管理責任
簡単な食事が終わると、私は再び口枷を付けられました。
それをチラッと見てから、裁判官と呼ばれた初老の人は再び口を開きます。
「アントン殿、老朽化した牢となると、貴官の管理を問われる可能性もありますな。本来裁かなくても良かった罪を作り上げたのかもしれませんぞ」
「私は着任三日目だ。前任者に問うてくれ」
「もしも、この者が聖竜様の巫女であるなら、聖竜様のお怒りを買う恐れがあるのです」
「知らん。そもそも、その聖竜とやらの怒りも、伯爵殿の統治手段の一つではないかと思ってしまうな。民の崇拝する竜を隠れ蓑に、裏で手を回しているのでは、とな」
「アントン殿! 我が主を愚弄するのか!?」
「いや、そうではない。うまいやり方だと感心している。こういった話も聞いたことがある。私服を肥やした役人に対して、巫女が聖竜のお言葉として糾弾し、翌日に、そいつの焼死体が見つかった。民の溜飲が下がり、支配者は法や手続きを無視して始末できた。羨ましい限りだ」
「アントン殿っ!」
「口が過ぎたな。すまない。しかし、王都の近くでは、シャールを羨ましく思う話も出ているのだよ。太りすぎた貴族や商人が不思議な力で消えるのだからな。不正の抑止力としても抜群だ」
裁判官さんは顔が真っ赤です。でも、アントンは止まらない。
「挑発しているんじゃないんだ。本当に誉めているんだ。それは分かって欲しい。こんな大それた事、地上では言えないんだ」
「……デュランも聖竜様の守護を認めれば宜しいのではないか」
反撃の糸口を見つけた裁判官が突っ込む。
「それも良いかもしれんな。それくらい素晴らしい統治法だ。ならば、私も大蜥蜴を信仰することになるな」
アントンの今の発言は挑発?
いえ、私の腸は煮えくりまくりなんですけど、大蜥蜴と聖竜様を再度貶したのが、敢えてなのか、何も思わずにそう言ったのかが分かりませんでした。
「……アントン様。大蜥蜴ではなく、聖竜様とお呼び下さい。裁判官殿の心情をお考え下さい」
コリーさん、見兼ねて止めに入りましたね。でも、遅いですよ。私の心証も最悪ですよ。
「そうか。では、我らデュランが誇る聖女様をヤリマン糞ビッチと呼んで貰っても構わない」
「アントン様、自らを下げた所で謝罪にはなりません。素直に深くお謝りください。また、聖女様はその様なお方では御座いません。聖女様をお慕いしている私にも謝罪下さい」
人が縛られている前で何をぐちゃぐちゃやっているのでしょうか。殺ってしまいたいです。
私は目を閉じ、彼らが去るのを待ちます。というのも、本当にアントンの言動を聞いていると聖竜様を馬鹿にしているとしか思えなくて殺気を抑えるのが大変だったのです。
静かになったところで、私は行動を開始します。
アデリーナ様の指示は極力従うつもりです。殺人と脱獄の禁止でしたかね。
脱獄とはこの建物からの脱出と定義しまして、牢破りは脱獄では無いと信じます。じゃないと、既に破っていますからね。
あとは好きにして良いとの事ですので、あのアントンの立場が悪くなる、それこそ死罪宣告されるくらいにまで暴れてやりますわよ。
まずは枷からですね。
『私は願う。この枷を外したいのです。ですから、怪力を、物凄い怪力を私に下さい』
体が熱くなってきます。そして、いつもの万能感。
誰を縛っているつもりなのよっ!!
その悔しさで、最初に破壊されたのは口枷でした。噛み締める歯で金属で出来た、それを破断していました。
記憶を戻した時には、私は満身創痍でした。アデリーナ様が用意してくれた服は血塗れで、それは回復魔法を唱えても元には戻らないのです。
なんて堅さだったのでしょうか。手枷なんて形を留めていまして、私の肉が削がれて抜けたみたいでした……。
私は回復魔法を使います。なので、敵サイドも私が動き出したことを知ったことでしょう。
どちらが先に殺るかですね!!
アントンめ、覚悟しなさいっ!!
あっ、殺してはダメなんですね。
代わりに、アントンの失点を増やしてあげましょう。裁判官と呼ばれた人間はアントンの管理責任を責めていました。うまく言い逃れしていましたが、それが出来ない状況に追い込みましょう。
私は黒い金属で出来た柵を火炎魔法で焼きました。手では破壊できないと判断したのです。
暗さに目が慣れていた事もあり、眩しくて辛いですね。あと、予測以上に耐熱性も高いです。いえ、いつもより魔法の威力が弱いのかな。
……まずいですね。
人が来るまでに出れないかもしれません。
檻の向こうから何本も槍を突かれると大変です。
私は火炎魔法を一旦止め、扉に対して氷の壁を出す。文字通りの壁です。こちら側に開く扉なので、これで、しばらくは人は入って来れないでしょう。
私は檻を出ることに成功しております。
発想の転換が必要でして、檻ではなく、天井と床の石材を叩き壊して柵を倒しました。
しかし、アンチマジックは本当に効いているのでしょうか。確かにいつもより体の疲労が速く来る感じですが、あくまでそういった感覚があるだけで、気合いを入れれば何とかなるレベルですね。
さて、どうしますか。
扉の向こうには人が集り始めているでしょう。強行突破するのも芸がないですよね。
あくまで狙うのはアントンの失点ですし。
それにしても臭くて、暗い。
私は照明魔法と脱臭魔法を使用し、幾ばくかはマシな状態に変えました。
で、私はもう一度、壁から繋がった鎖で縛られている女性を見るのです。




