのです。
ルッカさんは「何もしてないもん」的に目を斜め上にされました。
「兵隊さん達、苦悶の表情で固まってますよ。殺してないでしょうね?」
私はルッカさんに確認する。
「大丈夫よ。ちょっと血を抜いただけよ。デリシャス」
吸ってんじゃないわよ。
気持ち悪いわね。血であっても人間を食べるって事を簡単に行わないで欲しいです。
一緒にいる私まで変に思われるでしょうに。
とは言え、起きてしまったことは仕方ありませんね。
私は大きな牢の入り口に寄る。
あっ、これ、普通の金属ですよ。私、手で曲げられます。
ふんぬっと力を込めまして柵を曲げます。何ヵ所も。これで、この牢はしばらく使えないでしょう。困るが良いです、アントン!
「ルッカさん、まだ睡眠魔法って効果が発動しているんですか?」
「いえ、睡眠誘導だけだから、最初に一回だけでしょ。魔力の流れが読めないの? ほんとにクレイジー」
「分かる訳ないですよ」
どんな達人なんですか。「うむ、魔力が揺らめいたな。そこかっ」とか、やってみたいです。
「それだけの魔力を持っているのに、不思議な子ね。今は魔法学校で学ばないのかしら。それって、すごくミステリアス」
行ってませんもの。村にはそんな立派なものは御座いません。
私は無視して、牢に入ります。
鼻を突く、立ち込める体臭の強い空気を脱臭魔法で清めてから、一人ずつ頬を叩いて起こすことにしました。
二人目を起こした段階で、そいつがけたたましい悲鳴を上げました。
「ば、化物っ!!」
私では御座いません。牢の外に控える吸血鬼のルッカさんをご覧になっての叫びです。
その声で、次々と囚人が動き出しました。お目覚めのようですね。手間が省けて良かったです。
多くの悲鳴が上がって止まりません。とても酷い怯えようでして恐慌状態、ここに極まりですよ。
何人かは死んだ振りどころか、失神しておられます。
よっぽどの事が有ったのでしょう。さすが吸血鬼ですっ!
私は牢の中からその元凶を見やる。
あいつ、呑気に手を振ってきやがりました。
周りの囚人はその動作で、更に怯えます。
でも、通路で倒れている兵隊さんは起き上がりません。吸血鬼に血を吸われてのダウンですので、喧騒くらいでは気付けにならないのでしょうか。
と思っていますと、一人の兵が突然立ち上り、両手に持った剣でルッカさんの胸を突き刺しました。
斜め下から上に、素早くて見事な一撃でした。肋を避けて、心臓近くを狙ったのですね。
彼は倒れた演技をして隙を伺っておられたのでしょうか。それとも、囚人の悲鳴で目を覚まされてからの一瞬の判断だったのでしょうか。
私の位置は丁度、その真横になっておりまして、ルッカさんの下胸から背中へ剣が貫通したのが分かりました。
冷静に観察してしまいましたが、これはどうしたものかしら……。
聖竜様の下に行けなくなったことを悲しむべきか、妖しげな魔族が散ったことを喜ぶべきか。
突き刺されたまま動かないルッカさんと、やり遂げた余韻なのか刺したまま、腕を伸ばして片膝を付いたポーズでいる兵隊さんを見ながら私は悩んでいます。




