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蝶と蛾

 アデリーナ様は表情を緩やかにされました。いえ、先程までも笑顔だったのですが、どこか作られた感があって不自然にも思えていたのです。


「全く……。あなたといるとリズムを崩されますね」


「お褒め頂き、ありがとう御座います」


「誉められたと思える、図太い神経も立派ですよ。ふぅ、まあ、いいです。さっさっとお着替えなさい。牢では見張りがいて恥ずかしいでしょう」


 その通りですね。


 私はまず、スケスケパンツを装備する。

 おぉ、腰と股が締め付けられる感覚が新鮮です。




「……これ、動きにくくないですか?」


「言えませんでしたが、今の前後、逆ですよ」


「えっ! 蝶々が前なんですか!?」


「何の驚きか理解しませんが、そうです」


「蝶の部分がスケスケなんですよ。これじゃ、大事な部分が隠せないですよ! 何のためのパンツなんですかっ!?」


「理解しないと言ったばかりです」


 納得はいきませんが、パンツ着用経験者が言うのです。信じてみましょう。




 おぉ、フィットしたっ!!

 これで、このメリナも正真正銘の淑女に列なる訳ですね!!

 ……若干の疑問も感じていますが……。




「感慨深いのは分かりますが、不毛で愚かな時間を過ごしました。魔法具の効果時間も残り少ないので早くして下さい」


 ということで、私は次にズボンを穿きます。もちろん、靴を脱いでから。


 あっ、いつか聖竜様に嗅いで頂かないといけないですね。

 私は中の臭いを確かめる。まだです。まだ聖竜様の匂いほどの芳しさは出ていません。



「……メリナさん、それは良くない癖だと言いませんでしたか。マリールさんの靴も臭われていましたよね?」


「アデリーナ様も確かめられますか? あの聖衣の匂いと同じかを」


「結構です。少しの興味も御座いませんよ」



 次に私はスカート、シャツと脱ぐのですが、そこは流石にアデリーナ様にも後ろを向いて頂きました。


「あなたに背を向けるのは大変な恐怖ですね」


「何を言っているんですか。アデリーナ様こそ、後ろから矢を射ったじゃないですか」


「相変わらずの憎まれ口ですね。私、誰だかお忘れでありません?」



 私は脱いだ衣服を鞄に入れてアデリーナ様に渡す。もう牢で着ることはないだろうから。



「案外元気で良かったですよ。さて、手短に言います。メリナさん、しばらくは殺人と脱獄以外は好きに過ごして下さい。嘘は裁判で不利になりますが、嘘にならない程度に誤魔化すのは大いに実行して下さい」


「分かりました。……二人ほど殺したいのですが……」


「分かってないでしょ!? ダメですよ、メリナさん。あなたが魔法で回復させられる程度の怪我でお願いします。死んだ者は生き返らないのですから。……大体ね、たった数刻で殺したい人間が複数出来るなんて、おかしいでしょう」


「……牢で魔法は使えないですよ」


「殺す気ではないでしょうね。今、魔法具が作動しているでしょう? アンチマジックの想定を上回る魔力があれば大丈夫です。魔法は使えます」


 ほう。それは、色々出来そうですね。

 どちらから殺してやろうかしら。

 ……いえ、早速、殺人を犯してしまうところでした。


「私なら、あなたみたいな訳の分からないヤツは、もっと深い所に投獄しますけどねぇ。甘いですよね。外観に騙されたのでしょうか」


 深い所? よく分からないです。



「私が与えた金貨はお持ちですか?」


 あっ、忘れていました。


「すみません、二枚とも没収されました」


「分かりました。釣りが出来ていないと言うことは、やはり、屋台では買い物せずに外に行った訳ですね? どんな理由だったのかしら」


 怖い笑顔を見せないで下さいまし。

 たまに鋭い問いをしてくるのが、こいつです。アデリーナ様、油断なりません。


「パ、パンツを買いに行きたかったのです……」


「そういう事にしてあげますよ」




「さて、最後に質問はありませんか?」


 あります!

 どうしても尋ねたいことが有ったのです!!




「……アデリーナ様、大変に訊きにくいのですが……宜しいでしょうか?」


「珍しく慎重な切り出しですね。どうぞ」


「蝶の羽の部分から黒いのがはみ出して蛾みたいになっているのですが、どうしたら良いですか?」


「…………これ程、これ程までに、言葉のみで人に対して強い殺意を持ったのは生まれて初めてですよ、メリナさん。私自身、驚いております」


 アデリーナ様は、そう言ったきり笑顔でした。お答えは頂けませんでした。

 ……私はどうしたら良いのでしょうか……。




「もう宜しいですね。エルバさんとのご面談については私から近日中は無理と伝えておきます。カトリーヌさんとアシュリンにも事情は話しておきますね。同室の見習いの方々にもしばらく不在と説明しますので、ご心配なく」


 私の返答の前に、部屋を囲む黒いものがなくなり、元の壁や天井が見え始めた。



「結局、教えてもらえませんでしたね。巫女長でしょうか、後ろにいるのは。私も乗っからせて頂きますね」


 またアデリーナ様が深読みし過ぎた発言をされます。



 そして、部屋が戻り、アデリーナ様が扉を開く。コリーがいる側です。



 ゆっくりと赤毛のコリーが部屋に入って来ます。


「それでは、お暇致します。興味深い話を聞かせて頂きました。ただ、私では判断致しかねる部分も御座いまして、神殿から別の者が派遣されるかもしれません。ですので、その者を他の街へ輸送することはお避け頂きたく存じます」


「何を勝手な事を言っている」


 冷たくコリーは言い放つ。

 それに対して、アデリーナ様は懐から一枚の紙を出してきて言うのです。


「こちら、私からの要請兼証言文書です。そこの者が巫女でない事を記しております。それから、当分の死罪及びシャール街壁よりも外への移動を禁止と要請しております。当然、悪さをしたのであれば、罰くらいは与えても構いませんよ」


「だから、勝手な事を言うなと、私は命令している」


 アデリーナ様は、にっこり。

 再び、懐から何かを取り出します。あっ、例の蛙の財布ですね。

 ……賄賂でしょうか。コリーは、そんな手に乗るような者ではない気がするのですけど。


 手にされたのは小さな印でした。


 それを手にして机の上できゅっきゅっと捺印されました。



「これで、誰からも文句は出ないでしょう」


 紙をコリーに渡されます。それを仕方なくというか、一応の仕事として受け取るコリー。面倒で無駄な事をという気持ちが仕草に現れております。



 が、一瞬で、眼が大きく開かれました。


「…………お、王族印?」


「頭が高いですね」


「……!」


 コリー、膝も肘も額も床に付けた状態で這いつくばっています。


 アデリーナ様は、とても良い笑顔で私にも手を上下に振って土下座しろと示します。

 しかし、私もにっこり笑って無視します。



 しばらくして私を跪かせることを諦めたアデリーナ様は続けます。


 コリーのうなじを手でちょんちょんしながら、言うのです。


「巫女風情の細やかな要望ですが、宜しくお願いしますよ。それでは、また」


 今やった首のヤツ、希望が通らなければ、切り落とすって意味ですよね……。

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