なるべく明るく言わないとね
シェラがノックに返事をする。
「お入りになっても構いませんよ」
なるほど、そう言うのね。
私みたいに『はい、どーぞ』じゃ、ちょっと格式が足りないわ。
やっぱり勉強になるわね。
扉が開いた先には、やっぱりお昼の部屋で一緒だった女の子が立っていた。
赤茶色の髪に、上等な服。
間違いない。
名前は何だったっけ?
私の配属部署を聞いて笑いを隠さなかった人だよね。
とても、そこだけは覚えている。
少し吊り目で、気の強そうな顔をしているわね。
「お疲れ様でした。薬師処の雰囲気はどうでしたか? マリールさん」
シェラ、凄いな。
優雅だし、よく名前を覚えてるし。
「はい、今日は神殿域内の案内をしてもらっただけですので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。明日からしばらくは書籍に埋もれて独学の日々でしょうが頑張ります。幸い、薬師処の方々はお優しく、長くやっていけそうです」
この人も話すの上手だなぁ。慣れてるのかな。
マリールさんは空いている奥のベッドに座る。
「シェラ様はどうでしたか? 礼拝部は仕来たりが多くて大変な部署と父から聞いておりますが」
「そうですね。でも、楽しい方が多くてご心配には及びません。といっても、私も明日からは勉強の日々ですね」
「ルーシア様がご結婚されるので、その後をご担当されるのですね。あと一ヶ月くらいでしたか?」
「よく存じられてますね。その通りです。ルーシアさんは立派な巫女様でしたから、身を引き締めて学ばなければと覚悟しております。それに、竜の舞を覚えるのですから、一心一意、日々たゆまなく頑張らないといけないでしょうね」
二人の会話はとめどもなく続く。
私は初めて聞く事ばかりで、漏らさないように耳に集中する。
「マリールさんは薬師処ですが、お薬の知識が多分にお有りなのかしら?」
「幼少より父より教わっております。今までは父の店に卸されたものだけを扱っておりましたが、これからは神殿が採取したものも使えるとのことで腕が鳴ります」
いいな。
私もそんな会話をしてみたい。
私の部署で『腕が鳴ります』なんて言ったら、何かに突撃するのかって思われるもの。
「不躾な質問で申し訳ありませんが、副神殿長はシェラ様を伯爵家の方とおっしゃっておりました。現伯爵とはどういったご関係なのですか?」
この街、シャールは伯爵様のご領地。つまり、シェラのお父さんかお祖父さんの土地。さすがにひい爺さんは死んでるよね。でも、直系じゃない可能性もあるか。
その辺、気になるよね。
シェラがどれだけ偉い人なのか。
「伯爵当主の第五夫人の娘です。娘と言ってもそこまで大事にされる身でも御座いませんので、そんなに畏まらなくていいのですよ。私は巫女のままか、もしくは、違う街に嫁ぐかの一生ですから。だから、シェラと呼んで下さいませ」
軽く笑いながらシェラは言った。
横顔しか見えなかったけど、答える前に一瞬だけ悲しそうに瞼が閉じられたように思えたなぁ。
でも、直系だ。田舎者の私でも分かる。お姫さまみたいなもんだ。
「マリールさんはどこの家出身ですか?」
「マリールで良いですよ。私は商家のゾビアスです」
「まぁ、薬だけでなく衣料も手広くお扱いの。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、お声を拝聴するのも身に余りますのに、同じ部屋で生活させて頂くなんて、父が聞いたら卒倒するに違いありません」
「見習いが終わっても、私たちの友情が続けば良いですね」
「はい。勿論で御座います」
マリールが答えた後、シェラは私に向く。
「こちらのメリナさんも同室ですね。お二人でご挨拶されては如何?」
おぉ、シェラ、ありがとう。
私に話を振ってくれたのね。
「よろしく、マリール。私はメリナ、15歳です」
「……よろしく」
うわっ、明らかにテンションが変わったよ。
シェラはそんなのに疎いのか、変わらずほんのり笑顔を浮かべたままか。
「ノノン村から来ました。竜の巫女になれるなんて思ってもいませんでした。早く見習いから正式な巫女になれるように一緒に頑張りましょうね」
なるべく明るく言わないとね。
きっと村人だからってバカにしているんでしょ。
負けないもん。
「そっ」
クソむかつく。
一発殴りたいけど、それってお上品とか慎ましさとかの対極よね。
凄く静かな部屋の中でシェラだけが微笑んでいた。




