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巫女風情が……

 赤毛の女、コリーに連れていかれた先は、先程の小部屋と同じ様な造りの所でした。違うのは扉が二枚有って、向こう側からも入って来れる事くらいです。


 そこに、いつもと変わらず巫女服に身を包んだアデリーナ様が立っておられました。手には質素な白い布製の手提げ鞄をお持ちです。



「ご足労、感謝致します。こちらの者はそちらの巫女ですか?」


 アデリーナ様は会釈した後に、私を一瞥する。そして、視線を戻して口を開く。



「巫女ではありません」



 ちょっ、アデリーナ様!?

 どういう、おつもりですか……。


「ご協力、重ね重ね感謝致します。それでは、こちらの者は取り調べに戻します」


 既にコリーは入ってきた扉のノブに手をやっています。


「えぇ、しかし、この愚か者にも聖竜様のご慈悲を与えたいと考えております。少々のお時間を頂きますね」


「なりません。時間の浪費と思われます」


 強めの口調にも、アデリーナ様は引きませんでした。


「えぇ、そうかもしれませんね。ただ、シャールにはシャールのやり方があるのですよ。デュラン侯爵領の方はお慣れになられていないのでしょうけども。紋章からすると、あなたは人材交流でお越しになられている方ですよね」


 コリーの襟に付いているワンポイントの意匠から、所属を当てられたのでしょうか。


「…………よくご存じで」


「そういった世界にも一時期足を入れておりましたので」


 アデリーナ様、あなた、貴族様の世界のほぼ頂点に君臨されてますよね、今も。


「分かりました。手短に」


「えぇ、では、あなたには部屋を出て頂きましょう」


「いいえ、それは出来ません。逃亡の恐れがあると考えています」


「竜の巫女を主張する者、つまり聖竜様のお声が聞こえると言う者への、その真偽に関する聴取は、巫女だけに認められた行為です。あなたの同席は王国と神殿との取り決め上、許諾できません」


「聞いた事はありません」


「では、今、知りましたね。どうぞ、そちらの扉の外でお待ちください」


 アデリーナ様は私が入って来た方ではない扉を指して言いました。私が逃亡するかどうかを見張るにはそちらの方が確実ですものね。



 コリーは渋々、外に向かう。アデリーナ様を睨みながら。


「中の声は聞こえませんよ。この密会用の防音魔法具を使用しますので」


 すれ違う間際にアデリーナ様は手提げ鞄から丸い水晶球みたいなものを出されました。


「……ふん。巫女風情が偉そうに」


 あなた、今、貴族としての人生が終わったかもしれませんよ。その人、王家の人ですよ。しかも、(たち)が悪いタイプですよ。




 ギシィと扉が閉まったのを確認してから、アデリーナ様は水晶球を割る。


 すると、煙が部屋中を囲み、視界が戻った頃には壁も床も天井も真っ黒になっていた。



「お疲れ様でした、メリナさん」


 アデリーナ様は笑顔です。思いのほか、笑顔なんです……。


「すみません、アデリーナ様。こんなことになって…………」


 私は頭を深く下げる。


 防音にしないといけないくらい、凄く怒鳴られると思ったのですが、アデリーナ様は優しいお顔です。


「いいのですよ、メリナさん。まずは座りましょうか」


 促されて私が椅子に座ると、アデリーナ様も対面に着席された。


「今はね、先程の魔法具で何を話しても良い状態にしています。ご安心下さい」


「はい……」



 私は机を見ています。

 アデリーナ様は座ったきり喋りません。防音をした意味がないくらい沈黙が続きます。



「くくく、メリナさんは面白いですよねぇ……」


 笑いを堪えきれない感じで、アデリーナ様が仰いました。

 顔を上げて、その表情を見ます。



「メリナさん、教えてください。黒幕は誰ですか?」


 アデリーナ様の問いの意味が全く分からないです。

 なので、私は黙ったままです。

 完全に勘違い、読み違いをされている事は、はっきりと理解できましたが……。



「聖夜という変わったイベントを立ち上げて、人々にメリナという名を広め、あえて、街中で魔法を使い、官吏に捕まる。よく出来ています」


 それ、何も上手くないです。ただの目立ちたがり屋みたいです。


「聖竜様の忠実なる僕である巫女が、人間が作ったに過ぎないルールを破って拘束されている。その事実だけでも、人々を刺激できますね。特に信仰篤い、この地では」


 そういうものなのですか……。



「メリナさん、シャール伯宮殿の第一外壁から街中の魔力の動きを監視していることは知っていますか?」


 その話を唐突に訊かれたのは何故なのでしょうか。私の答えは分かりきっているでしょうに。


「……いいえ」


「でしょうね。聖夜の対応で神殿の巫女が役目から外され、シャール伯側の人員だけで魔力監視をさせるという目論見も見事でした。誤認逮捕を主張しても、自らの無能を訴えるだけ。それだけでも、神殿側が魔力管理の主導権を握る事が出来そうですね」


 アデリーナ様は自分の考えを私に伝えるように言う。そうすることで、私の真意を探ろうとしている気がします。さすが、黒い白薔薇です。

 しかし、私はあなたと違い、真っ白なのです。



「深夜に逮捕されて、かつ、聖夜の対応であなたの素性に関して、神殿側の確認を得られにくい状況というのも秀逸です。伯爵側を丁寧に嵌めていますね」


 何でしょう。アデリーナ様はシャール伯を嵌めたいのでしょうか。


「しかも、罪状取調の担当官はデュラン侯との人材交流で派遣されている人物。シャール伯側が今さら権力であなたを放免しようにも出来ないとはね。捕まるべき地区にも配慮しているとは感心しましたよ、メリナさん」


「……すみません、アデリーナ様。全く分からないのですが」


「そう? ここまでやっておいてねぇ」


 また、アデリーナ様は笑いを漏らす。



「すみません、私はどうなるのでしょうか?」


 その質問にアデリーナ様は虚を突かれた感じでした。


「指示が出ていないとするなら、捨て駒にされているのですか? 大丈夫です。どうもされませんよ。あなたは巫女ではないですが、巫女の見習いなのですから。私が責任を持って、命は助けます」


 少し安心しました。


「それにしても、随分なご様子ですね」


 えぇ、全身がまだ濡れたままです。


「着替えを用意しています。ここで服を変えておきなさい」



 私は布鞄の中を覗く。確かに私の服が一式入っています。

 そして、パンツもありました!

 アデリーナ様は約束をお忘れではなかったのです!



「アデリーナ様、パンツもありがとうございますっ!」


「…………えぇ、気にしないで下さい。この場で言うのも何ですが、少しばかりはメリナさんを不憫に思う所も御座いましてね」


「でも、あれですね、とても真っ赤ですね。蝶々のレースとか破廉恥です。スケスケですよ」


 あっ、アデリーナ様、少しお怒りの表情をされました。

 そうですよ。そうでなければ、アデリーナ様では御座いません。

 私、調子が出ない所でした。


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