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吸血鬼

 首を踏んだまま、私は聞きます。



「何者ですか?」


「こっちのセリフね」


 あぁ、この感じ、フロンと同じです。喋ると周りが穢れるみたいです。息の根を止めるべきなんでしょうか。



「魔族ですね?」


「あら、急に私が艶やかになったからかしら。でも、そうよ。私は良い魔族」


 さっき、私に「死のうね」と軽く言いながら襲ったばかりでしょうに。

 しかも、私、まだ良いも悪いも言ってないのに。こいつ、絶対に良い奴じゃないですよ。



 突然、周りが暗くなりました。照明魔法が消えたようです。

 私は慌てて、唱え直します。女の首に置いてる足にも力が入ります。女が何かしたのだと判断したのです。

 いつもは、もっと光球が周りを照らし続けていたはずなんです。何らかの理由で効果が早めに切れたのでしょう。


 この状況で視界がなくなるのは大変に危険です。形勢が逆転する恐れがあります。




 女は私の顔を下から見るだけで、危ない動きはしませんでした。


「……あなた、ここで魔法を使えるの?」


「そうですね。今のところ、若干の違和感はありますが、使えています」


「驚きだわ」


 あなたも、さっき何かを使ったでしょうに。急に元気になったというか、ミイラみたいだった癖に。




「一つ、いいかしら?」 


「……何でしょう?」


「私、吸血鬼なの」


 ほう、それは魔族でなく魔物というカテゴリーになると言っても良いのでしょうか。

 どちらにしろ、人間ではないのです。殺しても殺人にはなりませんかね……。



「血の味には一家言を持っているのよ。あなた、スードワット様みたいに美味しい血ね。もっと飲ませて」


 な、なんと!!



 そんな聖竜様と同じなんて嬉しすぎるんですけどぉ!! 血の味っていう、すっごく分かりにくい所だけど運命を感じますね。



「とても照れますね。ちょっと恥ずかしいですよ。うふふ」


 私の顔が火照るのが分かります。


 しかし、ふと気付いたのです。こいつは、聖竜様に血を流させ、それを飲んだ事があるのです。

 急に憎悪の炎が私の心に渦巻きます。わなわな体が震えました。



「……ちょ、ちょって。痛いわよ……。あぁ、スードワット様、お助けを……」


 ……聖竜様に助けを求められるのですか……。

 許したくないのですが、私は足を外す。


 聖竜様はお優しい方で万人に祝福をお与えされます。だから、いろんな人に慕われています。なのに、この魔族がお名前を出す度に、私はジェラシーも感じます。何やら、私以上に聖竜様と親しくしているようだから。


 正直言いますと、聖竜様を私だけのものにしたいのですっ!!



「あなたのような低劣な格好の者にも聖竜様はご慈愛を下さるので御座いましょうか」


 いえ、知っていますよ。聖竜様はそんな差別はされません。

 ただ、男性を刺激すべくの、その肌露出が過多な服、とてもズルいですっ! 聖竜様はそんなものに靡きませんよっ!!


「……て、低劣って。初めて言われたわ。存外ショック……」


 そのままショック死しなさい。直後に荼毘に付して差し上げます。灰も残さずに昇天しなさい。



 私が退いたために、女は立ち上がる。


「新人の看守かと思ったけど、そうじゃなさそうね。私、ルッカね。あなたは?」


 会話の主導権を握るおつもりですね。そうはさせませんことよ。



 私は無言で拳を構える。

 無駄な暴力は良くないですが、私の聖竜様をお奪いになられるのはもっと良くないのです。



「待ってよ。私も気味の悪いあなたを退治するのも吝かではないんだけど、まずは、ここを抜けようよ」


 なんとクソ生意気な言いっぷりなんでしょう。マリールとは系統が違いますが耳障りです。そもそもマリールは口と態度が悪いだけの良い子です。


 …………ん? それじゃ、マリールもほぼ悪い子ですね。



 しかし、ルッカなる爛れた倫理観の女が言う事も尤もですね。そうでした。アントンを困らせるのが大事です。頭に血が上りすぎて忘れておりましたよ。

 構えを解きます。


「油断させてから殴るとか止めてね」


 アシュリンさんではないのですよ。その様な事…………しても良いですか?



「で、あなたは何者?」


「……竜の巫女です。いえ、巫女の見習いです」


 私の返答に、少しばかり眉を動かしやがりました。


「そんな血塗れ、でねぇ。腐竜にでも仕えているの?」


 やっぱり殴り倒せば良かったです。



「それで何をして、ここに閉じ込められたの?」


「魔法を街で使って捕まりました」


「そんな事で? 貴族でも殺したのかしら」


「はっきり聞いていませんが、牢破りが重罪だったようです。でも、今から、ここの管理者を社会的に殺そうとしています」


「まぁ、クレイジー。発想は好きよ」


「私はあなたが嫌いです。なんていうか、生理的に仲良くできそうに御座いません」


「奇遇ね。私もよ。ミラクルね」


 減らず口ですね。

 後でおしおきですよっ!



 私はフロア中を見回る。他に生きている人がいないかを探すため。


 ……いませんでしたよ……。

 動かないはずです。全部死体でした。


 ここ、完全に刑場じゃないですか……。

 アントン、恐るべし。私、知らない間に死刑とされていました……。いつ裁判が有ったのでしょうか。



「ねぇ、巫女さん、今から何をするの?」


「この牢がある建屋を制圧します」


「制圧?」


「はい。抵抗する奴を全て排除します」


「あなた、脱獄犯なのに看守側みたいな事を言うのね」


 吸血鬼は続ける。


「それじゃ、こうしましょう。私が倒した奴等の血を飲んであげるわ」


 飲みたいだけじゃないですか。


「いやです。あなたの言う通りにしたくないです」


 聖竜様は私のものですし。いえ、皆の物ですが、私、聖竜様と仲良しそうなあなたには負けたくないのです。


「もう、最後まで聞きなさいよ。私に血を吸われると、人間はとても苦しむの。その管理者の方も部下が苦しんでいるのを見たら、良心が痛むでしょ? それって、とってもロマンティックでエロティック」


 趣味悪いです。


「そんな思いを抱く奴ではなさそうです。それに部下と呼べるのは一人くらいだと思いますよ。他の地域から最近になって来た人みたいですし」


「あらぁ、そうなの。じゃあ、その一人はとても大切な人かもしれないわ。是非、苦しんで欲しいな」


 そう言って、目の前の吸血鬼は身を震わせる。はだけている胸がプルプルします。

 ……気持ち悪いです。決して羨ましいんじゃないのです。



「……一つ、確認させて下さい。どうして、吸血鬼のあなたが殺されずに牢に入れられているのですか?」


 魔物だとか魔族だとかだったら、その場で殺すのが良いはずです。わざわざ閉じ込める理由がありません。


「私は死ににくいのよ。だから、ずっとここにいたの。見たでしょ? ほんの数滴の血で体が元に戻ったのを」


 あぁ、さっきの奴ですね。ミイラから、そのご立派で腹立たしい肉感バディに変身した件を言っているのでしょう。


「えぇ、魔物っぷりを目の当たりにしました」


「魔族よ。失礼しちゃうわ」


 失礼になるほど、そんなに変わりがあるのですか!?

 言うならば、ヤモリとイモリの違いくらいだと思っていましたよ。

 驚愕です。



「私はここを出たいの。共闘と行きましょうよ。ラッキーね」


 えぇ、まぁ、仕方ないです。当初の予定でも囚人を解放してイヤッホー計画をする予定だったのですから。


 私は首肯いた。

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