最下層のフロアにて檻の中
私は手枷、足枷、口枷をされて、檻に寝かされています。うねうねと腰で蠢くしか出来ません。
捕まえようとした奴等を殺さずに倒すという器用なことを私は出来ない為です。
一撃必殺とまでは行きませんが、殺気を身に纏わずに戦うなど、今まで経験したことがないので、どう動くべきか分かりません。
あの後、私はこの牢屋のある建物の最下層にいるようです。つまり、最もアンチマジックの効果が高い場所です。
正面には赤毛のコリーが立っています。
「まさか留置場で魔法を使うとは……。愚行を反省しなさい。感知されないとでも思ったのですか」
私は返答しようにも口を塞がれています。
ただ一つ私にも分かることがあります。ここのアンチマジックもお母さんの物ほどではありません。
何故なら、そこのコリーも動けているのです。体内の魔力を奪うほどの力は無いようです。
「あなた、蝶になるどころか芋虫じゃないですか」
どちらかと言うと毛虫ですけどね。
言えませんけど。物理的にも、私のプライド的にも。
「……見張りを脅した罪を取り調べしないといけません。あとで来ます」
コリーは去って行きました。
私は周りの様子を伺います。見張り番は見当たりません。
私が入っている場所は先程と違い、牢ではなく檻です。天井と床は石材ですが、四方は柵のタイプです。なので、全面がよく見えます。私は床をグルグル回転して状況を確認します。
暗くてよく見えないのですが、何人かが収用されているようです。ただ、皆さん、服が汚いですね。何日もここにいる感じ……。
もしかして、ここ、幽閉ゾーンでしょうか……。奴隷にするのも危険な人達を入れるところ。戦争が始まったら戦奴として最前線で、死んでも良い道具としてこき使われるのでしょうか。
端っこの牢にいる、あの女の人なんか、私以上に厳重に縛られています。両手が壁に鎖で繋がれていますよ。恐ろしいことです。あの状態で用を足すとなると、下半身は荒れ放題でしょう……。可哀想に。
ここにもトイレはありません。でも、人は何人かいまして、とても臭いです。天井から滴る水も、とても不潔なんでしょう……。口にしないように気を付けないといけません。
いえ、空気さえも穢れています。このままでは時間と共に衰弱してしまうことは間違い有りません。
それにしても、牢や檻の中の皆さんは動いていなくて、心配になりますよ。弱るにも程があるのではないでしょうか。
アデリーナ様はこの状況を望んでいたのでしょうか……。
私は数刻をその状態で過ごしたと思います。
足音も全くしなかったので、見張りはいないのでしょう。
これだけ汚い場所です。必要がなければ寄りたくはないって事でしょう。
……お腹が空きました。
それに、聖竜様とうふふきゃきゃする妄想に耽るのも飽きて参りました。いえ、聖竜様に飽きはしてないですよ。シチュエーションのバリエーションが尽きてきたのです。
とりあえず、手枷を力任せに破壊しましょう。
……あぁ、後ろ手に枷を填められていて中々上手く行きませんね。しかも、これ堅いですよ。
やってくれましたね、コリー。
でも、選択肢は複数あります。
一つは火炎魔法で焼き切る事です。私の腕も燃えますが、後で回復させれば良いのです。
ただ、大きな問題は私の服も一部が燃える可能性でして、もし、あのパンツを、あの蛾の如くを知られたら、私、全てを破壊して無かったことにしようとすると思います。
でも、聖竜様の守護されてきたシャールを破壊するのは出来ることではありません。
もう一つは氷の槍で手枷を突き刺し破壊することです。
が、私も串刺しになります。そこを我慢するのは当然ですが、途中で魔力が切れるリスクは考慮に入れないといけません。これは火炎魔法でも同じですね。回復魔法が間に合わないと死んでしまいます。
やはり、ここは、力が漲るあの魔法でしょう。少しばかり我を忘れがちになりますが、これが確実だと思われます。
一番の利点は恐らく魔法使用を感知しにくいこと。
私のあの魔法を見て、お母さんが言ったのを覚えています。
『それ、体を柔くした分の魔力を戦闘に向けてるのよ。ダメよ、メリナ。それよりも周りから吸い取って利用する方は使えないの?』
つまり、魔力は体内の移動だけで完結するのです。ならば、使用した事も感知できまいと、私は予想します。
と、ここで扉が開く音がしました。
足音は複数ですね。金属が擦れる音もするので、重装備の方がいらっしゃるか。
そんな音、魔法で消せば良いのにと思いましたが、ここはアンチマジックが作動している場所でした。
近付いてきますね……。
もぞもぞ動いて、目をそちらにやります。アントンとコリー、それから鎧で固めた兵隊が3名、それから見たことのない太った人です。服はゆったりとした偉そうな感じです。
私の檻を開きました。
「うむ、今回は枷が壊れていないな。こうも拘束具が壊れるのが続くと気味が悪いところだった」
「アントン様、上階の檻に関しては古くて少しの力で折れるものだと、見張りの者も申しておりました」
「錆は見られなかったぞ。素人目には信じられないな」
見張りの人、私を庇ってくれたのでしょうか。ちょっと無理がありますね。だって、折ったと言っても、引きちぎったように先が伸びた感じになっていましたもの。
「よし、口枷を外せ」
アントンの命令で兵が動き出す。一人は私の喉元に抜き身の剣先を置く。くしゃみでもしたら刺さりそうな位置です。
で、もう一人が私の口枷の鍵を差し込みます。残りの兵は予備人員か、私が不審な動きをしないかの確認要員ですね。
偉い人は上司でしょうか。アントンも多少なりとも気を遣っているように見えます。
「死臭のする所で悪いが、まずは飯だ。コリー、与えろ」
「はっ!」
上体を起こされ、私はコリーが運んできた小さなパンを貰う。それから、切った林檎と水でした。
「幾らなんでも、手枷と足枷までは外せないからな。喋りにくいとは思うが、魔法の詠唱防止のために剣も突き付けたままになるぞ」
もう一度、魔法を使用したかを尋ねられました。なので、私は酒場の件だけでなく、先程の見張りに対して解毒魔法と回復魔法を唱えたことも言いました。
更に、先程は自分の意思で牢の外へ出たのかを問われ、私は認めました。
「裁判官殿、この通り、第一の罪である魔法の使用も、第二の罪である牢破りも間違いない」
「……アントン殿、この者が聖竜様の巫女であることを確認されたでしょう?」
「見習いに過ぎない。巫女、それも王族の方からも否定した文書を頂いている。魔法が許可された者ではない。まさか、貴殿は法を曲げるおつもりか? シャールでは、そんな事が罷り通るのか?」
「……いえ、その様な事は有り得ません」
「しかも、朽ちていたとはいえ外に出たのなら、少なくとも牢破りの重罪だ。ここで死ぬ運命と定まるだろう。貴殿の要請により、最期の食事だけは取らせてやったのだぞ。これを格別の配慮とすることで、神殿にも言い訳が付くのではないか」
二人の会話で、私はここに死ぬまで閉じ込められそうな状況であることが分かりました。
誰も殺さずに現状を打破する。なかなか難しい仕事ですね。いざとなれば、アデリーナ様の指示なんて無視ですけどね。
何にしろ、私は聖竜様にお仕えし続ける意思を貫き通さないといけません。他事で死ぬ気はサラサラありません。




