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様子を伺う

 私が扉の方に近付こうとすると、吸血鬼の女が止めた。


「ちょっと待ってね。私も魔法が使えるか試すから」


 そうですね。私もうっかりしていました。どこまで相方が出来るのか知ることは基本です。

 どうも調子が良くないです。これもアンチマジックの効果でしょうか。いえ、奴が聖竜様に言及してからですね。

 ……雑念に心が支配されてはいけません。集中致しましょう。



 吸血鬼が片手を前に出して魔法を詠唱する。背が高いからカッコいいですね……。絵になっています。


『我は願う、その冥き途を往く獅子に。舞い降りる花弁を蹂躙し、其の螺旋を瞞着す。灯下とおぼしき濡れ烏。または閉じたる婀娜(あだ)。蠢動すべし臏脚(ひんきゃく)の童』


 くそ、何を気取ったセリフ言ってやがるのと思いますが、雰囲気は出ますねぇ。私もあんな感じで魔法を唱えてみましょうかね。



 カラッカラに痩せた死体が眠る檻の下に、白く光る魔法陣が描かれる。本当なら、魔法発動に近付くにつれ文字が回り出すのだけど、途中で消え去りました。

 ザマァです。格好つけたのに、それはカッコ悪いです。



「やっぱりダメね。あなた、おかしいわ。ここで使えちゃおかしいのよ。やっぱりストレンジ。トゥークレイジー」


 うるさいわね。わざわざ外国の言葉を使う必要ないでしょ。



「あなたの魔法はダメそうですね。やはり、私が聖竜様から、直々に頂いたお力には叶いませんね」


 所々を強調しておきますよ。特に「聖竜様から」は外せません。



「あなたのご主人も聖邪を勝手に決められて可哀想ね」


 はぁん!?

 お前がスードワット様とお呼びしている方と同じなんですけどっ!


 ……いえ、このまま勘違いさせておきましょう! くくく、知らずに聖竜様を貶すといいですわ、この魔物めっ!



 照明魔法がまた消えました。

 どうも魔法の調子が悪いのは事実みたいです。

 松明も短くなっていて、もうすぐ消えそうです。真っ暗になりますね。



 吸血鬼は扉に向かって私が出していた氷の壁を確認します。


「そろそろ崩壊しそうね。巫女さん、一回、照明は止めなさい」


「……どうしてですか? 闇討ちの方が得意なのですか? 私を襲うなら、私もあなたを襲いますよ」


「ちょ、ちょっと、どうしてそうなるの? おかしいでしょ。ほんとにクレイジー。嫌いじゃないけどデンジャラス」


 吸血鬼は、異変を感じて入ってきた兵達がやって来るだろうから、それを闇に潜んでやり過ごす事を提案してきました。



「でも、隠れる場所ないですよ」


「あら、そういった魔法は使えないの?」


「使えませんねぇ」


 直接の戦闘に必要ないですもの。


「あなた、使えないわね」 


 ギリッ……。思わず、歯ぎしりしちゃいました。




 結局、私たちはフロアの一番奥で様子を伺うことにしました。見つかった場合はその時です。一応、偽装工作として壁に穴を開けています。もちろん、殴ってです。




 扉が氷の壁にぶつかる音が何回かした後に、ドシンと倒れるのが振動とともに分かりました。それから、錆び付いて軋んだ音が部屋に響きます。

 遂に扉が開いたようです。



「気を付けて下さい。この大きな氷も信じられませんが、また魔法使用を感知したのです。今度は襲われるかもしれないと考えます」


 コリーの声だ。

 続いて、松明の炎によって作られた明りが目を刺す。眩しいです……。

 揺らめく灯りと影から近付いてくるのが分かります。足音からすると金属鎧の奴が三人でしょうか。

 



「い、いませんっ!!」


 声の方向からすると、私の檻の前にいるようですね。


「血だ。ち、血溜りです!」


「落ち着きなさい!」


 コリーが近付く足音が聞こえる。駆け足じゃなくて、ゆっくりですね。


「檻が破壊されていますね……。これは肉片と思われますか?」


「……そうだと思います。それに、こちらは口枷だと思うのですが……」


「砕かれています? 何ですか、これは」


 自分でも何だろうと思いましたね。




「コリー様! 大変ですっ!!」


「分かっています。囚人が突如居なくなったのです。一大事に違いないと考えます」


「ち、違うんです! こちら、こちらの牢も潰されているんです!!」


 人が移動する気配がする。吸血鬼のいた牢に向かったようですね。



「どうしましたか? 同じ様に牢が破壊されているだけではないですか?」


「……ここには、一体の死体があったのです……。私がここに配属される前から……」


「……昔から代々、ここの死体には近付くなと厳命されておりまして、それこそ百年前から入れられていたとも……」


「大概、そういった話は尾ヒレが付いているものです。で、何が大変なのですか?」


 コリーは冷静ですね。……私と同じく蛾の癖に。

 その冷静さをパンツ状況にも向けなさい。さすれば、如何に自分が大変な事、一大事になっているか分かりますよ。



「……ここに古い刻印があります。『王国の仇敵、封す。暗鬱なる過去と共に』と古語で書かれています」


「確かに刻まれていますね。このタイミングで復活したのでしょうか? いや、前から目覚めていて、新鮮な餌が入って来るのを待っていた、ということか……」


 私は背にいる吸血鬼を見る。赤い光に照らされた、その顔は厭らしく笑う。


「本当はだいぶ前から待ってたのよ」


 私に教えてくれたのでしょうか。余計なことです。

 ん? つまり、私を餌として認識していると言う事ですか!?


「ちょ、冗談よ。ほら、魔族特有の軽い冗談じゃない」


 


「二人は上階の扉を封鎖しつつ、状況報告! 合言葉は三番と各階に連絡!! 私とお前はこの階の探索です」


 コリーの鋭い指示が響く。

 流石に、このまま去ってはくれませんか。



「コリー様! 壁に大穴が空いております」


 さっき私が叩いて作ったヤツです。引っ掛かって下さいっ!

 王国の仇敵とやらは、そこから逃げたと思ってください。お願いしますっ!


 ……じゃないと戦闘です。同じ蛾として、コリーさんとは殺し合いたくないのです。いえ、殺す前提ではないのですが、恐らく手加減する余裕はないと思うのです。



「今日は驚くことばかりです。何です、これは? 大砲でも使ったような大穴です」


「化け物ですかね……」


「アンチマジックを越える魔力でしょうか。いえ、これだけの穴を開けられるのです。それなら、扉を破壊すると思えます。……いえ、もしかして、この壁を越えると魔法が使えるのですか?」


「いえ、そんな甘い設計ではないと思いますが……。弱くなる可能性はあります」


「そうであるなら、竜の巫女を喰らって魔力を補給した化け物が穴を開け、そこから転移をしたというのが最悪のケースになると考えます。先程までの強い臭気が無くなっていることも空気が入れ替わった傍証と考えて良いでしょう」


「……街中に出たのですか!?」


「可能性です。ですが、すぐに確認すべきと思います! 急ぎ一緒に来て下さい!」



 コリーと金属鎧は去って行った。



「もう大丈夫ですか?」


「だね、よくやったよ、巫女さん! あの大穴が良かったね。グッジョブよ」


 吸血鬼がハイタッチを求めて来ました。ちょっと考えてから、私は手を合わせる。

 聖竜様の血を飲んでるのに、王国の仇敵なんですよね。

 うーん、いわば恋敵な上に、人類の敵ですか。共闘して良いのでしょうか。

遂に明日から社会に縛られるのですね( ;∀;)

学生さん達が羨ましい……

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